68 ジャムを作りまくった秋
梓は天さんにぞっこんです。
結婚して20年経つのに、それは変わらず。口を開けば惚気ると評判です。
今回は、正面切って全開で惚気る梓をお届けします。
2年前から、あたしは自分でジャムを作るようになった。
小説の影響というのが、いかにもあたしらしいところなんだけど、作ってみるとこれが楽しいし美味しい。
最初はイチゴだった。イチゴの香りと酸味の感じられるジャムをプレーンヨーグルトに掛けて食べると、とても美味しい。
あたしが参考にした小説では、砂糖の量はイチゴの重さの半分、ということだったけど、あたしの好みに合わせてアレンジして、今は4割程度にしてる。
もちろん、作ることも食べることも好きなんだけど、あたしがここまでハマったのは、天さんが喜んでくれるから。
天さんは下戸で甘党で、素材の味を楽しむタイプの人だから、あたしのジャムをすっごく気に入ってくれた。
今までにあたしが作ったジャムは、イチゴ、イチジク、デラウェア、巨峰。
そのどれも喜んでくれたけど、特にイチジクが天さんのお気に入りだ。
あたしが小さい頃、知り合いの家の庭にイチジクの木があって、毎年もぎたてのイチジクを貰っていた。
母さんは甘露煮が好きで、貰うとほとんどが煮られてしまう。──母さんが作る甘露煮は異様に甘いので、あたしは生で食べる方が好きになったのよね。貰ったら、さっさと生でいくつか食べてしまう。出遅れると煮られちゃうから。
いや、甘露煮も好きだよ? ただ、母さんのは甘すぎるってだけで。
イチジクは、甘露煮にすると、生の時より香りや酸味が引き立つと思う。
熟してると生でも美味しいけど、やっぱり煮た方が美味しいことは認めざるを得ない。
鷹野家では、イチジクを生で食べるのはあたしだけ。
翼なんて、なぜか果物全般があまり好きじゃなくて、食べたがるのはキウイと洋梨くらい。イチゴ、ブドウ、スイカ辺りは、出せば食べるってレベル。
イチジクなんて、「食べる?」って訊いても「いらない」って返ってくる。
これがさぁ、かゆくなるからとか言ってくるなら、まだ可愛げがあるんだけど。「なんか気持ち悪いから」なんだよね。ひどいと思わない?
ちなみに、天さんも生のイチジクだとあまり食べる気がしないそうで、この前、煮る前に、切ったのを一口あげたら、「やっぱ煮ないとな」とか言ってくれちゃいましたよ。
仲間がいなくてさみしいね。
そんな天さんは、煮たイチジクにはすっごく食いつきがいい。
いや、わかるよ。煮ると甘くなった分、酸味がほどよく強調されるし、香りだっていいもんね。
うん、リクエストされるのも嬉しい。けど、さすがにリクエスト多くないかい?
最初は、9月6日だった。
今年は、8月中からスーパーにイチジクが並んでて、今年は早いねぇなんて言ってた。
ただ、早く出た分、早く消えるかもしれないと思ったから、ちょっと高いけど買ってきたのだ。
やっぱ、1シーズンに1回は食べたいから。
で、ジャムにしたんだけど、ちょっと煮詰め足りなくて、コンフィチュールっぽくなった。
ヨーグルトに入れるのが目的だから、それはそれで可。
5個しかないイチジクから、1個は生で食べて、残りを煮たんだけど、3~4回でなくなっちゃった。
その後、スーパーでイチジクを見かけなくなって、「やっぱ今年は早かったんだね」なんて言ってたら、9月も末の29日になって、また並んでた。で、天さんが
「梓、イチジク出てる! 今度は甘露煮がいい」
とねだられた。
あたしは、ジャムかコンフィチュールがいいな~~とか思ったものの、甘露煮は甘露煮で好きではあるし、コンフィチュールはこの前作ったしなぁってことで、天さんのリクエストに応えることにした。
甘露煮だと皮ごとだから、つまみ食いできないんだよねぇ。
そんなわけで、イチジク4個で作った甘露煮は、半個ずつを切り分けてヨーグルトに載せ、8回にわたって天さんを喜ばせてくれた。ホントに美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐がある。
甘露煮がまだ残ってる10月3日、いつもと違うスーパーに、またイチジクが並んでた。
「梓、イチジクがある!」
「今回はジャムかコンフィチュールだよ」
「うん、それでいいから!」
こんな時の天さんは、子供みたいに目を輝かせていて、見ていて愛おしさが溢れてくる。
この目に弱いんだ、あたしは。つい、なんでもしてあげたくなっちゃう。ギュッと抱きつきたくなるけど、ここは外だから我慢だ。あたしは待てができる女なのだ。
翌朝、朝食の後、あたしはいそいそとイチジクを煮た。
今回のイチジクは、少し煮詰めてきっちりジャムにした。これで、コンフィチュール、甘露煮、ジャムと、コンプリートできたね。
そして午後、いつものスーパーに行ったら、200円で5房入ってるデラウェアのおつとめ品があった。
今年はデラウェア食べてないなぁ、とか思って、生食用に買ったんだけど。
次に、別のスーパーに行ったら、天さんが
「梓! イチジクがこんなに!」
とか言い出した。見ると、確かにイチジクの大パックがある。8個くらいは入ってるかな?
「ねぇ天さん、昨日ジャム作ったよね?
こんなにいっぱい、どうしよってのよ?」
「ジャム♪」
「…2~3日してまだあって、おつとめ品になってたら買ってもいいよ」
「お、ロザリオビアンコが半額だって」
ロザリオビアンコは、白ブドウ系のちょっと高級な奴だ。あたしはシャインマスカットより好き。
一房で800円くらいするのが半額になってる。買うしか!
超ラッキー♪
ここで問題が。
ロザリオビアンコと一緒に食べると、デラウェアじゃ見劣りするなぁ。
「こんなことなら、デラウェア買わなきゃよかった」
「なんで? ジャムにすんだろ?」
なんですと!?
「いや。あたし、普通に食べるつもりだけど…」
「だっておつとめ品だろ?」
それを言ったら、ロザリオビアンコだっておつとめ品なんだけど。
「どうせ、俺も翼もデラウェア好きじゃないし」
あ~、そうでしょうよ。
「あたし、今朝イチジクのジャム作ったばっかなんだけど」
「ジャムがいっぱいで嬉しいなあ」
「はいはい」
天さん、これを天然でやってるから困る。
あたしは、その目に弱いのよ。
結局、家に帰った後、5房もあるデラウェアを1粒ずつ剥いてジャムにした。先々週は巨峰を剥いてジャム作ったのに。
悔しいから、半房だけ1人で生で食べたけど。
ああ、ロザリオビアンコは生で食べましたとも。美味しゅうございました。
明日は、大パックのイチジクがまだ売ってるか見に行こうかな。いっぱいジャム作ったら、天さんの実家にお裾分けしてもいいし。
天さん喜ぶしね。