第5話 玉座に相応しき人物は
突如として現れた踊り子。
これは祭りが終わってもしばらく、話題が尽きることはなかった。
『貴族への不満を述べていたから、きっと名のあるご令嬢に違いない』
『メアリー王女の婚約は、妹君の一声があったらしい。もしかすると――』
村人たちが語り合う噂は、やがて城内にまで伝わるようになっていた。
――ミュレイア王女は、民の支持を欲しいままにしている
探りを入れれば、持ち帰る情報はみな揃って同じもの。
これには国王やメアリー王女、果ては兄のロレンスまで驚愕した。
何より震えあがったのは、舞踏会以降、ユーリを疎んじた貴族たちだ。踊りだけで村人を決起させかかったと知れば、彼らは再び手のひらを返し、王女のご機嫌を取ろうとすり寄り始めたのである。
【パルティーンに双璧の女王あり。一つは〈美の女王・メアリー〉。もう一つは〈舞の女王・ミュレイア〉――両手に女王を持つロレンス様の手腕が試される】
【ミュレイア女王のパートナーは誰か。貴族の息子たちはライカー様に踊りの教えを請うているそうだ】
面白おかしい噂から始まり、果ては詩歌まで流行り出した。
よくない兆候だ、と貴族たちは弾圧を建言したものの、ロレンスや国王はこれを聞かず。逆に民の声を聞き、必要に応じた政策を打ち出せば、彼らからの支持がみるみる高まってゆくのである。
『ロレンス様が次期国王であれば、パルティーンは長く安泰』
季節を重ね三年の歳月を経れば、城の、ひいてはロレンスの支持は絶対的なものとなる。
しかしこれは、己の力だけではないと彼自身がよく知っていた。
「ミュレイア。お前のおかげだ」
「ふぇ?」
城の中。自室で踊り練習をしていたユーリは、突如現れた兄に頓狂な声を上げた。
十三歳を迎え、顔立ちはすっかりと大人を窺わせている。
「先ほど、コンラッド王より次の王座に就いて欲しいと告げられたのだ」
「兄さま、それは……」
グランスに戻っても、玉座には就かないと言うこと。
否。ユーリは薄々感づいていた。故郷を取り戻しても、兄はきっとこの国に留まるであろう、と。
「ここに来た時から、ずっと考えていたことなのだ。私は国や民のために戦わず、父と母を犠牲にして逃げた――民は故郷の土を踏むことを許しても、玉座には望まぬであろう、と」
「己を卑下しないでください。きっと父様や母様も、そうしろと仰ったはずです。そればかりでなく、こうして私が落ち着ける場所を設けて下さりました。兄さまの選択は正しかったのです」
「いいのだ、ミュレイア。私はこの国が大好きになった」
実質的な王位継承を放棄する発言に、ユーリは「そうですか」と小さく呟いた。
「ひいてはユーリ。お前が女王として、グランスの玉座に就いて欲しい」
「えっ!?」
思わぬ言葉に顔を上げ、兄の顔を見据えていた。
確かに、順当にいけば自分しかいない。
しかし上には二人の姉が、長女・フローリア、次女・メリザントがいる。
その気になれば、彼女らが座ることだって可能のはずだ。
「フローリアにはもう話し、承認を得ている」
しかし、とロレンスは表情を重くした。
「メリザンドへ書が届けられないのだ」
「! 姉様に何かあったのですか」
いや、と首を振る。「間にミルバールを挟んでいてな」
「ミルバール……」
「二年前。あれが嫁いだカトス国の隣、トゥガルド国が落とされた。ミルバール連中は更に領土を広げんと、カトスを攻撃しようとしている」
「そんな……」
今いるパルティーン国と真逆に位置するカトス。そこに赴くにはミルバールを横断、もしくはここに来た時のように、国境沿いに大きく迂回せねばならない。
ロレンスの存在が完全に知られ、グランス国の動き活発化しているらしい。
そこにミルバールからの横やりを入れられれば、戦場は泥沼化、グランスはおろかパルティーンの双方が落とされかねない、と言う。
「〈美の女王〉と呼ばれているメアリー。〈舞の女王〉と呼ばれているミュレイア。この国にとって、二人は素晴らしい存在だ」
ミルバールを抑えつつ故郷を奪還するには、盤石な体勢を敷かねばならない。
また兄妹たちが協力し、また国同士、足並みを揃えなければならない。
兄の口ぶりに、ユーリはその裏にある思惑を、薄らと理解していた。
「――私の存在が重荷となっているのですね、兄さま」
「い、いや、そうではない! しかし、中にはお前を危険視する者がいて、彼らの理解を得るには……」
「みなまで言わずとも結構です。私が一番理解していますから」
あの祭り以降、ユーリは一目置かれるようになっていた。
城の中で〈艶の舞い〉を踊っても咎められず、また誰もが畏怖の目を向ける。しかし、踊るだけで民を扇動するとなれば、貴族たちは遠のけたいと願うのは必然でもあった。
彼らも一枚岩ではない。
民の支持を受ける〈舞の女王〉を擁立すれば、一気に情勢を覆すことが可能なのだ。
媚びを売りつつ、どうにかして籠の中に入れ続けておきたい。いつまで経ってもつまらない連中だ、とユーリは胸の中で、彼らを再三蔑んだ。
「それで、メリザンド姉さんへの書は、どのように?」
「それはもう手を打ってある」
ロレンスは確たる自信を目に宿し、大きく頷いてみせた。
※19時頃、もう1話投稿します




