怪物退治に毎日パンを焼いて旅をしたいですのですが
パンを作らせないと国を破壊するわよ。
それが嫌なら大人しくパンの材料を渡しなさい。
「パンを作る材料が欲しい?」
「ええ」
グロキシニアは眉をひそめ百合の顔色を窺う。
まあ、不審に思われるのは当然よね。
前回、食料を貰ってから1週間後。
ドワーフ村で昼食を済ませてからグロキシニアの元へ瞬間移動して来た。
「旅をしながら、どうやってパンを焼くつもりですか?」
派手な衣装に派手な顔の貴族、リコリスが聞いてくる。
ここはいつもの埃をかぶったグロキシニアの仕事部屋ではなくて、調度品も洗練された広い部屋。
部屋にはグロキシニアとリコリスがいる。
「私は勇者ですもの。パンを焼くことくらい簡単に出来ますから」
ものすっごく適当に答えた。
まあ、本当はドワーフの村で借りた部屋で焼くつもりなんだけれど。
「勇者様にはパンを十分お渡ししていると思いますが。
4個で足りない様ならもっと沢山お渡ししますが?」
グロキシニアは厚い布に包まれたパンを両手に抱え私に見えるように言う。
「ここのパンが凄く美味しくて自分でも作りたくなったのよ。
いいでしょう。
パンを焼きながら旅をしたって」
う~ん、自分で言っていて何て説得力の無い話かしら。
勇者がパンを焼きながら怪物退治への旅をする。
なんてほのぼのした冒険譚、緊迫感が無い話だわ。
上品に微笑むリコリスがまた横から口を挟む。
「パンを持ち運ぶよりも小麦粉を持っての旅はかなり荷物がかさばります。
いくらシラーに持たせれば良いとはいえ、歩きづらくなるのではないですか?」
正論だわ。
小麦粉は重いから歩きづらいわよね。
え~と、実際にはドワーフ村で滞在中にパン屋を開きたから材料が欲しいのだけれど。
旅を休むは言えないわ。
何で旅を休むかと言えばシラーの石化を解きたいからなんだけれど、正直に話したらこの人たちシラーを見限って、シラーの家族を殺してしまうかもしれない……。
「勇者様、何やら悩んでおられるようですが大丈夫ですかな?」
グロキシニアがグレーの瞳を鋭く光らせている。
こわっ、シラーの事を隠して何とかパンの材料を手に入れられないかしら?
しかし、6ヶ月分の小麦粉ってなるとかなりな量になるわよね。
ほぼ毎日パンを焼いて売るとしたらどれくらいになるのか見当もつかないわ。
パン屋は現実的ではないかぁ。
う~ん、6ヶ月、何とか時間稼ぎしてシラーと旅をしている様に見せないと……っていうか、もしも順調に常夜山まで歩いたら私達はどれくらいで着く予定だったのかしら?
改めて考えると私この旅の日程とか全く知らないのよね。
「ねえ、私にベヒーモスをいつまでに倒して欲しいの?」
グロキシニアとリコリスへ質問した。
たとえば旅の日数を聞いたらシラーに聞けって言われるから、いつまでに倒して欲しいのか彼らの希望を聞いてみた。
倒して欲しいと言われた日数を計算して、旅を休む6ヶ月間を適当な理由を作り辻褄を合せればいいかと考えた。
すると、二人からは表情が消えてその場に沈黙が落ちた。
シラーの国を襲ってまで勇者を召喚したくらいだもの、この国はベヒーモスに大変な被害に遭っているんでしょうから、すぐにでもとか早く急げとか言われるかと思って聞いたのに。
「え? 何で答えないの?」
再度聞くもグロキシニアは目を閉じ思案しているし、リコリスも明後日の方向を見つめて私の問いに答えようとしない。
「そういえば、おかしいわ。
シラーと私が最初に洞窟から瞬間移動させられた時、あの時に常夜山へ移動させれば良かったんじゃないの?
私の力はこの世界最強なんでしょ。
レベルを上げる必要が無いのなら旅をさせる必要が無いわよね?」
前の人生で独り言が癖になっていて考えていることを口に出してしまう。
「この旅に意味ってあるの?」
「ありますよ。国の安定に一役買っていただいてますから」
リコリスが深く息を吐いて私を見た。
「国中の民が老いも若きも貴方の旅を応援しています。
この国の為に怪物と闘う異世界の少女の活躍に民は夢中です」
え? 私この世界に来てまだ15日くらいしか経ってないわよね?
しかもそれほど大した活躍はしてないわよ。
倒した怪物なんてオーク3体くらいだしサテュロスは倒したっていうより婚活を協力しただけ、コカトリスは尻尾の蛇頭を切り落としただけだもの。
「何で国民が私の旅を知ることが出来るの?」
「我々が勇者様の活躍を書き国民へ周知しておりますから」
「活躍って程の事していないわよ?」
「大丈夫です。我々には良い作家が付いておりますから、勇者様はかなり見事な冒険活劇をされていますよ」
リコリスが急に私の冒険話を書くゴーストライターがいると暴露した。
「何でそんな嘘を書くのよ!」
「国内から国民の不満をよそへ向けようにもこの国は強くなりすぎてしまい敵国がもう何処にもないのです。
国王軍が怪物を退治するだけでは話題性に欠きますし、もしも軍が怪物退治で王都を留守にしたら反旗を翻す者が現れる心配があるでしょう。
だから我々は異世界から勇者を召喚し怪物退治へ旅立っっていただいたのですよ」
リコリスは真面目な顔をして言う。
はあ!?
国民の不満避けに勇者召喚って……
「そんな余計な努力というか無駄に魔法を使たって、国民の不満を取り除かなければこの国は終わりじゃないの?」
「そうですね。
貴女の言うとおりだと思いますよ。
この案が目先の問題を反らしているだけなのは我々だって理解はしています。
しかしながら、現実は大変上手い事国民の目を逸らしてくれていますので、まだ当分は勇者様の冒険で乗り切れそうなんですよ」
なんていうか拍子抜けっていうか。
結局のところ、この人たちが私に求めている事ってベヒーモスを倒す事ではなくて、国民の不満解消に勇者として旅をする話題づくりだったのね。
その話題を作るためにシラーは王子から奴隷に人生を変えられてしまったのかぁ。
……プチッ
「馬鹿じゃないの! あんた達!」
私は怒髪天を突き大声で怒鳴った。
部屋の中に私を中心に大風が渦巻き部屋中の物が渦巻いた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオ
と風の音の中から「ゆう……しゃお……ちついて……」と魔法使いの声が聞こえたが無視した。
数分後、自分の気持ちを落ち着けるためにぐちゃぐちゃになった部屋の中を片付けつつ、気を失い倒れるリコリスとグロキシニアの意識が戻るのを待つ。
壊してしまった家具を部屋の隅に避けて、何も落ちていない床に壁にもたれさせながら2人を並べて座らせた。
「うう……」
グロキシニアが先に目を覚ました。
「問題から目を逸らせるためにどれだけの人を巻き込んでいるのよ。
大人なんだからしっかり解決しなさいよ。
あんた達、そのための特権階級なんでしょ!」
私は立って見下ろしながら言う。
「この国に縁も縁もないけれど、この世界に召喚された私は他に行く当てもないわ。
だから、仕方がないけれどあんた達に協力しようと思う」
「……協力?」
「この国を良くするため、国民の不満を解消するための方法を私も一緒に考えてあげるわよ」
正直、政治経済に疎い私が役に立てる気がまったくしないけれど、シラーの石化からこの人たちの目を逸らせるために国民の不満ってものをきいて解決する事にします。
▽▽▽
ちゃぷ、ちゃぷ。
誰いない朝湯に浸かりながら私の隣の石像を見る。
う~ん、まだまだシラーの石化は治らないなあ。
胸まで温泉に浸かっているシラーの湯に浸かっていない部分を温泉で濡らしながら、手拭いで優しく拭いている。
「石化してから3ヶ月か。
今だこの状態ってことは、やっぱりお医者さんの言うとおりあと3ヶ月はかかるかしらね」
石化しているシラーの反応はないけれど、毎日王都へ行く前に話しかけている。
それにしても、この3ヶ月の間は急展開だったわ。
アペルドーン国。
この国が大国として成り立ったのは先王の時代から。
元々アペルドーン国は軍を持つ強い国だったけれど、先王は戦術を考える天才だった。
先王は国の中から強い兵士を集めた竜兵団や他国に類を見ない魔法使いを集めた翼法団を作って戦争を行っていった。
そして、アペルドーン国周辺の人間の国をほぼ統一していた。
ここまでは戦争の御蔭でこの国の景気は上り坂だったらしい。
国民は戦勝を祝い略奪品によって国内は潤いお祝いムードだった。
5年前先王が急死してから景気が悪くなり初め、国民の国への不満が膨らんできた。
アペルドーンは急激に大きくなった為、国民を統治する事が全てにおいて未発達だった。
王様はいるけれど臣下が少なく、税金などもほぼ徴収されておらずインフラ整備の考えもない。
国民は国に納めず与えられず自由に暮らしてる。
そうやって聞くと悪いように感じないけれど、国内は無秩序で安心して生活できない状況だった。
本当によく国として成り立ってたのが不思議だわ。
戦争を仕掛ける敵国がいないのに、今だ竜兵団や翼法団が力を持っているなんて無駄なのよ。
因みに竜兵団のトップはムスカリで、翼法団のトップはグロキシニアだ。
リコリスは国王の少ない臣下の内の1人でこの3人が実質国を動かしている。
何から手を出すのが国内を落ち着かせられるのか全く分からないけれど、取り敢えず国王を紹介してもらった。
現アペルドーン国王のシャメールは若かった。
まだ20代半ばで赤髪の巻き毛と金に近い薄いブラウンの瞳。
物腰の大人しい男性で私に初めて会った時にもゆったりと落ち着いた態度で接してくれた。
あの3人の上司だから居丈高な王様を想像していたのに、予想外に好印象な王様だわ。
それから私を含め5人で話し合いを始めた。
私的には旅をしていて道の整備が全くされていない状態だから、戦争が無いのなら竜兵団に国内の道路整備を提案したわ。
案の定、ムスカリが激怒して私に襲い掛かってきたから、私の能力でムスカリを動けなくして懇々と道路の重要性を説いた。
私の話を聞いているうちにシャメール王とグロキシニアは道を作るべきだと考えたみたいで、王令で竜兵団が国の中に道路を作ることになったのよ。
ムスリカは歯ぎしりして私を睨んでいたけれど王様に逆らえずに今は道を作っているわ。
その次にリコリスやグロキシニアと王様で国の憲法、国の基本になる国家の統治体制をしっかり決めるために臣下を集めて憲法制定の会議を始めた。
会議は長引くかなぁと心配したけれど、意外と揉めることなく立案から制定まで1ケ月もかからなかったわ。
普段からグロキシニアに意見が言える人が少ないからみたいね。
憲法の内容の良悪は私には分からないけれど、国の基本がしっかりした事で進むべき方向が決まったわ。
そして国民には税金の納付義務が課せられ、その代わりに国が国民の生活を守るためにグロキシニアの率いる魔法使いが学校や病院の先生として派遣されることに決まった。
ここまでアペルドーン国内は確実に変化してきたけれど、まだ始まったばかりで国民の採決が下されるのは先の話ね。
「でもシラー安心してね。
シラーの家族は無事に王都の近くの農園で家畜や畑を作って元気に暮らしているわ。
お父さんもお義母さんも妹さん達も皆シラーを心配してたよ。
石化して温泉に浸かっている事は言えないから、元気にしてますって答えといたよ。
シラーの石化が解けたら2人で会いに行こうね」
反応が無くても、こうしているとシラーが傍にいると実感できるから安心するわ。
「さあ、今日も王都に行って王様たちと話してくるわね」
シラーが石化しているのを良いことにシラーの頬にキスをする。
私は湯から立ち上がり服を着て、王様の所へ瞬間移動した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。