79 影が薄い
天さんがキッチンでコーヒーを淹れていた。
天さんは、基本、インスタントコーヒーを飲めない人なので、1人で飲む時は1杯もののドリップバッグを使う。
「あ~、天さん、自分だけ。
言ってくれたら、一緒に飲んだのにぃ」
って言ったら、
「うわっ!!
びっくりした。梓、いつの間に来たんだ? 2階にいなかったか?」
なんて驚かれた。
「え? 今、2階から降りてきたんだけど」
「相変わらず気配の薄い奴だなあ」
「あたし、普通に階段降りてきたんだけど」
「お前、足音立てないで歩くから、心臓に悪い」
別に、驚かそうとか思ってないから。
あたしは、おとなしくしてる時は存在感がないらしい。足音しないらしいし。状況次第じゃめっちゃ存在感あるらしいけど。
でも、気配が薄い理由って、思い当たる節もあるんだよねぇ。
あたしが小学生の頃、「サスケ」の再放送があった。
「サスケ」っていうのは、白土三平の漫画原作のアニメだ。忍びの少年(10歳くらい?)のサスケが活躍する物語。
白土三平は、「カムイ伝」とか忍者ものが有名な漫画家で、“忍法に理屈を与えて説明した人”という評価をされている。
例えば、分身の術は、昔は幻覚的に自分の姿を増やして見せるような漠然とした描写だったんだけど、それを“高速で動いて残像を残し、増えたように見せる”と説明した。
今になって冷静に考えれば、そんなことできっこないのはわかるけど、小学生のあたしには、すっごく“らしく”見えたのよ。
サスケは、実力不足で四つ身(分身4体)しかできないっていうのもリアルな感じがした。
ちなみに、OPで歌っている「影分身」は、本当に本体が複数いる分身のことで、サスケとそっくりな四つ子の従兄弟と一緒に四つ身をやった結果、20分身になったエピソードを拾ったものだったり。多分、“影武者を交えての分身”というネーミングだと思う。
もしかしたら、“火の鳥 影分身”って、ここからとってるのかも。
それはともかく、あたしはアニメの「サスケ」から入って、図書館でコミックスを読みまくった。
そして、影響を受けやすいあたしは、割り箸を削って組み合わせたりアクリル板を削ったりして十字手裏剣を作るようになった。発泡スチロールの箱を的にして投げたりとか、結構危ないこともしたなぁ。
そんな中で、ギダンの法なんかも練習した。
ギダンの法っていうのは、サスケがよその子に忍術を教えた時に初歩の訓練として出したもので、濡れた紙の上を破かずに歩くというもの。体重を消す歩き方の練習だそうだ。
あたしは、習字の半紙を何枚も塗らして外に置き、裸足で歩いてみたりした。
コツは、足をなるべく垂直に上げ下げすること。蹴り出す力が強いと、すぐ破けるから。
幸いというか、雪国育ちのあたしには、“凍結路の上を歩く感覚”に近くてわかりやすかった。
踏み固められてツルツルになった雪は、とても滑りやすい。そういうところを歩く時は、なるべく静かに足を真上から下ろしてグリップ力を得るのがいい。
ほかにも、草むらに隠れる時の呼吸とかも真似た。
隠れる時は、呼吸を深く、静かに。
そうしているうちに、長く息を止められるようになった。
ちょうど、トリトンやポセイドンに影響されてプールに潜ることが多かったから、どれだけ息を止めていられるかっていうのが重要だったのよね。
高校時代には、1分以上息を止められるようになって、プールの底に沈んでいられるようになって。
泳ぐよりも、プールの底を這って歩く方が早いことに気付いた。
お腹が底に擦れるくらい深く沈んで、両手で歩く。足は伸ばしたまま。別のところが擦れるのでは、とか言った人はコンクリ詰めの刑ね。
高校の頃には、25mなら、クロールで泳ぐよりも底を這う方が早かった。それくらいなら、息継ぎいらないし。むしろクロールは息継ぎ必須。酸素の消費量が違うのかなぁ。
こうした努力の結果、あたしは無意識に気配を感じさせず動く闇の住人になったのよ。
まぁ、こんな意図せぬ隠密性能が、あたしの猫っぽさを強めている感は否めないね。
火の鳥 影分身
1972年放映のアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」における忍者隊の乗機ゴッドフェニックスの必殺技の1つで、科学忍法火の鳥の派生技。
ゴッドフェニックスは、みみずくの竜が乗るG-5号(本体)に、健が乗るG-1号(尾翼)、ジョーが乗るG-2号(機首)、ジュンが乗るG-3号(左翼端)、甚平が乗るG-4号(右翼端)を収納・合体して完成する。G-1~G-4号は、安全装置的な意味でゴッドフェニックスの回路の一部となっており、全機合体した状態でないと本来の性能が発揮できないようになっている。
特に顕著なのが武器の使用で、バードミサイルも火の鳥も、全機合体状態でないと使えない(ただし、G-1号不在時に回路をバイパスしてバードミサイルを使用したことがある。この時は、一発で回路が焼き切れた)。
火の鳥影分身は、あらかじめ健達4人が自分のメカに乗り込んだ状態で火の鳥を発動し、そこからG-1~G-4を分離して、5つの火の鳥が飛んでいくという技。
なお、火の鳥は、ゴッドフェニックスよりも細く描かれている。これはゴッドフェニックスが火の鳥の中にはいないからである。火の鳥は、G-1号~G-4号を結んだ十字にエネルギーを集中させてゴッドフェニックスを亜空間に置くことにより、十字型に集まったエネルギーが鳥のように見えるという設定になっている。ただし、この設定が守られていないような描写が散見される。火の鳥影分身も、この理屈からするとあり得ない技である。
科学忍者隊ガッチャマン
タツノコアニメの金字塔。知名度においては一般教養レベル。
科学忍者隊とギャラクターの戦いを描く。
熱血漢、ニヒルなライバル、気は優しくて力持ち、紅一点、子供、という黄金律の組み合わせの元祖。ゴレンジャーもコン・バトラーVもこれの後である。
左手首のブレスレットでバードスタイルに変身というのも戦隊シリーズに先駆けている。
トリトン
ここでは、1972年放映のアニメ「海のトリトン」の主人公のこと。
見た目は人間で、基本的な能力も人間程度だが、水中で呼吸ができる。
普段はイルカに跨がって移動するが、自分で泳いで移動することもあり、水中ではバタ足のような泳ぎ方をする。
当然というか、潜水状態で泳ぐことが多いわけで、梓が潜って泳ぐのは、トリトンへの憧れから。
梓にとってトリトンは初恋であり、コスプレしようと思ったこともあった。
オリハルコンの短剣、左肩で留める赤いマント、イルカに乗って進む、は梓の永遠の憧れである。
当然、長く潜るには息を止めていられることが必要であり、小学生の頃から練習していた。
海のトリトン
手塚治虫原作となっているが、原作である「青いトリトン」とはキャラクターの一部が共通するくらいで別物。
赤ん坊の頃漁師に拾われて育ったトリトンが、ポセイドン族の攻撃を避けるために白いイルカ:ルカーと共に逃避行を続ける物語。最終的には、ポセイドン族を倒すため、海の生き物を糾合して決戦を挑む。
トリトン族に伝わる宝:オリハルコンの短剣は、トリトンの精神力・体力を削りながら赤く輝き高熱を発する。少し落としたくらいなら輝いたままだが、トリトンの手を長く離れると輝きは失われ、刃が白銀色に戻る。強力な力を持つ剣だが、トリトン族は上手く使えずポセイドン族に敗れ続け、生き残っているのはトリトンとピピの2人だけとなっている。
この点につき、トリトン族は手をヒレのようなものと考えていたため剣を武器として認識できなかったとされている(飾りの宝剣と考えていたらしい)。トリトンは人間に育てられたため、剣として使うことができたのである。
最終回、“実はポセイドン族は、トリトン族の祖先であるアトランティス人によってオリハルコンの神像の下に閉じ込められた人身御供だった”という真実が語られ、価値観の逆転が起きる作品の嚆矢とされているが、この最終回が、富野監督が本来の脚本を勝手に没にして書いたものだったことは有名である。
OP「GO! GO! トリトン」が6話まではEDとして使われていたことを、鷹羽飛鳥の小説「FALL IN LOVE ~それは、坂道を転がり落ちるように~」でネタとして使っている。
20話「海グモの牢獄」に登場するヘプタポーダは、“くノ一の裏切り”の元祖ではないかと思っている。
ヘプタポーダ
ポセイドン族の少女。
ポセイドン族でありながら太陽に憧れたため、海グモの牢獄に囚われていた。トリトンを殺すことを条件に牢獄から出してもらえることになっていたが、戦いのどさくさで牢獄を抜け出し、太陽を目にする。だが、太陽は眩しすぎて海面に近付くことすらできず、自分が海底の人間だと認識することになった。
結局トリトンとは和解し、大西洋に行くために「ゴンドワナの喉」を通るよう助言したが、裏切り者として暗殺された。
くノ一の裏切り
とある評論家が提唱した“ロボットアニメにおける黄金パターン”の1つ。
敵組織から潜入した女スパイが、主人公側の人柄に触れて迷いを生じ、組織を裏切って殺される。死の間際の行動が敵の作戦を潰す決め手になる、という展開。
評論家曰く“なぜかドラマも作画も最高レベルになる”とのこと。
主人公の昔からの親友が現れるが敵方についているという“親友の裏切り”も黄金パターンの1つだが、こちらは意外性がメインで、ドラマ的にもあまり盛り上がらず、親友はあっさり主人公に負けて死ぬ。
ポセイドン
ここでは、漫画「バビル2世」(作:横山光輝)に登場するロボットのこと。
バビル2世の“3つのしもべ”の1つで、人型の巨大ロボ。明確な設定はないが、身長10mくらいと思われる。
空の怪鳥ロプロス、陸の黒豹ロデムに対し、海を主な活躍の場とする。
武装として、胸のシャッターが開いてミサイル(魚雷?)を発射するほか、両手の指からレーザーを撃つ。肘からミサイルを発射するのはアニメのみ。
胸のシャッター以外はどこにも開閉する部分がなく、3つのしもべで最も頑強なボディと最強のパワーを持つ。歩行速度は遅いが、水中においては相当な速度が出せるようで、作中ではどんな艦船にも追いついている。
推進方法は不明で、腹ばいのような体勢で前方に進む。上記のとおり、開閉部分はないので、水ジェットとかスクリューとかいうことはあり得ない。
普段、どこに待機しているのかは不明だが、敵のソナーによる探知を避けるために海底の岩陰に隠れたことがあり、梓はそれを真似てプールの底でじっとしているのも好きだった。ただし下手をすると踏まれる。
バビル2世
横山光輝作の漫画。アニメ化もされているが、ポセイドンの武装も含め若干原作と設定が異なる。ここでは、原作漫画を指している。
5000年前に宇宙船の故障で地球に不時着した宇宙人バビルは、母星への救難信号を打つため地球人を使って巨大な塔を建造した。だが、科学知識のない地球人のミスから塔は崩壊し、星への帰還は諦めざるを得なくなった。
地球人との間に子をなしたバビルは、遙か未来に隔世遺伝で自分と同じ能力を持って生まれる子供のために、崩壊した塔の中に宇宙船のコンピューターなどを移設し、バベルの塔という基地を作り上げた。
バベルの塔が発する特殊な電波を受信できた者こそがバビルの後継者としてバベルの塔の主となる。
山野浩一は、電波を受信してバビルの後継者=バビル2世となり、バベルの塔と3つのしもべを従え、バビルの子孫でありながら後継者となるには僅かに能力が足りなかった男=ヨミの世界征服を阻むために戦う。
 




