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第1話 兄との再会

 マイヤたちと涙の別れから三日。

 ボブはユーリを抱え、深い山道を歩き続けていた。装いはすっかり夏模様で、青々とした草木の香りが疲れを癒やしてくれる。ボブがその香りを吸い込めば、ユーリも真似をして深く息を吸い込む。――しかし、ボブの汗臭さが勝ったのか、くちゅん、と小さくくしゃみをした。


「うーん、汗臭いかい?」

「うん」


 ユーリは迷い無く頷いた。「でも、おじさんの匂い好きっ」


「はははっ、そうかそうか」


 ボブが笑うとユーリも笑う。

 逃亡中とは思えない和やかな旅路は順調に、西方に位置するパルティーンまであと一週間もかからない場所にまで達している。

 そして道中、ユーリは九歳を迎えていた。

 となれば話題は自然とそれとなり、


「ねえ、おじさん。私の誕生日って、凄いお祝いされた?」

「え?」


 突然の質問に、ボブは当惑した。

 ユーリの誕生日。それは逆賊に国を奪われ、両親と名を喪ったでもあるのだ。


「どうしてだい?」

「んー……何かね、思い出しちゃった」


 そうか、とボブは頷き、少し思案した。


『ボブさん。ユーリは自分がお姫様であったことを、ぼんやりと思い出しているんだ』


 出発前、マイヤがそう話していた。

 それはミラが命を賭した理由でもあり、苦しみに終止符を打つだけでなく、ユーリに『自分は何者であるか』を思い出させた、と話す。

 これから兄と会うのだ。知ってもいい年だろう。

 ボブは決心し、当時の日を思い出しながら口を開いた。


「誕生祭はおじさんも楽しみでね、鳥の丸焼きや揚げ魚、炒め飯にスープ……果てはデザートまで食べ放題なんだ。二日続くそれは、もう一年の楽しみでね」

「あはははっ、おじさん食べ物ばっかり」

「はははっ! そう言えば、大道芸とかあったけど見た覚えが……」

「ホント! 私、国に帰ったら踊りたい!」

「おおっ、そうかそうか! ユーリが踊るとなれば、専用の舞台が作られるだろうね。そうしたら、おじさん、その時だけは食べるのを我慢して、最前列で見にゆくよ」


 絶対だよ、と笑みを浮かべるユーリに、ボブは嬉しそうに何度も頷いた。

 そして、しみじみと視線の向こう、草木匂い立つ山道の向こうを見つめた。


「――だけど、生きてみるもんだなあ」

「え?」

「実はね、おじさんが子供の頃、占い師に『十五歳まで生きられない』って言われたらしいんだ」

「じゅうご……」


 ユーリは指折り数え、片手は何度も折り返す。

 ボブの年齢を数えているのだ。


「もう過ぎてるよ?」

「ははっ、そうなんだよ。その頃は流行病が広がっていてね、それにかかると思った父母は、備えていっぱい食べさせて、病気しないようにしたんだ」

「じゃあ、おじさんが大っきいのって」

「そう。十五歳の時は、太りすぎで死ぬんじゃないかって思われるくらいになってた」


 そこで幕が下りるかと思えば、次なる二幕が待っていた。

 主役は小さな女の子だ、と言うと、ユーリは腕の中で照れくさそうに微笑むのだった。


 ◇


 それからパルティーンの領内に入り、最も近い村に入ったのは六日後のこと。

 背に大荷物、腕には少女を抱きかかえる姿に、衛士は訝しみボブを引き留めた。口調は人さらい、もしくは人買いを疑い、そしてそうと決めてかかられたため、弁明に時間を要した。


「しかし、髪の色が違うではないか」

「血が繋がっておりません。さる方より託されたのです」

「ますます怪しい……。ではどうして女の子を抱えているのだ。少しでも高く売るためだろう」

「いえ。この子は踊り子を志望しているので、その足を大事にしてやりたいのです」

「何と過保護な」


 嫌味な言い方であったが、ボブはものともせずニマッと唇を引いた。


「この身すべての愛情を注いでも、足りないくらいです」


 そのような問答を終え、やっと村の中・久々のベッドで休むことが出来た。

 村には四日ほど滞在し、次はいよいよ目的地に入ることとなる。


【パルティーン国・フロム村。合い言葉:故郷へ】


 ホート・イール周辺の部族を束ねる長より受け取ったメモを、ボブは何度も確かめた。

 情報を集めてみると、ユーリの兄・ロナルドのことは辺鄙な村でも有名であるらしい。

 明言はしなかったものの、〈新たな風〉と呼ばれる傭兵団は、領主一家にも大きな影響を与え、国に安寧をもたらしてくれている、と期待を露わにしていた。

 道程もまた、のどかなあぜ道である。

 踏み固められた黄土色の道。両端には緑の草木が敷き広がり、視線を上げれば蒼茫の山々と抜けるような青空が広がる。

 早く再会させてやりたい。その一心で、ボブはユーリを抱きかかえ、早足で道をゆく。


 目的地・フロム村は、村と言うより町のようであった。

 近くに支城を持つためだろうか。城下町に近いそこは、多くの行商人たちが道脇に腰掛け、鎧姿の者や身なりのいい者、農民らしい者が雑多に入り交じる。

 ユーリと眺めながら自警団を探した。

 幸い彼らはすぐに発見出来た。チュニックシャツに剣を下げていたためである。

 十代後半に見える若い男で、ボブは「あのう」と申し訳なさそうに訊ねると、男は気さくに明るく返事をしてくれた。


「道を探しているのですが」

「ええ。どちらに? 教会は東へ、川は西にございますよ」

「いえ……その、故郷への道を」


 瞬間、若い男の顔が強張った。

 そして言葉を選ぶように慎重に、そして相手を見定めるような目つきでボブを覗き込む。しかし、いささか自信が無さげにも感じられる。


「故郷とは、どちらでしょうか」

「この子を、帰してやりたいのです」


 脚の後ろに隠れるようにしていた、ユーリの頭を撫でてやる。

 若い男はしばらく眺め、やがて思い出したのか、あっと声を上げた。


「しょ、少々お待ちください!」


 言って、村の向こうへ走り、見えなくなった。

 それからしばらく。ユーリが軽く踊りの練習を終えた頃、男が消えた向こうから馬に乗った一団の姿を捉えた。

 先頭を走るのは黒い革鎧を纏った男のようだ。

 顔が見える場所まで来た時、男は驚愕と歓喜が入り交じる表情へと変わった。


「ミュレイア――ミュレイアッ!」

「兄さまっ!」


 あまりに慌てて、止まりきるよりも早くに下馬し、その場に転がった。

 しかし持ち上げた顔は喜びに打ち震え、男は膝をついたまま、飛び込んでくる妹を抱き止めた。その瞬間、双方の目には涙が浮かんだようだ。


「兄さまっ、兄さま……!」

「ミュレイアッ、よく、よく無事で……!」


 家族と故郷、そして痛ましい“事件”を思い出したのだろう。

 ユーリは、お父様が、お母様が、と涙声で告げようとするが、その先は言えず。対して兄は、言わなくていいと、ロレンスは労るように背中をさすり続けた。

 ボブも思わず目元を拭っていた。

 ようやくユーリが報われた。何度も何度も頷き続ける。


「ミュレイア。どうやってここに」

「おじさんに」


 そう言って、ユーリは振り向きボブを指差した。


「マーセが、おじさんに頼んだの」

「そうか――!」

「でも、マーセは……」


 ロレンスは小さく首を振った。


「彼女は自らの務めを果たしたのだ」


 すっくと立ち上がると、真っ直ぐボブの方へと歩み寄ってくる。


「貴殿は〈ボブの配達屋〉ですね」


 え、と口を開くと、ロレンスは顔いっぱいの笑顔を向けた。


「『ロバよりも遅い配達屋』――は城の女たち、特にマーセがよく楽しそうに話していましたから。遅い、また遅いと」

「そ、それは……」


 申し訳ない、と頭を垂れる。

 しかしロレンスは、なんの、とボブの肩を揉み、小さく揺すった。その目は優しく気のいい、誰からも好かれる理想の君主の姿に思えた。


「貴殿は国に明るい光を、希望を運んでくれたのだ。見よ、後ろに控えるのは、グランスに仕えていた旗手、我らの家臣たちだ」


 振り返り、手をかざす。そこには鎧姿の兵士たち全員、地の上に両膝をつき、顔を歪めながら、憚らず涙を流していた。


「父母の血を継ぐ、我ら――長男ロレンス、長女フローリア、次女メリザント、そして絶望視されていた末娘のミュレイア。亡き両親が遺した希望が、全員が、生き残ったのだ! これ以上と喜ばしい報せがあろうか!」


 あのままであれば、ユーリは囚われ、降伏の人質とされただろう。幼子であればその効果は絶大だ。

 長女が嫁いだ国・エルスルーカ

 次女が嫁いだ国・カトス

 どちらか、もしくは両国を決起させないように。

 ロレンスより言われ、ボブは改めて『とんでもない荷を背負っていたものだ』と気付かされる。


「グランスの逆賊・ラテムがけしかけたのか、今この国は隣のガリーン国との関係が悪化している。近くに戦があるかもしれん」

「まさか。村を二つ抜けただけですが、そのどちらも戦の空気など感じませんでした」

「それはそうだろう。我々もつい先日、ここの王より報されたのだ」


 なんと、と肩を落とすボブ、ロレンスは再び肩を揉んだ。


「希望が胸に、故郷が見えてきたのだ。逆賊の手先であるガリーンの軍なぞ、我らが蹴散らしてくれる! ――そうだろう、誇り高きグランスの兵士たちよ!」


 振り返り見れば、兵士たちは剣を抜き、掲げ、雄叫びを上げた。


「我らが王をーッ!」

「我らが故郷へーッ!」


 その勢いにユーリは圧倒されたものの、すぐに王女の片鱗を窺わせるかのように、決意を顔に拳を高くに突き上げ、「故郷へーッ!」と叫んだ。

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