親切なドワーフさんと温泉
石化したシラーをどうやって温泉まで運ぼうか途方に暮れていたら、ドワーフさんに声をかけられました。
「え~と、パンを上げるのは構わないのですがおじさんは何処の方ですか?」
「儂は、ドワーフのスイレンという者じゃ」
ドワーフのスイレンおじさんは薄切りにしたパンを食べて
「ふふ~んこりゃ上等なパンだわ。香りと味が濃厚で旨い旨い」
と上機嫌で食べた。
おお、グロキシニアったら凄く良いパンをくれたんだ。また会った時にお礼を言おう。
「ところでスイレンさんはこんなところで何をしているんですか?」
「儂はここから東に行った所の鉱山で働いとる。
今日の仕事が終わって家に帰るところじゃ。むしろ嬢ちゃんこそこんな所で何しとる?」
私は斜め後ろのシラーを見ながら
「旅の仲間がコカトリスに噛まれて固まってしまって、この先の村の温泉に入れば石化は治るらしいのですが、その村まで運ぶ手段が思い浮かばず途方に暮れていたんです」
「そうか、そりゃあ大変じゃな。
ここから人間の村まで歩いて5日はかかる。
う~ん、もしも人間の村でなく儂の住むドワーフ村で良ければ温泉に浸からせてやるが」
「え? ドワーフの村」
「ああ、儂の村には医者もおるし嬢ちゃんの仲間を診せてもやれるぞ」
まあ! 渡りに船な話だわ!
人間の村まで石化したシラ-さんを運ぶのは無理だし、人間のお医者さんでなくても診てもらえるならドワーフの村でお世話になりましょう。
「大変ありがたい話だわ。
出来れば御厄介になりたいのですが、ドワーフの村までどうやって仲間の石像を運べばいいのでしょうか?」
スイレンさんはシラーの周りをぐるっと見回り
「こいつ1人くらい儂が運んでやろう」
と言うと背に担いでいた斧でコカトリスの蛇の首を叩き切った。
「あ!」
急に蛇の首に斧を落としたから驚いて声が出てしまった。
コカトリスは凍ったままで斬られたからか血が出なかった。
「ほい」
っとスイレンさんは軽々と自分の倍近い大きさの石化したシラーを肩に担ぎ、森の中へ歩いて行く。
氷漬けのコカトリスをこのまま放置していいものか迷ったが、むやみに殺してしまうのも良くないと思うし、氷が融ければ大きなにわとりとして生きていけるかも。
蛇の頭が失くなったコカトリスはその場に置いて行った。
私はグロキシニアに貰った日用品や食料の入ったデカくて重い袋を持ってスイレンさんの後を追いかけた。
▽▽▽
ゼエーゼエー・・・ゼエーゼエー・・・
重い、袋が重い、重い、体が痛い。
草木生い茂る道が見えない場所をスイレンさんが担ぐシラーの石像を目印に歩く。
重い袋を持つ腕がプルプル震えてる。
もういっそ、せっかく貰った日用品だけれど捨てていこうかしらと考えた時
「お-い嬢ちゃん、頑張れ-あそこじゃ、ほれ見えてきたぞい」
スイレンさんの声がして見ると緑豊かな木々の中に可愛い赤い屋根の平屋が見えた。
嬉しい!やっとゴールが見えたわ。
いくら若い体とはいえ腕も足も限界です。
スイレンさんが家の前に到着すると小さな女の子が3人が先を競って玄関から飛び出してきた。
「お父さんお帰りなさい」
「お父さんお帰り~」
「おとうしゃんおか~り」
くぁあ、かわいい~!
久しぶりに子どもを見たわぁ。
「お-ただいま。娘たちいい子にしとったか」
スイレンさんの足元に絡みつくように集う子供達。一番小さな女の子が少し離れた草の中にいる私に気づいた。
「おねえちゃん、だあれ?」
小さな人差し指を可愛いお口に入れながら緑色のお目目で私を見ながら言う。
妖精さんの様に可愛い。
あのふっくらほっぺをプニプニしたい。
スイレンさんがシラーをゆっくり地面に下ろしながら
「ああ、あの娘はお客さんだよ。母さんを呼んで来てくれ」
と言うと、上の子供と真ん中の子供が競って母親を呼びに行った。
「お嬢ちゃん、早く来な。儂の家族を紹介しよう」
私は痛む足を出来るだけ速く動かし、重い袋を引き釣りながらスイレンさん宅へ入って行った。
スイレンさん一家が玄関先で出迎えてくれる。
「妻のグロウだ」
奥さんのグロウさんはスイレンさんとほぼ同じくらいの身長だけれどほっそりとしている。
金髪の美しい髪がゆるく波立って可愛らしい少女の様だわ。
「上の娘のダリア真ん中のボタン、一番下はヒメだ」
3人の娘さんたちは身長が違うだけでそっくりな外見をしている。
皆、まあるくおでこを出しブラウンの柔らかな髪を三つ編みにしてスイレンさんにそっくりな緑の丸い目をしている。
「そういや、嬢ちゃんの名前は何と言うんじゃ?」
あ、しまった。まだ名乗っていなかったわ。
「百合と言います。突然お邪魔してすみません」
「百合さんね。
ちょうど御夕飯が出来たの。
お口に合うか分からないけれど沢山食べてね」
スイレンさんの奥さんは見た目だけでなく声も可愛い。
突然、家に来た私を笑顔で優しく迎え入れてくれた。
石化してるシラーは玄関に置いてもらい、夕食をごちそうしてもらう。
テーブルには野菜が沢山入った赤いスープとハムのようなお肉が大皿に乗っていた。
食べさせてもらってばかりは悪いので、私は今朝グロキシニアから貰ったパンを1個夕食に提供する事にした。スイレンさん一家はとても喜んでくれた。皆このパンが好物みたい。
スイレンさん家族とちゃぶ台のような丸いテーブルを囲んだ。
「いただきます」
パクッ。
赤いスープは野菜の甘みと酸味が合わさって美味しいし厚切りハムも食べやすい塩気がちょうど良いい。
「美味しいわ」
子供たちもお行基よくスープを飲んでいる。
でも、お客さんの私に興味があるらしくチラチラ目線を感じる。
私が目を合わせて微笑むと、子供はホッペを赤くして目を反らしてスープをガン見して飲み、またチラチラ私を見てくる。
可愛いわぁ。
私が和みながら夕食を頂いているとスイレンさんが
「今夜はもう遅いから明日ドワーフの医者へ連れて行ってやろう」
と言ってくれたので、私はスイレンさんのお言葉に甘えて今夜は泊めてもらう事にした。
▽▽▽
朝が来た。
スイレンさんのお家から少し歩くと木々が開けドワーフ村の中心に着いた。
2階建ての建物が立ち並び地面は石畳が敷かれ、朝早くゆったりとドワーフさんたちが行き交っている。
真っ白な建物へスイレンさんがシラーを担いで入った。
「おはよう。
先生。
朝早くから悪いがちょっと診てくれんか?」
建物の中はすぐ診療室になっているらしく白い衣装を着た長い髭のドワーフがいる。
看護師さんはいないみたい、お医者さん一人で診療してるのね。
「おお、いいぞ。どうした?娘が熱でも出したか?」
先生は奥の部屋からひょこひょこ歩いて来た。
スイレンさんがゆっくり石化したシラーを床に下ろす。
「いや、昨日コカトリスに噛まれた人間じゃ」
「人間?」
「この娘、百合の仲間だそうだ」
スイレンさんは後ろにいる私を紹介してくれる。
「よろしくお願いします」
頭を少し下げ挨拶するとお医者さんも頭を少し下げ挨拶を返してくれて、シラーに指を這わせながら診察してくれる。
「ふーむ、どれどれ・・・んん・・・こりゃあ石化を解くのに少し時間がかかるな。
6ヶ月程は温泉に浸からんと石化は解けんじゃろう」
「6ヶ月!!」
って、半年も温泉に浸けるの! シラーが茹だってしまわない!
驚く私に落ち着いて話すお医者さん。
「この男、腕に蛇の頭が付いとるじゃろ。
こんだけしっかり噛みつかれとるって事は、蛇の牙から毒がたくさん体に回っとるからなぁ」
お医者さんは顎に指をおき納得してる。
「そんな、どうしよう……6ヶ月もドワーフ村に滞在……っていうか、シラーは本当に温泉に浸かったら元の姿に戻れるのですか?」
よく考えたら、石化って死んでないの。温泉で戻るって本当なの?
「先生の見立ては確かじゃて。
百合ドワーフは親切で世話焼きな民族だ。安心して気長に療養してきな」
不安でいっぱいの私にスイレンさんはニカッと歯を見せて笑った。
▽▽▽
村の中心から西の方角。硫黄の匂いが充満している小さな露天風呂温泉。
石化した人を治すための湯場がある。
ぼこぼこと湧くお湯へシラーを浸ける。
シラーは苦しげな顔で石化しているせいか温泉で茹でられてるように見えるわ。
「百合心配するな。
大丈夫じゃ。
見てみな」
スイレンさんがシラーの隣にいる石化した子供を指刺した。
「この少年は2ヶ月前に森でかくれんぼしとったら、後ろから子供のコカトリスに噛まれて石化したんじゃよ。
百合、少年を触ってみな。大分柔らかくなってきた」
スイレンさんに促され少年の頬に触るとわずかにぷにっと弾力があった。
「……やわらかい……」
「な、心配するな百合の仲間もそのうち元に戻るからな」
私はぽろっと涙を流した。
「スイレンさん、ありがとう。
シラーが治るまで私をここで待たせてください」
この世界に来て今まで泣かなかったのは、私の側にシラーがいてくれたからだ。
シラーは一緒に旅をしようと言ってくれた。
オークに追いかけられた時には私を担いで逃げてくれた。
サテュロスが現れた時にも私を守って闘ってくれたし、お酒に酔った時にはお姫様抱っこして運んでくれた。
私を守るためいつも身を挺してくれたシラーがこんな姿になってすごく心細い。
人生で一人きりの状況になった事が無いのよ私。
前の人生では結婚はしなかったけれど実家の家族がいたもの。
いくら特別な力を持った勇者とはいえ、一人で生きていくのはとても寂しいわよ。
シラーが一緒でなければ常夜山へは行けないわ。
だから石化を治して絶対にシラーと行くわよ。
▽▽▽
スイレンさんの家へ帰宅後、夕食の手伝いをしながらスイレンさんにドワーフ村で私が出来る仕事について相談した。
「6ヶ月ここにいるので何か出来る事は無いかしら?」
せっかくなので前の仕事の看護士につけないか聞いたら、この村には医者が一人いればやっていけるらしく求人が無かった。
次に子供が好きなので保育士さんの仕事はないか尋ねるとそういう職は無いと言われた。
ドワーフの奥さんは基本専業主婦で家の近くに親戚も多いから施設に子供を預ける必要がないらしい。
「うーん、私に出来る仕事って何かしら?」
「パンが作れるならパン屋が良いな」
「え? パン屋ですか?」
「そう。百合の持っているパンはとても旨い。
ドワーフ村では手に入らないパンだ。それが作れたら皆食べたいと思う」
パンかぁ、材料を揃えれば私でも作れるかな。
前の人生でも一時期パン作りにはまったことがあったし……問題はグロキシニアに何と言って材料を貰うかね。
パンを作って売るなら沢山の材料が必要になるし、6ヶ月分っていったらかなりの量よね。
「パン作りしたいから材料をください」
って素直に言って
「分かった」
ってグロキシニアが材料をくれるわけ無いわよ。
「何のためだ。勇者の仕事じゃないだろう」
って断られるのが目に浮かぶわ。
……もう、力づくで貰おうかな。
「パンを作らせないのならベヒーモスを倒さないわよ! 国で大暴れするわよ! 嫌なら小麦粉と酵母菌を渡しなさい!」
パンを作ることとベヒーモスを倒すことの関係性についてグロキシニアの困惑する顔が見られるわね。
……楽しそうだわ。
だって私を誘拐して怪物退治をさせようってんだから、向こうの方が難題を押し付けてきているのよ。
私がパンを作りたいから材料を頂戴っていうのなんか可愛いものよ。
そうよ。
次に会いに行ったらパンの材料を貰ってドワーフ村でパンを売ろう。
お店屋さんごっこみたいね。
ちょっと楽しみになってきたわ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。