36 結婚生活で難しいこと
“結婚”っていうのは、違う環境で育ってきた2人が一緒に暮らすということだ。
いくら、愛し合い、生涯を共に過ごすと決めた相手とはいえ、価値観が全く同じなんてことはあり得ない。
これが、ン十年前の、親の世代だったら、嫁に入って、嫁ぎ先の流儀に合わせざるを得ないことになったんだろうけど、あたし達の場合、結婚と同時に2人暮らしになったから、親関係なしに2人のやり方や好みをすり合わせていくことになった。
あたしと天さんの場合、あたしの趣味に関しては予め話してあるし、なんなら、結婚前に、あたしの実家の部屋にも通して、隠し部屋のコレクションの数々も見せてある。
隠し部屋っていうのは、あたしの部屋の奥にある屋根裏部屋だ。
実家を建て直す時、お父さんがあたしのコレクションを人目につかないところに隠すようにってことで作ってくれた。
普通の押し入れの半分くらいの高さの襖を開けると、2畳くらいの広さの物置になっている。ここに、戦隊シリーズの合体ロボやら変身ベルトなんかを箱ごと片付けてあったり、人形ケースにソフビやガレキ、マスコットなんかを飾ったりしていた。
今は、新居に移したり処分したりしたものも多いけど、あたしのコレクションの一部は、今でも実家に残ってたりする。
初めて隠し部屋を見せた時、天さん、目が点になってたっけ。それでもちゃんと結婚したんだから、すごいよね。
一緒に生活する上で、一番助かってるのは、食べ物の好みが近いこと。
あたしが椎茸がダメなのと、天さんが牡蠣に中ること以外は、ほとんどの食べ物で好みが似てる。細かいこと言えば、天さんがカマンベールチーズが嫌いだったり、あたしがゴーヤ好きじゃなかったりっていうのはあるんだけど、そんなもの、普段の食事には出ないからね。
けど、やっぱり食生活の細かい差異っていうのは、影響があった。
知り合ってから初めてのケンカは、結婚2か月後の夕飯だった。結婚前には、ケンカしたことなかったもんね。
天さんのお義父さんは晩酌する人なんで、天さん達が食べてるのと同じおかずを肴に呑む、というかたちだったらしい。
対して、うちのお父さんは、白米がないとおかずが食べられない人だったんで、あたしもそうなった。あたしにとって「ごはん」というのは、白米のことだ。
その結果。
あたしは、炊き込みご飯だとおかずを食べられない=おかずを作らない。でも、天さんは、炊き込みご飯でもおかずが欲しいってことになる。
「なんでおかず作ってないんだ?」
「あたし、ごはんないとおかずいらないって言ったじゃん?」
「ごはん、あるじゃないか、ここに」
「これは白米じゃないよ」
なんて言い合いになっちゃった。
これが、あたし達の初めてのケンカ。
その後、3時間くらいまともに口きかなかった。
この辺のおかず事情は、今はかなり折り合いをつけていて、ケンカにはならなくなった。
とは言っても、やっぱり食事関連がケンカの種になることは多い。
あえて指摘することはしないけど、天さんも翼も、ご飯を食べる時はサラダとかおひたしとか、野菜系を先に食べる。
曰く、野菜を先に食べた方が体にいいから。
そりゃそうかもしんないけどさ。
せっかく焼きたてで熱々のハンバーグに目もくれないで、サラダ先に食べるって、どうなのよ!?
早く食べてくれないと、ハンバーグ冷めちゃうのよ!?
天さんが好きな、繋ぎなしのハンバーグよ!? あたしが一所懸命こねこねして焼いたのよ! そりゃ、翼は猫舌だからしょうがないけど、天さん、熱いの好きじゃないの!
そうやってイライラしながらも、自分は冷めないうちにと熱々のハンバーグを食べてると、
「梓、いつも言ってるけど、その忙しない食べ方なんとかならないか?」
なんて言われちゃう。
「いつも言ってるけど、熱々のうちに食べちゃいたいのよ。忙しないじゃなくて、ひたむきに食べてるって言ってくれる?」
「目の前で、そうやってせかせか動いてられると、落ち着かないんだって」
天さん達がのんびり過ぎるのよ~~~。
そんなわけで、鷹野家で一番早く食べ終わるのは、あたしであることが多い。
一応言っておくと、あたしの食べる早さは、世間的には決して早くない。職場の人とランチをすると、平均よりやや遅いくらいだ。
あたしが早いんじゃなくて、天さん達がのんびりすぎるのよ!
そして、ケンカの種はまだ隠れてる。
あたしは、食べ終わると、料理に使った鍋やフライパンをさっさと洗っちゃうことにしている。だって、シンクにお茶碗とか置いちゃうと、そっち全部洗い終わるまで鍋洗えなくなっちゃうんだもの。
本当のことを言うと、炊飯器の内釜もさっさと浸してしまいたいんだよね。少しお湯を入れておいた方が、ご飯粒とか落としやすいから。
でも、こういうの、天さんはものすごく嫌がる。
自分が食べ終わらないうちに洗い物始められると、急かされてる気分になるから、だって。
その気持ちは、まぁ、わからないでもない。
でも、あたしとしては、この浮いた時間に少しでも洗い物を片付けたいのよ。その分、あたしの自由時間が増えるんだから。
それにね、天さん、あなた、食べ終わった後すぐに片付けるのだって嫌がるじゃない。
食べ終わった後、のんびりする時間が大切だって言って。
それやられちゃうと、あたし、食べ終わってから小一時間、何にもできなくなっちゃうのよ。貴重なあたしの改造&執筆時間が削られちゃうのよ!? かけがえのないあたしの時間が!
この辺りの感覚の違いは、育ってきた家庭の違い。
天さんの家では、お義母さんが専業主婦で、夕飯の前にみんなお風呂に入って、お義父さんは晩酌するから、天さん達は食後もお茶を飲んでまったりしてたそうだ。
対して、あたしん家は共働きで、両親が帰宅してから夕飯作って、わ~~って食べて片付けて、それから三々五々お風呂に入ってた。
そうなると、ガンガン早回ししていかなきゃならない。
小さい頃からのリズムだから、お互い簡単には変えられない。
もう、結婚して20年近く経つけど、片付けのタイミングは未だに妥協できていないのだ。
普段はいいけど、天さんの機嫌が悪いと噛みつかれる。そん時、あたしの機嫌が良ければ、洗い物を後回しにして衝突を回避するんだけど、あたしも虫の居所が悪かったりすると、そのまま洗い物を続けてケンカに発展しちゃう。
ここしばらく、ケンカの原因はそんなのが多い。
小さなことと言うなかれ。
卑近なことだからこそ、自分流を曲げるとストレスが大きいのだ。
かといって、こんなことで天さん嫌いになるわけじゃないけどね。




