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第2話 宮廷の舞踏会

 戦が近いと言うだけあり、ロレンスはパルティーンの本城・コンラッド城へユーリを預けると、再会の喜びもそこそこに、村に戻ってしまった。


「――ロレンス様は、ここでは一介の傭兵団の隊長。あまり入り浸ることはよくないと思われたのでしょう」


 そう述べたのは、この国の王女・メアリーであった。

 グランス国の王女・ミュレイアことユーリだけでなく、庶民であるボブに対しても優美な仕草で名乗った。

 年の頃は二十代前半か。美貌をたたえた顔は、別れを惜しがりつつも、どこかロレンスを誇らしげに思っているように見える。


(なるほど、村人たちが“安寧”を感じていたのは)


 ユーリも感づいたのだろう。

 子供らしく、また特権とも言えるズル賢さで、


「メアリー王女は、兄さまのお嫁さんになるの?」


 と、無邪気に訊ねたのである。


「え……っ?」

「ゆ、ユーリ!?」


 これを王女は顔を真っ赤に、大きく心乱されてしまう。

 いきなり本心、もとい神への請願を見抜かれたのだから無理もないだろう。目の前の純粋な瞳を背けられず、ただただ狼狽えるばかりだった。


「そ、それは、えっと、ロレンス様のお心が、いえ、その……」

「きっと大丈夫だよ! 私、兄さまに手紙書いてみる!」

「え、ええぇっ!?」

「兄さまとメアリー王女、きっとお似合いだと思うから!」


 ここは城仕えの者たちが多く行き交う廊下。会話を耳にした者たちは『よく言ってくれた』と言わんばかりの眼差しを、ユーリに向けている。

 恐らくは誰もが感じつつも、口に出来なかったのだ。

 当人ことメアリー王女は首まで真っ赤に、「し、失礼しますっ」と踵を返すと、足をもつれさせながら、奥へ繋がる廊下に向かってしまった。


「あれ?」

「ゆ、ユーリ、こう言うことはデリケートなものだから……」


 しかし、ボブは色恋には疎い。

 首を傾げる女の子に、どう説明していいものか分からなかった。


 ◇


 ユーリの“申し出”は、瞬く間に城中へ――。

 なんと翌日には、『実妹からの申し出』を口実に、家臣や侍女、果ては国王までも乗り気に。妹からの手紙を早馬に継ぐ早馬で送り、


『娘の夫になるならば、ロレンス殿は我が子も同然。子の命、父が守らずしてどうする!』


 と、ロレンスへの援軍を宣言したのである。

 これには臣下や旗手たちも立ち上がり、類を見ない大軍がまとめ上げられた。


(ユーリは、こうなることを分かっていて言ったのか?)


 道の果てまで続く行軍。

 この国の兵服に着替え、背に兵糧や物資をかつぐボブは、しきりに感心しながら眺めていた。


「おじさん、本当に戦争に行っちゃうの……?」


 横にはユーリが心配そうにボブを見上げている。

 ユーリの一件があれど、自身は一介の配達屋にすぎない。城住まいは叶わぬものの、王族が使うような高級宿を用意されたボブは、せめて手伝いを、とロレンスへの補給隊に加えてもらったのである。


「大丈夫だよ。おじさんたちは戦争をせず、物資を安全な場所まで届けにゆくだけだから」


 それに、と再び行軍に目を向けた。


「この兵力だ。戦争もあっという間に終わってしまうよ」

「ほんと?」

「ああ。相手の二倍、三倍はあろうかと言う、大援軍だからね」


 帰りはお兄さんを運んでくるよ。

 そう言って頭を撫でてやると、ユーリは嬉しそうに目を細めるのだった。


 ◇


 それから数日後――。

 ユーリは城の中で退屈していた。

 重い荷物を軽々と持ち上げるおじさんは、城でも噂になっていて、自分のことではないのに鼻が高くなる思いだ。


(だけど……)


 城内の廊下から、二階から玉座に繋がる、赤いビロードの絨毯が敷かれた廊下を見下ろす。

 そこには、ユーリの兄・ロレンスと王女・メアリーとの結婚が正式に決定され、たくさんの貴族らがごますりに出入りする光景が広がっている。商人たちもまた、婚礼にと様々な調度品や宝飾品、ドレスなど、大きな荷物を持って忙しくしている。

 ユーリはそれを愚かに感じながら、ぷいと踵を返し、廊下を歩く。


(あんな人ばっかり。おじさんと全然違う)


 小さく息吐く様は、もはや大人であった。

 娼館にいた時も色々な商人がやって来たけれど、全員が活き活きと、確かに売ることに必死だったけれど、ここにやって来る人と違って暖かかった。

 それはどうしてか。

 答えが出るのに、時間は多く要しなかった。


「まぁ、ミュレイア姫様! ご機嫌麗しゅう」

「あ――おはようございます」


 ミュレイア、と呼ばれユーリは少し戸惑った。しかし王族の血がそうさせたのか、反射的に萌木色のドレスを摘み、頭を下げさせた。

 どこかの貴族の妻なのだろう。

 濃紫のドレスに薄青色の扇。それを持つ手はキラキラと宝石を光らせ、この度はおめでとうございます、や、お辛いことでしたが――などと、上っ面だけの言葉をかけてくる。


「はい。この上ない嬉しきことでございます」


 もう何十回もしている対応だった。

 では、また、と形式張った仕草ですれ違う。

 ユーリは離れたのを見計らって、また、今度は気鬱なため息を吐いた。

 お城の中はこんな暮らしなのか。

 尤も、記憶が薄いので、違和感を覚えているだけなのかもしれない。美辞麗句、見栄だけの世界にほとほと疲れを感じている。

 旅の方が楽しかった。何度目かのため息を吐いた、その時、


「ミュレイア様っ」

「あ、メアリー王女様」


 唯一、心安らぐ存在であるメアリー王女。

 ユーリを見るなり、パタパタと駆け寄って来た。


「メアリーでいいですよ。私の妹になるんですもの」

「え? えぇっと、じゃあ――」


 流石に呼び捨てにするのも、と思い、メアリー姉さん、と呼んでみた。

 娼館では自身より勤務年数が上の者をそう呼ぶ、とは言えないものの、メアリーは初めて呼ばれるそれに、くすぐったそうに、かつ嬉しそうな笑みを浮かべた。


「じゃあ、私も――ミュレイア」


 ユーリもまた、照れくさそうに笑った。

 長女の記憶はない。また次女の記憶も若干ある程度であるが、新たに姉に加わるメアリーに対し、妹としての喜びが胸に湧き上がる。


「聞きまして? ロレンス様が率いる我が軍が、ガリーン国の主力部隊を撃破したそうですよ! 類い希なる、見事な采配だったそうです!」

「えぇ!?」


 ユーリは驚いた。

 まさかもう戦争が始まっていたとは。

 いや、それよりも……同時に不安が澱んだ。


「ふふ、ボブ様は大丈夫でしょう。いくらなんでも、前線までは連れてゆきませんから」


 ほっと安堵するユーリに、メアリーはうっとりと宙を見つめた。


「いよいよ、あの方が我が夫に」


 手柄を引っさげ、名実ともに王女の夫に相応しい者となる。

 それを感じ、妹は兄が誇らしくて堪らなかった。


「ガリーン国は風前の灯火。降伏はすぐだろうとのことです。その戦勝を祝う、舞踏会の準備をしているそうですよ」

「舞踏会! いつ、いつやるのっ?」

「そ、それはまだ……ですが、ロレンス様がお帰りになられてからでしょう」


 目を輝かせるユーリの圧に、メアリーは思わず顎を引きながらそう告げる。

 舞踏会のことで頭がいっぱいになったユーリは、嬉しそうに、踊りながら部屋へと戻ってゆく。


 ――楽しみだなっ


 その感情を振りまくユーリに気付かないまま、周りの者は楽しげに微笑み合っていた。

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