39 さぷら~いずプレゼント3
あたしの誕生日も近いある土曜の朝のこと。
翼が模試を受けに出かけた後、天さんと2人分のコーヒーを淹れた。
鷹野家では、酸味のあるコーヒーが好きなあたしの主張で、セブンのモカブレンドを買っている。値段も安いしね。
で、フィルターに残った豆のカスは、脱臭のために1~2日、下駄箱の上に置いておくのだ。
豆カスを乾燥させる意味もあるしね。
土曜は燃やすゴミの日なので、下駄箱に前の豆カスを取りに行ったら、10cm四方くらいの薄い包みが、豆カスの載った皿の隣にあった。上に「Happy Birthday」と書かれたメモが載せられて。
…天さんの仕業? 天さん、今、ダイニングにいるし、これは隠してるんだろうか?
隠してるなら、気づかないフリした方がいいかな?
そんなことを考えながらコーヒーを淹れ、天さんと飲んでいると、
「まさか、気が付かなかったってことはないよな?」
と、呆れたような声で言われた。
しまった、豆カスの皿取りに行った時に気付くように置いてあったんだ!
「うん、ゴメン、気が付いてた」
と、ゴニョゴニョ言いながらプレゼントを持ってくると、
「それ、翼からな」
とのこと。
「あれ? 最近、例の文房具屋って行ってないよね」
「この前行った時に買っておいたらしいぞ」
この前って、あたしがエルバンのパフューム・ローズを買おうか迷ってた時かな? あれ? もう半月以上前だよ?
翼の仕込みも、段々手が込んできたなぁ。
包みを開けると、中には、万年筆の形のピンバッジと、ムーミンの柄の香り付き付箋が入ってた。このピンバッジ、千円以上するじゃん!
「ま~た、あの子は、こんな高いもの頑張っちゃって…」
「直接お礼言うのもそうだけど、メッセージでも机の上に載せといたらどうだ?」
「うん、そうだね」
翼のメッセージに対応するとなると、「Thank You」だろうなぁ。
筆記体書くのは久しぶりだから、練習しないと。
原稿用紙に練習始めたあたしに、天さんは
「翼、筆記体読めないって言ったろ」
と言ってきた。
あ~、そうだった! ワープロやスマホの普及で、今や欧米でも筆記体なんて使わないんで、学校で習わなくなったんだってこと、この前天さんに聞いたんだった。
じゃ、ブロック体ね。
とりあえず、ブロック体の方も練習して、貰ったムーミンの付箋に「Thank You♡」と書いて、翼の机の上に貼っておく。せっかく香り付きの付箋だから、使うインクはパフューム系じゃなくて山葡萄にしておいた。
で、戻ってくると、付箋が何かの上に載っている。
…って、天さんからもプレゼントだった!
開けてみるまでもない。このサイズなら、中身はインク、パフューム・ローズに決まってる!
「天さん、開けるよ!」
「おう」
いそいそと包みを解くと、当然のごとく、エルバンのパフューム・ローズだった。
実は、春にまたセールでもやったら買おうと思ってたのだ。
「いつまでも、どのペンに入れようかとかウジウジ考えてたからな。あれば使うんだろ」
そりゃ、あれば使うけどさ。それこそ、天さん、いつの間に買ったの? お店じゃほとんどあたしと一緒にいたよね。
「昨日、帰りに買ってきた」
昨日って…。あたしの方が帰ってくるの遅かったから、全然わからなかったよ。
金曜だと、ポイント倍にもならないのに、定価で買ってきてくれたんだ…。
実は、買うという方向に考えはじめた時から、プロギアのピンクゴールドを洗っておいたのだ。
早速パフューム・ローズを吸い込んで使ってみる。
前に買ったパフューム・ヴァイオレット(スミレ)やパフューム・ラベンダーと違って、香りが弱めで自然な感じなのが特徴だ。
ダマスク系の香りで、ペン先からわずかに香る感じ。書いた文字からはほとんど感じられない。
「これは、もしかして、普通に仕事でも使えるのでは?」
「ん~、そうだな。これくらいなら使えるかも。
しかし、面白い色だな」
パフューム・ローズのインク色は、暗めの、というか黒っぽい赤だった。
「これはこれで、使いどころが難しい色だねぇ」
もっと鮮やかな赤なら、赤ボールペンの代わりに使えるんだけどなぁ。
まぁでも、こんだけはっきりした色なら、小説書くのに普通に使えるよね。
ちなみに、ピンバッジの方は、布のトートバッグにでもつけようかと思ったんだけど、天さんに反対されたので、とりあえず部屋着のフリースに付けてみた。
夕方、帰ってきた翼にピンバッジ姿を見せつつお礼を言ったんだけど。
部屋から降りてきた翼は、なんかビミョーな顔をしてる。
「あのさ、お母さん。
なんだよ、あのハート。引くよ」
むう。あたしなりの、感謝の気持ちだったのにぃ。
ダマスク系の香り
バラの香りには、大まかに言うと、ダマスク系、ティー系、フルーティ系、ブルー系といった系統がある。
ダマスクは、古典的で、一般的なバラの香り、と言っていいと思う。
プロギアのピンクゴールド
「プロギア」は、セーラー製の万年筆で「プロフェッショナルギア」の略。
ペン先が21金製のちょっと高級なシリーズ。
プロギアシリーズの中でも、さらにいくつかのシリーズに分かれており、中には「インペリアルブラック」という、ペン先まで黒くメッキされた、全体が黒いものもある。
梓が言っている「ピンクゴールド」は、ペン先が21金ピンクゴールド合金製のシリーズ。
ピンクゴールドメッキのペン先は他のメーカーなどでもいくつか出ているが、ピンクゴールド合金(中まで全部ピンクゴールド)製なのは、このシリーズだけのはず。
梓の一番のお気に入りの万年筆で、赤系統のインクだけを入れることにしている。この前までは、山葡萄(赤紫)が入っていた。