裸
裸が多いです。
シラーは部屋を出ようとドアのノブを握ったが、裸の百合を床で寝かせるわけにはいかないと、顔を背けながら百合に近づき抱き上げた。
掌から感じる百合の柔らかい肌や温かさに、シラーは百合の体を味わいたい衝動を必死に抑えてベットの上へ下ろす。
耐えろ!
百合様を守らなければいけないのに辱めを与えるような真似はしてはいけない。
どんなに百合様が魅力的でも手をだしてはいけない。
シラーは百合から顔を背け目を強く閉じている。
感覚で掛布団を掴みかけようとするシラーの手を小さな手が握ってきた。
シラーは驚いて目を開けた。
百合は目が半分閉じた状態でシラーを見ている。
「……シラーは疲れているよね」
「は?」
突然、体の心配をされて何と答えていいか戸惑うシラー。
「自分では気づいていなくてもシラーは疲れているわ」
百合はパチッと指を鳴らす。
ドサッ!
「ええ!」
シラーは百合のいるベットに寝かせられた。
混乱する中、自分が着ていたはずの衣服が百合の腕の中にあるのが見えた。
「な・・・」
体にひんやりとした空気を感じる。
脱がされた? 百合様に服を?
「貴方、奴隷になってから慣れない生活で体に負担をためこんでいるのよ。
だから、少し無理をすると倒れてしまうの。
私、シラーと一緒に旅がしたいわ。
シラーが倒れない為には休養が必要なのよ」
と言うと、おもむろに白くしなやかな足がシラーの体を跨いだ。
裸の百合が自分の腹に座り見下ろしてくる。
百合の体の重みを感じて、シラーは心臓が早鐘のように鳴り体中の血が沸き立っている。
どうしていいのか動けずにいると、百合の細い指が肩に触れて小さな顎が目の前に落ちてきた。
「シラー朝までおやすみなさい」
百合の唇が額に触れた。そして意識がなくなった。
……
朝日の眩しさに目を覚ます。
シラーはベットに一人寝ている。
昨日の事は夢だったのだろうかと起き上がると裸だった。
そしてベットの周りには自分の衣服と百合の着ていた赤いワンピースや下着が散乱していた。
シラーは血の気が引いて部屋を見渡すが百合の姿は見えない。
「な、何てことだ……」
シラーは慌てて服を着て、甲冑を付け外へ飛び出した。
百合様は自分よりも早く目を覚まして裸で寝ていたあの状況を誤解されて、私から逃げてしまったのではないか!
村中を走り百合を探す。
昨日は百合様は酒に酔っておられた。
多分、ご自分の行動を覚えていないだろう。
百合の名を呼び探し回ったが村の何処にも見つからない。
シラーは絶望して屈みこんだ。
百合様は私の服を脱がしベットに横たえ、私の体を労わるために魔法で私を寝かせられた。
私のために。
しかし百合様にその記憶が無いのなら、目が覚めた時に見た裸の私はさぞ怖かったであろう。
……百合様に会いたい。
会って誤解を解きたい! 嫌われたくない。
「おい、お前こんなところで朝っぱらから何で泣いてんだ?」
頭の上から声がした。シラーが見上げるとサテュロスと村長の娘が腕を組んで立っている。
「……百合様がいない」
「何で?」
シラーはサテュロスに理由を聞かれてもどう答えていいのか分からなかった。
裸で一緒に寝ていたのを誤解して……こんな話をしても信じてくれるはずが無いのではないか。
シラーが黙っているとサテュロスはシラーの背中を撫ぜて励ましてくれた。
シラーはサテュロスの優しい行為に驚いた。
昨日はサテュロスを化け物と思い倒そうと剣を振るい、百合様にサテュロスは悪い怪物には見えないと言われても半信半疑だった。
サテュロスは良い奴だ。
百合様はやはり見る目をお持ちだ。
百合様と一緒にいたい、私に見つけられるか分からないが探せるだけ探そう。
「百合様は北へ旅をしている。もしかしたら先に行ってしまったのかも。
私も今から百合様を追いかけて北へ行くことにする。
世話になったな」
シラーは百合がベヒーモスを倒す使命からは逃げるはずが無いと思い北へ行く事にした。
「いや、こっちこそお前と勇者には世話になった。気を付けて行けよ」
サテュロスと村長の娘は村の端で北へ走り去るシラーを見送った。
▽▽▽
ドッ! ダダン!!
「きゃあ」
「ぅあ!」
瞬間移動したらシラーにぶつかってしまった。
「ごめんなさい。シラー……」
「百合様! 危ない!」
コ、コ、コ、コケッ―!
後ろからにわとり? の鳴き声。
シラーさんに突き飛ばされた。
大きなにわとり?
頭はにわとりだけれど羽は蝙蝠の様で尻尾には蛇が付いている怪物とシラーは闘っていた。
シラーの体の半分くらいの大きさの怪物がけたたましく鳴きながら攻撃している。それに剣で応戦するシラー。
た、助けなきゃ。
火で怪物を焼くと、近くに居るシラーも焼いてしまわ。にわとりを凍らせよう。
怪物は鶏のくちばしでシラーの剣を挟み、凄い速さで尻尾の蛇がシラーに牙をむいた。
私が指を鳴らす同時に蛇がシラーの腕を噛んでいた。
「いやあああ! シラー!」
怪物は足の方から勢いよく凍っていく。
シラーに駆け寄った。
シラーは額から大粒の汗を流し洗い息づかいをしながら私を見ている。
シラーの腕から蛇の牙を外そうと力いっぱい引っ張るが蛇の頭まで凍り付き動かない。
「どうしよう。
ごめんなさいシラー何とかするからね」
シラーは両膝を地面に付きながら上目遣いに私を見て口を動かしている。
「声が小さくてよく聞こえない……何?」
「……ごか……い、ですゆり……」
と、シラーは動かなく石の様に固まってしまった。
「うそ。やだあああ。死なないでシラー!
ごかって何のことよ!」
一生懸命、両腕をシラーにかざす。
全然、動く気配が無い。
どうしたらいいの?
私の治癒能力で治らないって。
そんな、もう、シラーはこのまま石造になってしまうの?
落ち着いて体が不調になったら病院へ行って医者に聞く、それと同じで知識のある人間に聞きに行けばいいのよ。
私にはシラーを戻せる知識がないわ。
でも、グロキシニアなら分かるかもしれないわ。
そうよ、あの魔法使い部屋に分厚い書物が壁の本棚や床に山の様に積んであった。
グロキシニアが分からなくてもあの中のどこかに、こういう時の対処法が書かれた本がきっとあるわ。
そうと決めたら。
石化したシラーと氷漬けの大きな鶏を道の脇に避けてグロキシニアのところへ瞬間移動した。
▽▽▽
硬い石の床へ足が着く。
あれ? いつものグロキシニアの部屋じゃない?
部屋の真ん中に大きな布が掛けられた小窓しかないうす暗い部屋。
「おい。今日はもう会っただろう。また来たのか?」
もの凄く不機嫌なグロキシニアの声が布の向こうから聞こえた。
「寝ていたのね。ごめんなさい。急用でどうしても教えて欲しい事があるのよ」
そっかぁ、グロキシニアは明け方まで事務仕事をこなしながら私が食料を取りに来るのを待っていたから、昨夜は寝ていなかったんだわ。
グロキシニアには悪い事をしているわね。
グロキシニアは布越しでも分かるくらい大きなため息を吐いて
「教えて欲しい事とはなんだ早く言え」
と急かしてきた。
「実はシラーが尻尾が蛇のにわとりに噛まれて動かなくなってしまったの。
治せないかしら?」
私はかなり手短に状況を説明した。
「・・・ああ、コカトリスに噛まれたのか。チッあの男コカトリス程度に後れを取るとは役立たずが」
グロキシニアの言葉に腹が立って、部屋の真ん中の布を思いっきりめくりあげて
「シラーは役立たずじゃないわよ!」
とグロキシニアに怒鳴った。
グロキシニアは上体を起こした状態でベットの上に座っていた、裸で。
正直、洞窟で見た時にも威厳のある立派な体格のシブいおじさまと思ったけれど、この人魔法使いなのに体も鍛えているのかしら筋肉が隆起している。長い白髪は纏めずに胸までたらし理知的な灰色の瞳でグロキシニアは私を見ていた。
「し、失礼しました!」
急いで布を戻した。
しまったぁ。
いくら腹が立ったとは他人のプライベート空間に入ってしまったわ。
「温泉へ行け」
グロキシニアが言った。
「シラーが噛まれた場所から北へ行った所に村がある。そこの温泉にシラーを浸からせれば石化は治る」
「温泉。分かった……あ、今思い出したけれど地図とか情報は貰えないの?」
「道や土地、怪物の事はシラーが知っているはずだ。案内の為シラーを貴女に付けているのだ。分からない事はまずシラーへ聞いてみろ」
そうだったのね。シラーは私の案内人なんだわ。
私がシラーを守らなければと思い込んでシラーにあまり質問しなかったから分からなかった。
「答えてくれてありがとう。
何度も訊ねて来てごめんなさいね。おやすみなさい」
勇者が瞬間移動で消えた後、グロキシニアはユーリの慌てた顔を思い出し微笑んだ。彼女の年相応の表情を初めて見たと思った。
▽▽▽
シラーの前に戻り考える。
これどうやって運ぼう。
2メートル近い身長の大男と1メートルくらいあるでかいコカトリス。
私の力では持つことさえできないし、瞬間移動は行った場所や会ったことのある人の所へしか行けない。
サテュロスのいる村へ行って荷車を借りてこようかしら?……それも無理かな。
私、ちからは普通しかないもの。
荷車にこんな重そうなものを乗せることも出来無いし、これを乗せた車を引いて温泉のある村まで行ける気がしないわ。
かといって、私が使える力でも大きな荷を運ぶものなんてないわ。
あ、でも、吹き飛ばすとか安全性を無視すれば……いや、駄目ね。
コカトリスは死んでもいいけれど、シラーを怪我させることなく運びたいわ。
うわあ、本当にどうしよう。
グ~~~~~
お腹が鳴った。
そういえば、昨日から何も食べてないわ。
空腹では良いアイデアは生まれないわね。
取り敢えず、何か食べましょう。
袋の中から食べ物を取り出す。
まずは肉の塩漬けを食べてみる。
塩辛いけれどお腹がすいているからかすっごく美味しい。
でもお腹にたまる感じがあまり無いし、やはり塩気がきついからあまり量は食べられないわ。
次にあの石のような硬いパンを食べてみた。
「ぐぬぬぬ、歯が立たない。
かたーい! 硬すぎるわよ! 歯が折れてしまうわよ」
つい叫びたくなるほどパンは硬い。
「無理―! ぐううう、手で千切るのも無理―!」
ふんが―っと頑張ってもパンは丸い形を変えない。
「嬢ちゃん、そりゃあ無理じゃよ」
え?目の前に筋肉ムキムキの背の低いトゲトゲの兜をかぶった長く艶のある髭のおじさんが私を見ていた。
「貸してみな」
ごつい手を広げてくる。
よく分からないけれど髭のおじさんに硬いパンを渡した。
髭のおじさんは手にしたナイフで柔らかいバターでも切るようにスッスッとパンを切っていく。切ったパンの厚さは2ミリほどの薄ーいパンを私に渡してくれた。
「スープも無いしこれくらい薄く切らんと噛めんよ。さあ食ってごらん」
促されてパンを口に入れる。パンの中までやや硬いが、噛めば噛むほど麦のこおばしい香りと甘みが口の中に広がる。
「うわあ、美味しい。おじさん、ありがとう」
私がお礼を言うと髭のおじさんはニコニコ笑いながら言った。
「いいんじゃよ。
ところでお嬢ちゃん急な話で申し訳ないのだがこのパンを譲ってはくれんかね」
ここまで読んでいただき、ありがとございました。
現実世界が熱いせいで色々おかしくなってます……