ムスカリ
ベヒーモスを倒す目的はなくなり、国の安定を図る事に協力しています。
難しい話は眠くなりますね。
「あら、お久しぶりね。ムスカリ」
王都の城の中。
会議場前へ瞬間移動して来たら、ムスカリとバッタリ出くわした。
私は毎日ここへ来ている。
ムスカリに会うのは約2ヶ月ぶりくらいかしら。
ムスカリはここ何ヶ月かの肉体労働のせいか褐色の肌がさらに日焼けし精悍な顔がより引き締まっている。
「ふん、呑気な顔をしやがって」
私を見るなりプイっと顔を背けてしまうムスカリ。
嫌われているのは分かっているけれど私はムスカリの事は嫌いじゃないのよ。
「ムスカリ、王都内の道路を見たわよ。
凄く綺麗になっていて驚いたわ。
馬車も走りやすくなっていたし対向車も余裕ですれ違えた。
歩道も確保されていて人も安全に歩きやすくなっていたわ。
ムスカリ達が丁寧に道を作ってくれたからね。
ありがとう」
約3ヶ月前からムスカリは竜兵団を率いて国中の道を作っている。
王都の主要道路は完成して最近は近隣の都への道を整備し始めたとグロキシニアから聞いていた。
ムスカリは流し目で私を見下ろして
「てめえの為に道を作ってんじゃねえよ。
この国の為だ。
勇者から礼を言われる筋合いわねえ」
と言って自分の席へ歩いて行ってしまった。
道路作りを始めた時には兵士の仕事ではないと不満ばかりだった彼も、いざ工事を始めると今までの不備で危険な都の道路に腹を立てて完璧な道を作りたいとグロキシニアに相談に来ていた。
何で知っているかと言えばグロキシニアの部屋に私がいたから。
ムスカリは私がいるのに目もくれず必死の形相でグロキシニアに話出していたわ。
彼は今まで、グロキシニアに瞬間移動で送ってもらったり、自分で馬を駆って王都を走り抜けていたから、国民が道路を行き交う状態を見ていなかった。
王令で道の整備をして初めて目の前で子供が毎日、馬車にはねられる状況や道が悪くて荷崩れを起こす馬車、対向車とぶつかる馬車などを目撃して都の交通事情の悪さに衝撃を受けたみたい。
そして彼は生まれ変わったように竜兵隊を指揮して王都の道を整備し石畳を引いた。
私は日々刻々と変わりゆく王都の道の変化に驚きムスカリをかなり見直した。
国を思う気持ちが強いムスカリは良い王子だわ。
▽▽▽
今日の会議では税収や法律は、各土地の特色により多少違うものの基本はリコリスとグロキシニアが立案した物が採用され施行されることになった。
本当にこの辺りは聞いていても難しくて眠くなる内容で、最初の方のシャメール王の挨拶は『あら今日もいい男ねえ』と目を開いて見ていたが、グロキシニアが税金の説明をしだしてからは記憶が無くなった。
私が目を閉じている間に2つくらい政治の話があったらしいが、まあ気にしなくてもいいか。
そして意識が浮上した時、アペルドーン国は11区に分けて各区を治める王族貴族が決定し、王様から発表されていた。
グロキシニアとリコリスはお城で王様の補佐の為に今のまま仕えるが、ムスカリは11区の内の一番怪物が多く出没するカノーバ地区を治める区主に任命された。
因みにカノーバ区には常夜山がある。
あら、ムスカリ嬉しそうに笑っているわ。
ああ、戦うの好きだからかぁ。
任命式が終わり今日の会議が終わった。
ウ――――、と伸びをする。
今日が終われば、私は当分お休みでお城に来なくても良くなるわ。久々に自由だわ。
「よく寝ていたな、勇者」
ムスカリがご機嫌で声をかけてきた。
「……寝てないわよ。
ムスカリはカノーバ地区の主に任命されたわね。
おめでとう」
この3ヶ月、政治が分からないなりにこの国の為に頑張ったわよ、私。
リコリスやグロキシニアと今日発表されていたことについて、一緒に知恵をひねっていたのよ。
「やっぱり聞いていなかったのか?」
苦笑しながらムスカリが私を見つめる。
「何を?」
「お前も俺様と一緒にカノーバの怪物退治をするように兄貴が今言ってたろうが」
……え? ムスカリの兄ってシャメール王が言っていた?
「はあ? 何で私がムスカリと怪物退治するの?」
「竜兵団は道路工事を続ける予定で、カノーバの怪物を退治するのには兵士が不足しているからだ」
「いやいや、急に言われても……」
私だって特に予定は無いけれど休日が欲しいのよ。
「物語の勇者のように活躍できるぞ」
ムスカリが笑いながら言ってくる。
『勇者の怪物退治物語』
あのゴーストライターの書く勇者の冒険活劇は実は今だ連最中なのだ。
この物語、史実は一つもない。
異世界より転移してきた男の勇者が、奴隷になった魔法使いの美しいお姫様と浪漫ありの怪物退治が書かれている。
読み物としては面白く国民に絶大な人気を博している。
因みに国民にこの物語は作り話だとは知らせてないので事実だと思われていて、なんとシャメール王までも私に会うまでは物語を現実だと信じていた。
シャメール王が私に会った時の目から勇者へ憧れる光が消えた瞬間は忘れられないわ。
「ムスカリには悪いけれど怪物退治には行かないわよ。
私にとってはこの3ヶ月間の会議は怪物と闘っている以上に疲れたわ。
少しお休みが欲しいの」
本物の勇者は旅もしないで毎日お城に瞬間移動してきては、部屋にこもって国の憲法やインフラ整備などに頭を痛め話し合いをしていたのよ。
私がため息をつきながら言うとムスカリは眉を下げて
「ふ~んまあそうか。
俺様も会議は苦手だから分かるぜ。
怪物退治の倍は疲れるな」
と珍しく共感してくれた。
私は分かってくれて良かったとムスカリに笑顔を向けると
「じゃあお前が闘えないのならシラーを俺様に貸してくれよ。
あいつの剣の腕はなかなか強いからな」
笑顔で固まる私。
シラーの家族に万が一被害があってはいけないので、シラーが石化している事は秘密にしてある。
……………………
「フ――――――――――、
よし勇者の力ってやつを見せてやろうじゃないの」
「は? 急に何? お前」
驚くムスカリの腕を持って言う。
「あんな物語、所詮想像上の話よ。
本物の血沸き肉躍る勇者の戦いってやつを教えてやるわよ!」
シラーを守るために私は勇者になるわ。
▽▽▽
「アホかー!」
私は拳でムスカリの頬を思いっきり殴った。
「グホオ……」
剣を手に吹っ飛ぶムスカリ。
私はこの殺戮王子が! っと心の中で叫ぶ。
今から2時間ほど前。
「さて、ムスカリ。
貴方この地区をどうやって治めていくつもり?」
グロキシニアに瞬間移動させてもらいムスカリと共にカノーバ区の中心リップ村に着いた。
シラーが石化した時にグロキシニアから聞いた温泉のある村。
ここを拠点にムスカリはカノーバ区を治めることになった。
「そうだな。まずは…………」
ムスリカは目を輝かせて村の様子を眺めている。
この村は温泉が湧き出ているおかげで人が集まり賑やかな村だわ。
「取り敢えずこの村周辺の人間以外は全て倒すか」
「はあ? 全て倒す?」
「ああ、邪魔だろ」
何言ってんのコイツ?
「人間以外の生物だって生きる権利があるでしょ」
ドワーフ村で生活していて気付いたがカノーバ地区にはいろんな種族の怪物が住んでいる。スイレンさん家族にいろいろ教わり私はムスカリよりはこの地区に詳しくなっていた。
「生きる権利? いや無いだろ怪物に」
キョトンとした顔で聞いてくるムスカリ。
「あるわよ。
例えばここより東の方にドワーフの集落があるけれど、ドワーフたちはリップ村の人間とお同じように皆で協力して暮らしを営んでいるわ。
人間だけがこの世界で生きているわけではないのよ。
話合いでお互いの存在を認め合い、交流を持って共存していく方が人間にとっても良い事だわ」
「ふ~ん、それならもしも話し合って駄目な時には殺してもいいよな」
何故そこまで殺すことにこだわんのよ。
「まずは話し合いに行きましょう」
私は呆れつつも、ムスカリがドワーフに会えば殺そうなんて危険思想は消えるだろうと思いドワーフ村へ話し合いに瞬間移動した。
偶々、ドワーフ村の村長の所にいたスイレンさんが私に声をかけて駆けよって来た時、ムスカリが鞘から剣を抜きスイレンさんへ斬りかかった。
そして冒頭のごとくムスカリを殴り飛ばした私。
ムスカリは村長宅の壁に頭をぶつけて失神した。
はあはあ、何なんだこの男は。
▽▽▽
「……久方ぶりに剣が振るえると興奮していたようだ。
すまなかった」
ムスカリの両手両足を縄で縛り剣を取りあげて、先程ドワーフ村で剣を抜いたことについて村長のアストラムの前で謝罪させる。
アストラム村長は顔の左目から頬にかけて切り傷のある強面のマッチョな体躯で、ムスカリを見ながら豪快に笑った。
「壁に頭をぶつけて冷静になったみたいだな。
儂も若い頃はよく頭に血が上ったからな。
お前の気持ちは分かるわい」
取り敢えずアストラム村長にこのドワーフ村がアペルドーン国のカノーバ区に入っている事を話して、今後出来れば人間との交流を考えて欲しいとお願いした。
村長はドワーフが今まで通り鉱山やこの集落での暮らしが保たれるのなら特にかまわないと言ってくれた。
ふードワーフの村長が脳筋で助かった。
いや、間違えた。
大きい器で受け止めて貰えてよかったわ。
ドワーフと人間の交易が決まりムスカリの腕と足を自由にして剣を返した。
ムスカリは早く怪物を切りに行きたいぜと反省していない言葉をつぶやいたが、もう面倒くさかったのでリップ村の宿へ彼1人を瞬間移動させた。
ムスカリは王都の道路整備でよっぽどストレスを貯めているわね。
明日は怪物を退治できる場所に連れて行って発散させましょう。
▽▽▽
次の日、ムスカリを連れて巨大なワームが沢山出没する場所へ。
うー、ワームがうじゃうじゃ絡んでいるわ。
気持ち悪いわぁ。
1メートルほどの足のないムカデのような怪物。
このムカデたちはデカくて凶暴で人間やドワーフが襲われる事もあり、以前から駆逐対象生物になっている。
「うおおおおおおお」
何のためらいもなく剣を抜いてワームたちへ突っ込んでいくムスカリ。
ワームをひたすら切り殺し始めた。
今までの溜まったうっ憤を晴らすように剣を振り上げている。
「頑張れえ、ムスカリ」
危ない目に合えば助けてあげようとは一応思ってはいますが、ムスカリは嬉々とした表情で剣を振るっているし当分は一人で闘わせても大丈夫だわ。
私は少し離れた場所からやる気のない声でムスカリを応援する。
ムスカリは本当に楽しそうに1日中ワーム退治をした。
休息を忘れてしまうムスカリに私は無理やり闘いを中断させて食事を与え怪我の治癒をした。
そして休憩が終わるとムスカリは狂人の様にワームに向かって剣を振り上げていく。
この後1ヶ月間、ワームやこの地区に生息する危険生物をムスカリに切り殺させる作業を見守った。
ムスカリの戦っている姿をのんびりと見つめる日々。
ムスリカは口を閉じて立っていれば、褐色の肌にカラスの濡れ羽色の髪と引き締まった顔立ちに気品が感じられるのに、あのバーサーカー姿を見たら彼がこの国の第2王子だとは誰も思わないわね。
残念美形だわ。
まあ、本人は何とも思わないだろうけれど。
異世界転移して来てから今日でまだ5ヶ月くらい。
日本で言ったらひと季節が過ぎただけ。
それでも環境が違いすぎるせいかとても沢山の事があったように思う。
勇者召喚の意図も知り、この国の体制が変わり始めたわ。
この変化がこの国にとって良いものかどうかは今後国民が決めていくでしょう。
私は今後この世界でどうしようか?
「……おい、起きろよ百合」
はっとムスリカの声に意識が戻った。
「今日の退治は終わったぞ」
考え事をしていたらいつの間にか寝ていたらしい。
「さ、帰ろうぜ」
ムスリカは晴れ晴れとした笑顔で私の手を引いた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
あと1話で完結します。
よろしくお願いします。