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第6話 後を追って

 ボブは四十五歳になっていた。

 このパルティーン国に留まる理由はもうないものの、帰る場所も無くなっている。それに、ユーリのことを思うと心配でもあるため、ずっとこの地にて配達屋として働き続けていた。

 秋の長雨の中。亡国の王女を託されてから九年も経っているのだと思うと、郷愁を感じずにはいられない。

 そしてそこに、一件の配達の依頼が舞い込んできたのである。


【カトス国へ手紙を届けて欲しい】


 それは、ユーリの姉・メリザンドのいる国だ。

 意図は把握できたものの、深くまで介入しないのが配達屋の鉄則。二つ返事でリュックの隠しポケットに手紙を忍ばせれば、翌日には準備を整え、静かに村を後にしていた。

 カトス国はここから正反対の場所に位置する。

 北からミルバールを大きく迂回せねばならず、長い道のりとなるだろう。

 ロバより遅い足では、戻るのは半年か、一年か。

 その時にはきっと、ユーリは恐らく名家の子息との婚約話を聞くに違いない。


(僕の所にまで頼みにくる始末だからなあ……)


 ロレンスの妻であるメアリー王女は美しいが、ユーリも負けぬ美貌を備えている。

 そして、あと数年もすれば王女を凌ぐだろう。その上、踊りの才まで併せ持っているとなれば、名と権力を何より大切にする貴族や有力者らから、引く手あまたとなるのは当然のことだ。

 男に身を寄せるのが女の幸せ。少し寂しさも覚えつつも、あの子が幸せになるのならば素直に祝ってやろう、と心に決めて足を踏み出した。


 この日も柔らかな雨が降り、ふやけた落ち葉が山の登り口を覆っている。

 土は軟らかく、踏めば水が滲み出そうなほど水を含む。滑らないように慎重に足を運ぶものの、かつての頃に比べるとそれは、随分と手間取らせてくれるものになっていた。


「や、やはり年取った、のかな」


 身体が重い、と感じたのは初めてだ。

 急勾配の道もあり、時おり這うようにして足を運び続ける。いつもの半分の距離を歩いた所で、ボブは手頃な石の上にどっかりと腰を下ろし、はあはあと大きく息を吐いた。


(遠出はもう無理か……)


 涼しいのに汗がどっと噴き出す。

 休憩時は甘い物を食べるのが好きであったが、ここ最近、スープや飲み物ばかりだ。

 潮時、との言葉を頭に思い浮かべつつ、胸を叩く心音が落ち着くのを待っていると、


「ん?」


 登ってきた道からやってくる、一人の姿が見えたのである。

 雨が煙り、霧状のもやが明確さを奪う。もしや密書を持っていることを知り、奪いにきたのか。ボブは身構え、ロレンスより賜った短刀の柄を握っていた。

 映るは青苔色をした雨よけのローブ姿。

 背はやや低い。軽やかな足取りで、すっすと登りくる姿に少し羨ましさも覚えてしまう。


(そのまま通り過ぎろ、そのまま通り過ぎろ……)


 ただ向かう方向が同じなだけであって欲しい。

 落ち葉を踏み、湿った足音が目の前を通りすぎてゆくのを見守り、考えすぎだったかと、ほっと息を吐いたのもつかの間――


「……」


 その者は、ボブの座る場所の先、背が見える場所で足を止めていた。

 右腕を持ち上げつつ、ゆっくりと振り返ろうとする仕草に、ボブは『ああ、やはり……』と覚悟を決めた。ぐっと脚を踏ん張り、短刀の柄を握ったその時、


「――ばぁッ!」

「うわあ!?」


 ボブは石から転げ落ちてしまった。


「あっははははははっ、お、おじさん、驚きすぎーっ!」


 身体中に濡れ葉と泥を纏いながら、呆然とそれを見上げている。

 それが見慣れた少女である。と気付くまで、しばらくの時間を要してしまっていた。


「ゆ、ユーリ!? どうしてここに!?」

「おじさんが、姉さんへの手紙を届けるかもって思って、追って来ちゃった」

「お、追ってって……ロレンス様は知っているのか?」

「んーん。黙って来ちゃった」


 手紙は残してきたけどね。

 あっけらかんと告げるユーリに、ボブは口を開いたまま立ち尽くした。


「だって、城にいてもつまんないんだもん。目の上のたんこぶ扱いだしさ」

「だ、だからって、ろくな旅支度もせずに……」

「おじさんが持ってるじゃない。後はいつもみたいに、現地で調達調達!」


 白くしなやかな手には、衣装が入っているであろう小さな革袋が一つだけ。

 私またヤムヤムの実で作った団子が食べたいし、と明るく言って先を歩き始めたユーリを、ボブは慌てて追うしか出来ないでいた。

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