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無理やり怪物退治に行かせるのだから旅の支度は頂きます

旅に必要な野外用品を魔法使いに貰いに来ました。


 グロキシニアの部屋は暗かった。

 わずかに彼のデスクの上を照らす光玉だけがある。


 私からグロキシニアの表情は分かるけれど彼からは私がハッキリ見えないはずなのにいやに落ち着いているわね。

 まあ、グロキシニアは私よりも魔法が使える自分の方が強いと思っているから余裕なのね。


 私はグロキシニアに近寄らず話始めた。


「そんな、無理を言いに来たわけではないですよ。

 私はシラーと一緒にベヒーモスを倒す旅をすることにしましたから。

 そこで旅をするにあたり色々必要な物を頂きたいだけです」


 グロキシニアは両手を組んで机に肘をつき上目遣いで私の方を見ている。


「必要な物とは?」


「一番は食料ですが私はこの国の食糧事情がよく分かりません。

 ですがやはり食べ物は重要ですので私とシラーがベヒーモスに会うまで飢えないよう食料の調達をお願いします」


「ふ~む。食料……例えばどれほどの量の物をどうやって勇者様に届けろと言われるのか?」


 私の要求を否定せずに聞いてくれるわね。

 良かったわ。


「そうですねえ。

 食べ物は腐ってしまうと食べられないので、大体3日程度の食糧を準備しておいてくだされば私がこうやって取りに来ますよ」


 食べ物は鮮度が大事ですから。

 それにしても私、瞬間移動が出来るなんて便利だわ。


「わざわざ勇者様が食料を取りに、それほどのお力があれば今すぐベヒーモスのところへ移動して倒されたらどうでしょうか?」


 それ私も考えたけれど


「私、知らない場所や人のところには瞬間移動出来ないみたいなんですよ。

 だから常夜山やベヒーモスのところまでは自力で行くしかないです」


 瞬間移動ってそこまで万能ではなかったんだよね。


「食料と一緒に下着などの衣類や日用着、野営で使う鍋や食器あと寝るときに使う布団類も準備してください」


 グロキシニアは黙って動かない。


「あとは情報が欲しいわね。

 常夜山までの地図や人間が暮らす集落のある場所を教えて貰えると助かるわ」


 暗くて静まり返った部屋で私の声だけが聞こえる。

 グロキシニアから返事は無いけれど、理知的なグレーの瞳がこちらを見据えているから聞いてはいるわね。

 要求も終わったし、シラーが心配だから帰りましょう。


「夜中に急に頼んでしまって申し訳ないけれど、3日後に受け取りに来るわね」

「お待ちください、勇者様」


「何?」


「もしも今勇者様の望まれたお品を用意できなかった場合はいかがいたしますか?」


 挑戦的な顔つきでグロキシニアは聞いてきた。

 あー何となく試されてる感じだわ。


「私それほど贅沢な物は望まないので、出来る限り準備していただけたらと思っているのだけれど。

 そうね、もしも食料が渡せないって言われるのならこの国の町を一つ消してみようかしら?」


 グロキシニアは少し口の端を上げて言う。


「脅しですか?」


 私は彼に近づいた。

 一瞬の間に目の前にきた私に驚き、グロキシニアの口が何か唱えようと動いたので、私は指を鳴らして彼の顎を外した。


「グウウ・・・」


 グロキシニアは伸びる顔下を両手で押さえる。


「痛い思いをさせてごめんなさいね。

 でも、魔法を使う心配があったから防がしてもらうわね。

 あと私わりと怒っているのよ。

 他人を勝手に召喚しておいて何の説明も装備も持たせずに、突然怪物退治に行かせる貴方たちの非情さに」


 グロキシニアは額に脂汗を浮かべながらグレーの瞳で私を睨む。


 そうよ、本気で腹が立っているわよ。

 勇者を引き受けていない私を強制転移したし、シラーの家族を人質に取ったりこの人たちの乱暴な行為は許せないわ。


 二人の間に火花を散らして睨みあったが、急にグロキシニアは私から目線を外して自分で顎をはめた。


「勇者様は最強で万能なお方だと古文書に書かれております。

 本来なら勇者様お一人で出向いてもらうはずの怪物退治ですが、勇者様にとっては知らない世界をお一人で旅をさせるのは酷と思いましたから、あの奴隷を貴女に付けたのです。

 歴代の勇者に比べましたら百合様に対して我々は配慮しております。

 もしもご不満があるのでしたらそれはシラーの不手際でございます」


 私は優しく微笑みながらグロキシニアに言った。


「シラーは大変親切に私に接してくれております。

 彼が優しいから私はベヒーモスを倒すことを了承しました。

 だから、シラーのご家族は大切に、それはもう大事に保護してあげて下さいね。

 もしも彼のご家族に何かあってシラーが私と同行できなくなったら、私が貴方たちに何をするか分からないから」


 私は勇者としての力をグロキシニアに見せるために威圧を意識する。

 髪が逆立ち体から湯気の様に気が出てきた。

 部屋の中の重力が重くなり、家具が軋む。


 頭の中にどういった能力があるのかは分かっていても、実際使うとなると難しいわね。


「グロキシニア。

 古文書に書かれている事は本当よ。

 勇者は最強で万能。

 私一人でこの国を滅ぼせる」


 脅迫ではなくて私が神様から貰った力なら出来るはずだわ。

 グロキシニアはガタガタ震えている。


「でも私本当は壊すのは苦手なのよ」

 彼の耳下に手をかざす

「治す方が好きなの」

 グロキシニアの顎の痛みを取った。


 愛情のない攻めは楽しくないのよね。


「だから魔法使いさんお願いね。

 私に壊させる選択をさせないように、3日後食料や日用品を受け取りに来ますから、支度をよろしくね」


 私はグロキシニアから離れて、シラーの元へ戻って行った。


 ▽▽▽


 シラーはまだ目を覚ましていない。


 この人、寝相がものすごく良いわね。

 両手を組んで仰向けのまますやすや寝ているわ。

 寝顔も流石元王子様だけあって上品だわ。


 結界の周りはオークの焼き肉の臭いが充満している。


 美味しそうな豚肉の焼ける香。

 お腹がすいたけれどオークって2足歩行で手には棍棒を持っていたし、仲間同士でブヒブヒ会話してたわ。


 人間に近い感じだから食べてはいけない気がする。

 それにしても食欲をそそる臭い……だけれど人として一線を越えてしまっては駄目だわ。


 私はよだれを拭いて川へ走った。

 3日後に食料を貰いに行くとしてそれまではこの森の中で食べ物を確保するわよ!


 空が少しづつ明るくなり始めていた。


 ▽▽▽


 パチパチパチパチパチ。

 そろそろ焼けてきたわねえ。

 少し焦げるくらい焼かないと。


「シラー、どうぞ」

 木の枝を刺して焼いた川魚をシラーへ手渡す。


「ありがとうございます。百合様」


 頬を赤く染め照れてるシラー可愛いわぁ。


「本来は食事の支度など私がしなくてはなりませんのに、百合様に用意させてしまい申し訳ございません」


 伏し目で謝るシラー。


「全く気にしないでいいから、沢山食べてね。

 果物もあるからね」


 シラーはムグムグと焼き魚を食べだした。

 大きな体で小さな魚を食べる姿が母性本能をくすぐるわ。


 それにしても若い子に沢山食べさせたい精神を発揮してしまい、つい魚も果物も取り過ぎたかしらね。


 というか調味料が無いから味がそっけなくて沢山食べられないわ。

 焼き魚には醤油とまではいかなくても塩くらい振りたいし、日本の果物が甘いのは農家の方が一生懸命手間暇かけて育てるから甘いのよねえ。

 自然の果物ってあまり甘くないわ。


 3日後グロキシニアに会ったら調味料も貰わなければ。


「百合様。私の体調はもう大丈夫ですので、食後はこの森の先にある村まで行きたいと思います」


「え! 村があるの? って事は人間が住んでいるの?」


「はい、小さい村ですが人間がいますので交渉次第では屋根のあるところで寝られると思います」


 交渉次第ってところが期待できないけれど、森の中の野宿よりはマシよね。


「よし! それでは頑張って村を目指しましょう」


 どうか親切な村人に会えますように。


 ▽▽▽


 森を抜けた夕暮れ時、村に到着した。


 期待はしていなかったけれど、ここって本当に村なのかしら?


 森が開けた木々の間に家が20件ほどぽつぽつと建っている。

 各家には3頭ほどの牛や馬の家畜小屋がある。

 畑らしきものもあるにはあるが作物はあまり育てられていない。


「百合様、取り敢えず村長に今晩泊めてもらえないか交渉に行きたいと思います」


「村長の家って分かるの?」


「多分あの家と家畜小屋が一番大きいところだと思います」


 成程と頷いて、シラーと村長さんの家へ向かった。


 ▽▽▽


 村長さん宅はご夫婦と長子夫婦と長女の5人暮らしで、意外にもすんなりお家に泊めてくれて御夕飯まで出してくれた。


 凄い! 仏様のような良い人たちと、心の中で両手を合わせていると急に長女が泣き出した。

 泣いている長女を村長の奥さんが宥めながら部屋を出て行く。


 どうしたのかしら?

 ん?

 何故か、村長と長男夫婦が理由を聞いて欲しそうに私を見てくる。


 あれ?これは……

 1食1泊の恩だわ事情を聞いてあげましょう。


「あの、娘さんは何故泣いていたのですか?」


「お見苦しい所をお見せしてしまいすみません。

 実は娘は明日の夜、この村の西の山に住む怪物へ嫁ぐことに決まりここ数日泣いてばかりいるのです」


 はあ! 怪物に嫁ぐなんて分かったらどんな女だって泣くわよ。


「何故娘さんが怪物などに嫁に行くのでしょうか?」


「この3年ほどこの村の作物はよく実り、家畜も例年より産まれて育ちました。

 村人は神様に感謝していたのですが今年に入り作物が実らず、家畜も産まれなくなってしまったのです。

 すると先月北山に住む怪物より、ここ数年の実りは自分からの御利益でありその実りの代償に娘を寄こせば、また作物を実らせ家畜を産ませてやると言われたのです。

 今後の村の事を考えますと娘を怪物にやるしかなく……ううう……」


 村長も長男夫婦も泣き出した……何だろうこういう昔話を読んだことあるわ。


 昔話の展開では娘さんの身代わりに私が嫁になって怪物に会いに行き倒してくる流れよね。

 ……仕方ないわね。


「あの、実は私勇者でして、良ければ娘さんの代わりに私が怪物のところへ行きましょうか?」


 村長と長男夫婦は今まで泣いていたのが嘘のように喜んでいる。


「百合様、いくら勇者とはいえ身代わりになる必要はありませんよ。

 危険ですから考え直してください」


 シラーが心配して止めてきてくれる。


「大丈夫よ。実はとっておきの魔法があるから心配しないで」


 勝てなそうな相手だったら瞬間移動で逃げれば良いしと呑気に構えていてらシラーさんが私の両手を握って


「百合様お一人を危険な目に合せるわけに参りません。

 私もついて行きます」


 と意気込んで言ってきた。


 シラー責任感の強い人ね。

 若いのにもう少し肩の力を抜かないと疲れちゃうわよ。

 ああ、それで昨日倒れたんだわ、これからは私がフォローしてあげよう。


 というわけで、明日北山の怪物へ嫁に行く事になりました。


 ▽▽▽



 ホーホー梟?の鳴き声が聞こえる深夜の山。

 月がかなり明るくて星も沢山見える。


 花嫁衣裳の赤いワンピースを着て大きな岩に座り怪物を待っています。


 うーん、出来ればやはり白いドレスか若しくは白無垢を着てみたかったわ。

 でもこの赤いワンピースだって村の人たちの服装からすれば良い衣装だわ贅沢言ったら駄目よ。


 それにこのワンピース姿シラーが頬染めて見蕩れた後に綺麗ですって言ってくれたし、もう、やだぁ、花嫁気分満喫だわ。


 シラーは少し離れた木の陰からずっと私を見ている。


 それにしても花婿遅いわねえ。

 支度に戸惑ってんのかしら。

 かなり待たされて少し眠くなってきたわ。


 ん? 足音が近づいてきたわ。

 カサッ……カサッ……カサッ


 明るい月光に照らしだされる怪物の姿。


 ブラウンのくせ毛にしっかりとした眉毛、彫の深い顔立ち厚い胸板。

 え? 人間しかもなかなかに良い男だわ、あ! 違う人間じゃないわ。

 下半身が馬の後ろ脚で尻尾もある。


 怪物はゆっくり、いや、千鳥足で私に近く。


「いよぅ! 俺の花嫁さん!

 おお、かなり可愛い娘だなあ!

 貧相な村の娘だから期待してなかったが、こりゃあ上物だなあ」


 って、言って怪物は足を絡ませて転んだ。


 うわあ、酔っ払いだあ。

 あの手に持っている瓶はお酒いれるやつね。


「ヒャヒャヒャヒャ。

 花嫁さん、俺がこれから可愛がってやるからなあ」


 笑いながら起き上がる。


 身長はシラーより少し大きいくらいかしら。

 しかし陽気だわあ。

 すぐに倒せそうなんだけれど悪い感じの奴ではなさそうだしどうしよう?


 ザザザザザザザザ。


 私が迷っているとシラーが木の陰から出てきた。

 そしてロングソードを構えながら私と怪物の間に仁王立ちした。


「サテュロス、この娘はお前の嫁にはやらぬ!

 大人しく山の奥へ帰り、2度と人間に無理な要求をするな!」


 シラーは怪物へ怒鳴った。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

10話完結目指して書きます。

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