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お隣さん【牧場の娘エミリア】


〈ギルド【アース・オブ・ファミリー】敷地〉


「はっ……! はぁっ……はぁっ……!」

「あ、シン君。今日も精が出ますね」


 僕が家の敷地内の平原で走り込みしていると、ある女の子がバスケットを腕にかけてやって来た。

 麦わら帽子に白のワンピース、空に溶け込むような長い水色の髪ーーまるで絵画の花畑にいるような美少女の姿は何度目にしても鼓動が高鳴ってしまう。


「来ると思ってましたからお昼ご飯作りました、一緒に食べよぅ?」

「あ、ありがとうエミリア」


 彼女の名は【エミリア】

 広大なギルドの敷地に隣接した牧場の主の娘さんでインフィニティグランデの住人だ。

 いわゆるお隣さんというやつで、牧場主の父親共々に僕らと家族ぐるみのお付き合いをしている。

 お淑やかで清廉、清楚という言葉をそのまま当てはめたかのようなエミリアは歳が近いからか僕とも姉妹とも仲が良い。特に母親を亡くしているせいか……母さんとはよく一緒にいて料理を習ったりしているほどだ。

 僕も日課としているトレーニングの走り込みをしているルート上でよく出会う。お隣さんなんだから偶然なんかじゃなく必然なんだけどね。


 僕は汗を拭いて木の日陰にエミリアと一緒に腰かける。トレーニング時はこうやって一緒に昼食を取る事が多い。


「今日はね、シン君達がお裾分けしてくれた竜のお肉を使ったサンドイッチを作ってみたんだ。ハナマイさんに手伝ってもらっちゃったけど……どうかな?」

「……うん、凄く美味しい。やっぱりエミリアも母さんも料理が上手だね」

「ふふ、私の料理の腕は全部ハナマイさん仕込みなんだけどね」


 爽やかな日射しと風が吹き抜ける中、僕達はゆっくりな時間を楽しんだ。


「ーーさてと、今日は1日なにも予定ないしまたトレーニングしようかな」

「シン君はお休みの日はいつもトレーニングだね」

「うん、強くならなきゃいけないからね」

「シン君はどうしてそんなに強くなりたいの?」


 エミリアが不思議そうな顔で僕を見つめる。

 当然、エミリアにとってもお隣さんである僕たちがどんな存在であるかも世間に知られている程度には知っているだろう。


「シン君はもう強いんでしょ? みんな言ってるし私も知ってる。けど、どうしてそこまで強くなりたいの?」


 エミリアは無垢に首をかしげながら不思議で堪らないといった表情をする。

 僕が強くなりたい理由はこれまで述べてきた通り、家族を守りたいがため。

 もしも、万が一でも家族に危機が訪れるような事があったら。

 真っ先に守るのは僕でありたい、僕であるべきだと思っているから。

 喩え無能力であろうと、この世界では二歳児くらいの力しかなくても。

 僕はもう一人の男なんだから。甘えてなんかいられない世界だから。


(けど、エミリアにとっては僕は『既に最強なのに何故か前時代的なトレーニングばっかりしている男』みたいなややこしい存在に映っているんだよね……)


 セリカにはボロが出ないように散々言われてたのに。エミリアに修行しているところを見られてからは何故か会う度にこう問われる事が多い。

 純心無垢な彼女のことだ、勘繰っているわけじゃなくただただ疑問なのだろう。けど、こういう些細な事からボロは出やすいんだ。

 

 だけど、嘘なんかつきたくない。

 僕はいつもシンプルな本心を答えるだけ。


「勿論、みんなを守りたいからだよ。それが僕の力になるって信じてるから……家族を……ううん、家族だけじゃない。困ってる人や弱い人をみんな守りたい。エミリアの事だって守れるくらいになりたいから」

「……わ、私の事も……なんだね……えへへ」


 そう言うと決まってエミリアは頬を赤くして嬉しそうに微笑む。こんな他愛もないやり取りをして過ごすのが僕と彼女の日常だ。


 だけど今日は違っていたーー僕らの周りをいつの間にか【魔物】が取り囲んでいたんだ。

 どんなファンタジー世界の創作にも登場する魔物は多分に漏れずインフィニティグランデにも存在する。世界の覇権を握ろうとしている連中の一人……【魔王】が産み出す魔物はまるで虫や動物かの如く、身近に棲息している。この世界ではどれが魔物で魔物じゃないのか見極めるのが非常に困難だ。

 喩えば童子草原にいた『究極刀雑草』。ゲームなんかだとあれも立派に魔物扱いされるだろうけど、セリカ曰くあれはただの雑草で魔物じゃないらしい。


 だけど今回の相手は間違いなく魔物だ。

 地球の住人であれば馴染みがあるだろうゼリー型モンスター【スライム】、その群れがいつの間にか全ての道を塞いでいた。

 『何だ、スライムか』と一瞬胸を撫で下ろすほどに雑魚の代名詞を欲しいままにしているスライムだが……この世界では違う事を思い出す。


(しまった……数が多すぎるし『似た色』ばかりだ……)


 なんと、この世界のスライムは確認されているものだけでも212万種に別れていてそれぞれが独自の魔法や技術を使う。見分け方は『色』の違いなんだけど……『翡翠色』と『若竹色』みたいな絶妙微妙な違いの差のものばかりで見分けがつかない。そもそもが212万種類もの特性を覚えられるわけがない。

 しかも、一番弱い種でも最低討伐推奨レベルが60以上という雑魚の汚名を返上せんばかりの強さを誇る(この世界では弱い方だけど)

 到底僕にどうにかできるレベルじゃない。


(なんとか父さん達に連絡を……)


 直ぐ様に、そう考えた自分に嫌気が差す。

 結局努力しても、格好つけても、僕の根幹は何も変わっていない。

 僕が、何とかしなければいけないんだ。

 か弱い少女が隣にいるんだから。救けを算段に組み込んでも奇跡は簡単には起こらないんだから。

 自分でどうにかできなければ、いつまでも僕は弱いままだーー

 

「ーーエミリアっ! 僕が隙を見て道を拓くから君は」

「もう、みんな駄目でしょ? 大人しく待ってなさいって言ったのに」


 僕がスライムの群れに突っ込もうとした瞬間、数匹のスライムが一斉にエミリアに弾んでいって抱きしめられた。


「あ……シン君ごめんね。この子達は私の『使い魔』なんだ、ちゃんとお家で待ってなさいって言っておいたのに寂しがって来ちゃったみたい」

「え………と? 『使い……魔』?」

「うん、お仕事のお手伝いとかしてくれる魔物さんだよ。この子がエンペラーでこの子がバルフレイア、この子がロッキンガルドにこの子がデルタライジング」


 全く区別がつかない同色のスライム達をまるで分かって当然のように紹介してくれる。スライムに全然似合っていない名前と相まって最早ジョークにしか聞こえない。

 

「えーと……じゃあエミリアは【魔物使役師(テイマー)】だったの?」

「ぅうん、私はスライムしかテイムできない【スライムテイマー】で……それじゃあレベルが低すぎて魔物使役師とは言えないんだって……だから私の職業(クラス)は牧場経営のお手伝いさんだよ」

「【スライムテイマー】って……どの種類のスライムでも使役できるってこと……?」

「え? うん……あ! 気をつけて! シン君なら大丈夫だと思うけど後ろにいるその子は『即死電磁波(デスパルス)』っていう魔法障壁無効の即死電波を常に飛ばしてるから」


 僕は冷静を装いながらもめちゃめちゃ焦って飛び退いた。

 そんな物騒なスライム聞いた事がない。212万種ものそんなスライム達を使役できて見分けられるただの牧場経営のお手伝いさんである娘も聞いた事がない。

 清楚で、純心で、絵に描いたような美少女であるお隣さんですらこの有り様だ。スライムを扱うだけで世界征服とかできるのではないだろうか。


「……ぁーあ、せっかく保護欲を掻き立てるか弱い少女を装ってたのに……これじゃあシン君に守ってあげたいって思われなくなっちゃうかなぁ……どうしようかなぁ……いっそのことスライム達を使ってあの邪魔なエルフの騎士と蒼眼のメイドを暗殺しちゃうか……そうすれば私だけを見てくれるもんね……」

「エミリア? どうしたのブツブツ言って……」

「ぅうん、何でもないよ。じゃあ私はそろそろ行くね」


 エミリアはスライム達と共に家へと戻っていった。なにか物騒な単語が聞こえた気がするけど気のせいだよね?

----------------------------

 現在までに判明しているステータス

◇お隣さん【エミリア】      

LEVEL ???

 ・種族【ヒューマン】・年齢15歳

 ・クラス【牧場娘(スライムテイマー)

 ギルド【アース・オブ・ファミリー】に隣接した牧場主の一人娘。212万種類ものスライムを従える事ができる。家族ぐるみの付き合いをしているうちに努力家であるシンに惚れる。白金髪のロングヘアー、清楚という言葉を体現させたかのような奥ゆかしい女の子だが……少々過激な思考を垣間見せる時がある。


 


 

 

 

 


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