75 割れ鍋に綴じ蓋
あたしと天さんの関係性を一言で言うなら、割れ鍋に綴じ蓋だと思う。
うちの弟に言わせると、生真面目同士で面白みのない夫婦ってことになるらしい。もちろん、弟はあたしの趣味を知っているけど、それはそれとして、あたしに対する評価は融通の利かない女って感じなのだ。天さんについては、あたしに輪を掛けて生真面目って思ってるらしい。
間違ってはいないけど、面白みがないってことはないのよ。
ああ、そういえば弟は、いつだったか、あたしが小3の頃に書いた詩をどこからか発掘してきて、「すっげえポエミーなの書けるんだな。感心したわ」って上から目線で言ってきたっけ。詩なんだから、ポエミーでいいじゃん! なんか文句ある!?
あたしと天さんは、わりかし好みが近い。
食べ物もそうだし、器なんかもそう。器は、微妙に好みがズレてるから、「これとこれ、どっちがいいと思う?」なんて相談された時は、天さんは大抵あたしが「こっち」って言わなかった方を買うことになるんだけど。
まぁ、使うのは天さんだし。あたしの好みに合わせる必要はないんだけどね。
天さんがコーヒー飲む時に使ってるマグカップは水玉模様で、あたしは好きじゃない。早く割れて、別なのになってくれないかなぁっていつも思ってる。
天さんもそのことは承知で、「梓がこれ嫌いなのは知ってるけどなあ」なんて言いつつ、替える気はないようだ。
「これ、冷めにくいからいいんだよ」
なんて言うから、
「鮫なんだ」
って返したら、わかってるのかわかってないのか、
「そう、冷めない」
って返してきた。
んじゃ、もう一押し。
「ギンザメ? シュモクザメ?」
って言ってやったら
「ベニザケ」
だって。
「サケかよ!」
って突っ込んでやったら、
「おお!?」
って本気で驚いて。わかってたけど、天さんはボケたつもりじゃなくて、ホントに間違えたのだ。
隣で黙って聞いてた翼は大爆笑。
まぁ。翼としては、あたしが「鮫」って言った時から、「また始まったよ、お母さん」とか思ってるのが顔に出てたんだけど、天さんがいつの段階で鮫に気付いてたかはわからない。
合わせてくれようとした結果、天然ボケをかますことになったんだけど、そういうところも天さんのいいところだ。なにせ、普通の人ならノってくれない。
結婚当初、2人でキッチンに立っている時、何かで天さんがムッとしたことがあった。
その時天さんは空のフライパンを持っていたので、「なんだとう」って振りかぶってきた。
フライパンで殴りかかってくるような人じゃないのはわかってるから、ポーズだってのはわかってたけどね。
あたしは、天さんがフライパンを振りかぶったところに合わせて
「はい、これは?」
と、視力検査のネタに引っ張った。
天さんは、すかさずフライパンで右目を隠して
「え~…右!」
と返した後、
「でかすぎるだろう!」
と突っ込んでくれた。
天さんのこういうとこ、あたしは大好きだ。
天さんを一言で表すなら、“真面目でしっかり者”だと思う。
なんていうか理想家肌で、原則主義なところがあるけど、それを人に押しつけたりはしないから、割と貧乏くじを引く。
一方で、天然ボケなところがあって、時たま思いっきり真顔で妙なことを言い出す。そのギャップがたまらない。
あたしと気が合うのは、そういうところがあるからなんだろうなぁ。
この前、夕飯の時に、童謡の話題になったことがある。
たき火ができないような今の世相で、「たきび」なんてなかなか歌う機会もないよねって流れだ。
翼の話では、幼稚園でも一般的な童謡を歌うようなこともなかったみたいだし。
実際、翼は「たきび」歌えないしね。
仕方ない部分もあると思うけど、童謡は消えゆく運命なんだろう。
「かあさんの歌」…夜なべで手袋を編んでくれるあれも、今の世相からすると共感は得られないだろうと思ったから、翼に
「今時“夜なべ”なんて言葉も使わないだろうしね。翼も知らないでしょ?」
って言ったら
「いや、夜なべなら知ってる。徹夜だろ」
驚いた。翼が知ってた。でも、知ってたのは“夜なべ”って言葉だけで、歌の方は知らなかった。うんうん、そうだろうとも。
「今時、手袋って作るものじゃなくて買うものだからねぇ」
なにせ手間暇と毛糸代を考えれば、買った方が安上がりだし、防水性能もあるからね。
「いや、でも、編み物が趣味って人なら作るんじゃないか?」
天さん、それは夢を見すぎだよ。
確かに、あたしが小っちゃい頃、母さんがマフラーや手袋を編んでくれたことはあったけど、あの頃は買うとそれなりにしたからってことも大きいんだから。
あ。
「そっか、ミトンなら、まだ作るかもしれないね」
「2tも作るのか?」
「天さん、2tの手袋って何人分よ?
ミトンだってば、指4本繋がってるやつ!」
「ああ、あれか。
そうだよな~、2tも作らないよな~」
「お父さん、どこからそういう発想出てくんだよ」
「え~、いいじゃん、可愛くて。お母さん、お父さんのそういうとこ大好きだけどな~」
「キモッ」
何が気持ち悪いのよ。妻が夫を大好きで何が悪い。
「あんたも、いつかわかる日が来るかもよ~?」
意地悪く笑って言ってやったら、翼は困った顔してた。