退職後どうやって生きていこうか悩んでいたら異世界に召喚された
秋上百合は看護師として実家の小児科病院に勤務している。
百合は性癖のせいで結婚できず独身だが、身内とお金に恵まれて悠々自適に暮らしていた。
しかし百合もいつの間にか65歳。
看護士は立ち仕事で体力的に無理がきたので仕事を辞める事にしました。
「お疲れさまでした。百合さん」
若い看護師さん達が退職祝賀会を開いてくれた。
「こちらこそお世話になりました。
今までありがとう」
町の老舗の日本料理屋の前、カサブランカの花束を受け取る。
私の名前は秋上百合65歳。
父親が町の小児科医として開業していた病院で看護士として働いていた。
父の後は妹の夫が入り婿となり病院を継いでくれたおかげで私は今日まで実家で働いた。
「百合姉さんも今後はのんびり旅行や趣味を楽しんでよ」
私とよく似た妹が元気に声を掛けてくれる。
「そうね。自分で言うのもなんだけれど今までよく働いたと思うし、この先は気ままに楽しく暮らすわよ」
私は空元気を出し答える。
何故って趣味もやりたい事も無いし、旅行も今までだって気軽に行っていたし……気ままにと言ったところで自由は持て余してるのよねぇ。
1度も結婚しないで、当然子供もいない身だもの、自由時間は有り余ってるわ。
今日で仕事も終わってしまったし正直どうやって時間を潰すか悩んでしまう。
でも、そんな本音を言ったら、妹は私のために色々気を使ってくれるのが分かるから言えないわ。
「それじゃあ、またね」
夏の夜空の下、清々しく寂しい別れをした。
▽▽▽
マンションに帰宅して、特に見たい番組は無いけれどテレビをつける。
雑音があった方が落ち着くし、独り言言ってても気にならないから。
今にして思えば結婚しておけば良かったかしら……
「それは何度も考えたけれど、結局無理だったじゃない」
お見合いもしたし、お付き合いした男性もいたわ。
お付き合いは楽しかったけれど、私の欲求に答えてくれる男性は残念ながらいなかった。
私は男性に対して選り好み激しいから、妥協して結婚なんて考えられなかったわ。
「それに下手に経済力があるから、男の人にすがることを考えなかったしね」
カサブランカを流し台に置き、花切狭と花器を出した。
「それにしても立派なカサブランカをくれたわねえ。
良い香りだわ。
折角だから、リビングと玄関に飾りましょう」
バカラの花瓶にカサブランカを生けて、リビングテーブルへ置く。
「素敵ねえ」
部屋が一気に華やいだわ。
カサブランカの香りが部屋中に充ちた。
「気持ちがウキウキしててすぐに寝る気にはならないわね。
あ、そうだわ。
妹の孫のカンナちゃんが置いていった本があるわ。
ライトノベル買いすぎてお母さんに見つかるとやばいから置かせてって、百合ちゃんが暇なとき読んで言いよって言っていたから、今からちょっと読んでみようかしら。
え~と、
『OL異世界放浪記~旨いものと良い男を探して~』
『爆誕!ドラゴンになって婚活事業』
『悪役令嬢が挑む逆ハーレムとか言いつつ本命とラブラブになる物語』
まあ、どれから読もうかしら?
どれも厚い本だけれどスラスラ読めて現実逃避出来るから有難いわ。
『OL異世界放浪記~旨いものと良い男を探して~』の表紙の男性イラストが好みだからこれから読んでいこうかしら」
普段会話が出来なくても、自分の好みで生活を彩り自由気ままな生活が送れる独身は幸せだわ。
コーヒーを1杯入れて、本を持って一人がけのソファへ体を沈ませる。
仕事が終わったから寂しいけれど、私には妹がいて妹の家族が遊びに来てくれる。
決して天涯孤独というわけでもないし。
取り敢えずはカンナちゃんが置いていってくれた本のおかげで楽しく過ごせそうね。
▽▽▽
「……けて……ください」
ん? ……女性の声?
「たす……け、てくださ……い」
ん~誰かしら今日の診療時間は終わっているし
ん~頭がモヤモヤするわ……
うちは小児科だから大人は救急病院へ行っていただきたいのですが。
「息子を………助けて」
まあ、お子さん大変!すぐに先生を呼びますから。
プラチナブロンドの長い髪にまつ毛に囲まれたアイスブルーの瞳、綺麗な女の人外国人ね。
近頃、この町にも外国から来た人が本当に多くなったわ。
は! のんびり考えていては駄目だわ、先生を呼ばなくちゃ。
んんん? でも何だか辺りが真っ白で、ここはどこ?
「貴女に息子を助けて欲しいのです」
は? 申し訳ないけれど私は看護師だから診療は出来ないです。
お子さんが大変でパニックになる気持ちは分かりますが、落ち着いて下さい。
お母さん、うちの病院の先生は私の妹の夫で外見はぼんやりしてて頼りなく見えるかもしれませんが、とても腕の良い小児科医ですよ。
安心してください。
すぐに先生をお呼びしますから。
携帯は何処へやったかしら?確かバッグの中に……。
「先生違う。息子を助けられるのは貴女です!」
困ったわぁ。
外国の方だから日本語が伝わらないわ。
私では何も出来ないんですよ。
「大丈夫です。
貴女が息子を助けることを了承してくれるのなら、神様が最高の力を貴女へ贈ると言ってくれています」
神様?
宗教関係の方? それはお断りしたいわ……
え? あら? この金髪のお母さんたら手も華奢で美しい白魚の手だわ。
そんな綺麗な手で私の両手を優しく握ってアイスブルーの瞳で見つめられたら同性でもドキドキするわ。
「お願いです。
どうか子供を、私の息子を助けて下さい。
貴女にしか頼めないのです」
私にしか頼めない?
どうしようかしら、取り敢えず息子さんの容態を見てから病院に連絡しようかしら。
ここに息子さん来ていないみたいだし、私が息子さんの状態を診てから病院へ一緒に連れて行った方がこのお母さんも納得してくれるかも。
わかりました。
息子さんを助けますから、息子さんのいるところへ私を連れて行ってください。
「ああ! ありがとうございます!
神様聞こえましたか!
勇者様は息子を助けることを了承してくださいましたよ!!」
は? 勇者? ……だれが?
眩しい光が足元から出てきて私の視界は金色に包まれた。
目が……目が見えない―――――――――――――
▽▽▽
―――――――――……え……あ……眩しいのが消えたわ、目が開けられるわ。
んん? 足元にあらコレってもしかしてファンタジーに出てくる魔法陣ってやつかしら。
まあ凄く細かく文字や記号が書かれているのね、美しい絵画の様だわ。
……ってことはこれは、もしやもしかして、ライトノベルに出てくる異世界転移……。
ええ! 私65歳なんですけど、若さも体力もゲーム知識も無いわよ!
さっきいた金髪の綺麗なお母さんは何処に行ったの?
ここは岩に囲まれている?
暗いわあ。
魔法陣が光っているけどこの程度の明るさでは足元しか見えない。
「召喚は成功だな」
声が聞こえた……明るい光の玉が数個飛んできたわ。
まあなんて威風堂々としたシブいおじ様がいるわ。
長いストレートな白髪を一括りにしてグレーの知的な瞳に薄い引き締まった口元。
顔に刻まれたシワすらカッコイイわ。
真っ白な上質そうなローブを着ているし、この人はあれね、魔法使いじゃないかしら。
「ククク、こいつは笑える……こんな小娘が勇者とは」
嫌な感じに嘲笑している若い男。
褐色の肌にカラスの濡れ羽色の短い髪、きつい目つきとシャープな頬。
銀の甲冑と剣を腰に付けているから騎士か戦士かと思うけれど人を見下している感じがするわね。
小娘って? ババアって言わなければ悪口でないと思ってんのかしら?
せっかく外見は良い男なのに内面は残念そうだわ。
「いやいや、これはなかなかに美少女ですよムスカリ様。
こんな可愛い勇者と怪物退治に行けるとはシラー殿が羨ましいですよ」
細かい刺繍の織り込まれた派手な衣装に負けず劣らずな絹のような金髪をボブカットにした大きな青い瞳の派手な顔立ちの男が白い甲冑を付けた男に振り向いて言った。
また美少女って誰の事言っているのかしら?
もしかして暗くて私の顔がはっきり見えてないの?
白い甲冑の男は私から離れていて薄暗い場所にいるから顔がはっきり見えないわ。
「言葉は分かるか?」
シブいおじさまの魔法使いが声をかけてきた。
「はい」
っていうか、皆日本語を話しているじゃない。
「では、名前は何というのだ?」
このシブい魔法使いも上から目線だわね。
私、娘って年齢でも見た目でもないし、どう見ても貴方より年上よ!
腹が立ってきたわ。
「人に名前を聞くなら、ご自分たちから名乗りなさい!」
私が声高に言うと目の前の男3人は目を合せた。
「失礼しました。
勇者様。
私はこの国の魔法使いグロキシニアと申します」
魔法使いグロキシニアは頭を少し下げ礼をした。
「自分はムスカリ。この国の第2王子で竜兵団団長だ」
ムスカリ王子は鼻で笑い、顔を背けて言う。
「ふ~ん、僕は貴族のリコリス。
よろしくね、勇者様」
リコリスはにやにや笑いながら私を見ていう。
離れたところにいる白い甲冑の男はピクリとも動かず自己紹介をする気はないみたいだ。
取り敢えず、態度はあまり良くないけれど名前を教えて貰ったので、私も名前を言うべきかしら。
「私は百合といいます」
シブい魔法使いグロキシニアは頷いて
「百合様。
この度は召喚に答えていただきましてありがとうございます。
百合様はこの国の救世主、勇者として異世界よりこの地へ転移されました。
勇者百合様どうかお願いいたします。
貴女のお力でこのアペルドーン国をお救い下さい」
グロキシニアは決め文句の様に抑揚なく言った。
私、美人のお母さんに子供を助けてと言われてここへ来たのだけれど、この国を救う事と関係があるのかしら?
しかし、私にいったい何が出来るというの?
ここへ来る前に神様にも会ってないし説明も無かったわよ。
「申し訳ないですけれど私は召喚に答えたつもりはないです。
この歳でいきなり勇者になれと言われても、私では貴方方のご期待に沿えないと思いますよ」
勇者というお仕事はお断りの方向でお願いしたいわ。
妹の孫が遊ぶゲームを横で見るくらいが私にはちょうど良いのよ。
魔法使いグロキシニアは私を上から下まで見下ろした。
「まあ、確かに見たところ貴方は大変お若いですし可憐な女性なのは分かりますが、この魔法陣によって選ばれて召喚されたのです。
百合様は必ず何かしらのお力をお持ちでしょう」
カチン!
嫌味かしら・・・
私、素直に年寄り扱いされるのは腹が立たないのよ!
公共交通機関で席を譲られればお礼を言って座らせていただくし、勤め先の病院でおばあちゃんと呼ばれれば微笑んで挨拶していたわよ。
若くない事は重々自覚があるのよ!
「どう見ても私がこの中で一番年上でしょう!
女性に対して年齢を揶揄うようなことを言うなんて失礼でしょうが!」
私が怒鳴るとグロキシニアはグレーの知的な目がテンになった。
その様子を見てリコリスが口に手を当てて笑みを隠しながら私を指さす。
「百合、後ろを見てごらん。
貴女にはそこに映る自分の姿は幾つに見えるんですか?」
他人を指さすんじゃない! 若造が!
と、頭に血を上らせつつ振り返った。
私の後ろには全身が映るくらいの大きな水晶があって思考が止まった。
ん?
は? ええ?
私?
私かこれ!
水晶には艶のある黒い髪を胸元まで伸ばし、大きな黒い瞳に皺もシミも無い丸い頬の推定年齢15・6歳の頃の自分が映ってた。
着ている服もゆったりした部屋着ではなくて白いTシャツにピッタリしたジーンズ。
靴はコンバースのスニーカーだわ。
これカンナちゃんがうちに泊まった時に置いて帰った服だわ。
こうして見ると13歳のカンナちゃんは発育が良いのねぇ。
15・6歳の私が着ても服がきつくないもの。
それにしても
若返っているわ!
信じられない……嬉しい!!
白髪が無い! 皺が無い! シミも無い!
そういえば肩、腰、膝も痛くないわ。
私は感動して水晶の前でクルクル回転して若い自分の姿に見惚れていた。
するとムスカリ王子が大きな舌打ちをした。
「チッ、もういい加減にしろよ。
時間かけ過ぎだろうが。
俺様はそんなに暇じゃねえんだよ。
シラーこっちへ来い!
グズグズすんじゃねえよ!」
シラーと呼ばれた白い甲冑の男が私に近づいてきた。
あ! この顔。
プラチナブロンドの髪とアイスブルーの瞳。やや下がり眉毛の色気のある目元は、私に息子を助けて欲しいと言っていたあの綺麗な女性にそっくりだわ。
息子……息子でかいわ!
2メートル近くあるわよね。
息子を助けてって言うから、てっきり2歳から10歳くらいまでの子供かと思っていたのに、息子さん見た目年齢も20代半ばもしくは30歳くらいだわ。
シラーと呼ばれた男性は魔法陣の上を歩き私の足元に片膝をついてうつむいた。
「あの・・貴方・・・」
私は屈んでシラーに声をかけたが
「おい! グロキシニア。
これでもう良いだろう。早く転送しろ」
ムスカリが怒鳴る。
え? 転送って?
「では、勇者百合よ。
後の事はそこの奴隷に聞かれるが良いだろう」
は? 奴隷?
グロキシアが歌いだすと魔法陣の光が強くなった。
これは、まさか……またどこかに飛ばされるの?
「待って!
ちょっと待ちなさい!
勇者やるって言ってないわよ!」
私はまばゆい光に包まれながら叫んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
10話完結を目指して書いていきたいのでよろしくお願いします。