32 限定って言葉には弱いよね!
「お母さん、文具店のチラシ入ってた!
5%オフだって。1割引じゃないんだ…」
土曜の朝、翼が新聞の折り込みで、行きつけの文具店のセールチラシを見付けた。
去年の4月のセールの時は1割引だったのに、今回は5%引だから残念ってことみたい。
「やっぱ、1割引は苦しいのかなあ」
翼がブツブツ言ってるけど、あたしは何も買う予定がないから、チラシは見ないまま天さんに渡しちゃう。
そしたら、チラシを見た天さんが
「梓、例のスーベレーンも載ってるぞ。まだ売れてないみたいだな」
なんて言ってきた。
“スーベレーン”っていうのは、ペリカンってドイツのメーカーが作ってる万年筆のブランドで、“例の”がつくのは、今年出た限定軸のことだ。
一般的なスーベレーンは、全体的に黒い中、胴体中央だけ緑のストライプが入るんだけど、あたしが去年最初に買ったスーベレーン「M400ホワイトトートイス」は、通常黒いところが象牙色で、胴体のストライプが黄色とか琥珀色とかで綺麗。レギュラーで売られている中では、唯一の象牙色ボディで、しかも単なるストライプでもない。
で、今回出た限定軸「M600バイオレットホワイト」は、同じように象牙色メインで、ストライプが紫色のものだ。
M600っていうのは、スーベレーンでは細めの方。細かいバリエーションを除くと、M400、M600、M800、M1000の4タイプがあって、数字が大きくなるほど、太く長くなる。当然値段も高くなる。M1000になると、1本8万円くらいする。ただ、あたしの手にはM400の大きさが一番馴染む。まぁ、M600くらいなら、使うのに不便はないけどね。
元々、あたしは、数年前にとある雑誌で見掛けた“象牙色のピンクのストライプ”のスーベレーンが欲しかった。
これは数年前の限定軸で、人気があるらしく、ネットオークションで9万円とかで取引されている。定価は45000円のはずだけど。これはどう頑張っても買えないので、去年4月にホワイトトートイスを買ったわけ。
ところが、わずか1か月後に「M600ターコイズブルー」という、象牙色に青のストライプの限定軸が売り出されてしまった。
ピンクが手に入らないなら、せめて…という想いを止めることができなかったあたしは、なんと、それも買ってしまったのだ! 税込み5万円近いのに。ちょっと前に4万円くらい出してホワイトトートイス買ったばかりなのに。
そして、この秋、文具店の店員Kさんから、「今年も限定軸出ます。入荷しますよ♪」という悪魔のささやきがあって、写真も見せてもらった。
綺麗な紫! 青のストライプより綺麗!
買って買えないことはないけれど、去年ターコイズブルーを買って激減したへそくりがやっと回復したところだったあたしは、断腸の思いで諦めた。
それに、今、インクは露草、山葡萄、躑躅、余り物を混ぜた紫の4色だけだし、入れる色がないしね。原稿書くにも、使い分けるほど色々書いてないし。
うん。使い道もないのに、こんなに高いもの買えないよね。
「お母さん、また買うの?」
という翼の言葉に、
「使い道思いつかないから。
不退転の決意で、買わない」
と答えた。そう。同じようなのを何本も持っていても仕方ないんだから。
そして、どういうわけか、入荷したバイオレットホワイトは、なかなか売れなかった。
ターコイズブルーは瞬殺だったのに。
とうとう、セールの目玉品の1つみたいになってチラシに載っている。
でも、あたしの意思は固いのだ。諦めたのだ。
なのに。
「お、梓、エルバンのインクも載ってる。なんか、匂い付き?って書いてあるぞ」
なんて、天さんが言った。
チラシを見ると、ほんとに匂い付きのインクらしい。えっと…
「パフューム・ヴァイオレット!?」
どうやら、スミレの香りがするインクらしい。しかも、インク色もヴァイオレット。
「パフューム・ヴァイオレットを、スーベレーンのバイオレットホワイトに、入れる…?」
「おー、いいな。内と外が一致すんのか」
うん。いい。すごく合いそう♪
これで年賀状のコメントとか書いたら、ほのかにスミレの香る年賀状になったり…。
なんなら、ターコイズブルーをどっかで売れば、元値回収できたりして?
「しまった。使い道できちゃったじゃん…」
2時間後、文具店にお取り置きの電話を入れるあたしがいた。
「うん、そうなると思ってた」
とは翼の弁。
ターコイズブルーとバイオレットホワイトを並べると、すっごく綺麗…。このまま2本とも持ってるのもアリかも。
うぁ~、「心弱き者共よ」って声が、頭の中に響いてるよぉ…。
手前から、バイオレットホワイト、ターコイズブルー、ホワイトトートイス。
角度のせいで違って見えるけど、手前2本は同じ長さ。
心弱き者共よ
「勇者王ガオガイガー」前半の敵組織ゾンダリアンの首魁:パスダーがよく言う言葉。
パスダーは、とある外銀河の三重連太陽系で作られた、人間のストレスを解消させるためのプログラム。細かい話はとりあえず省く。
それが暴走し、作った人類を滅亡に追い込んだ。
本来は、ゾンダーメタルは取り付けた人間のストレスを吸収し、吸収され尽くした人間は、すっきり爽快になるはずだった。
だが、ゾンダーメタルは、取り憑いた人間のストレスを増幅しているうちにその人間を取り込んでゾンダーメタルプラントとなり、無数のゾンダーメタルを生み出すようになるというネズミ講的な構造になっている。
ちなみに、ゾンダリアンの幹部には、パスダー(パスタ)、ピッツァ(ピザ)、ポロネズ(ポロネーズ)と、イタリア料理からきている名前が多い。