28 RXの思い出
古い写真を整理してたら、翼が覗き込んできた。
「お母さん、なに、その気持ち悪いの?」
「気持ち悪いってなによ? お母さんの写真じゃない」
「RXの首だけお母さんってなんだよ。
気持ち悪いじゃんか」
翼が見付けたのは、あたしがRXの衣装を着て、顔だけ出してポーズ取ってる写真だった。
あたしは学生時代、イベント会社でバイトしてて、戦隊のヒーローショーとかに出たりしてたのだ。
3戦隊計5人の女ヒーローを着たことがある。
まぁ、ほかにもスーパーマーケットの開店イベントでパンダを着たり、明治製菓の販促キャンペーンでカールおじさんを着たりもした。
カールおじさんの頭ってでかいから、発泡スチロール製のくせにやたらと重たいんだよねぇ。
「こんなん、いつ撮ったんだよ?」
翼は、あたしがRXを着ていることが不思議なんだろう。
「仮面ライダーBLACK RX」は、当然、男性ヒーローだ。本来、女のあたしが着るはずがない。
「これはねぇ、“RXと餅つき大会”でRXを着た時、記念に楽屋で撮ったやつなんだよねぇ」
「なんだよ、RXと餅つきって」
「そのままよ。RXが小っちゃい子と一緒になって餅つきするの」
ヒーローが登場するのは、なにもショーだけとは限らない。
スーパーの店内を練り歩くだとか、特設ブースで写真撮影とか、餅つきだとか。
この写真を撮ったのは、どこかのイベントで、午前と午後に1回ずつ餅つきするというイベントだった。
RXが登場してOP曲に合わせて踊った後、希望する子供と一緒に杵を持って餅つきをするというものだ。
実際は、子供は杵を掴んでるだけで、RXが1人で餅つきしてるようなものだから、結構大変だ。子供の手を振り払うようなことにならないよう、杵の振り幅も制限されるので、むしろ1人でついた方が楽なくらいだ。
この日、あたしは珍しく裏方として参集を受けた。
普段は、裏方の仕事は受けないんだけど、この日は経験の浅い子がRXを着るからということで、ポーズとかの指導のために出てたんだったかな。
彼はあたしの大学の後輩で、あたしがスカウトしてきた子だったから、その流れであたしが面倒見ることになったのだ。
「それがさぁ、RXやるはずの人が午後からしか来られないことになっちゃって」
餅つきだから、男手はその子だけしかいない。午前の部でRXを着る人がいないのだ。
「で、お母さんの出番ってわけよ」
ヒーロー着たことがあるのも、RXのポーズ知ってるのもあたしだけ。
あたしは、本当は後輩くんが来てから一緒に考えるはずだった踊りを考えて練習に入る。
そして、衣装。
RXの衣装は、仮面、下面、ボディスーツ、胸装甲、ボトム、手袋、ブーツからなっている。
まず、ボディスーツを着ける。全身を覆うけど、後から色々着けるから、最終的には主に上腕と太股部分しか見えない。
次に、黒い下面を着ける。
下面は、スピードスケーターが被るようなやつで、首の部分の衣装であると同時に、髪が仮面の裏に引っ掛からないよう保護する役割も持っている。昭和初期の仮面ライダーは、下面がないから、よく見ると後頭部から髪の毛がはみ出していたり、マフラーの下に首の肌色が見えていたりする。
下面とボディスーツを着けたら、ボトムとブーツを着ける。
ショー用の衣装の場合、仮面と胸装甲だけがFRP製だ。
そして、胸装甲は自分では着けられない。
前後に分割されたパーツを合わせて、脇の留め具で留めるから、最低限1人は手助けが必要になる。戦隊物は1人で着られるけど、胸装甲がある衣装は1人では無理。
後は仮面を着けて、肘まである手袋をはめれば完成だけど、せっかくだから、下面をめくって髪を出し、手袋をはめた状態でポーズを取って記念撮影した。
「というわけで、その時の写真なのよ」
「ふうん。
でも、お母さんの身長でRXなんかできるの?」
そこが問題なのよねぇ。
戦隊のスーツなら、身長が低くて衣装がダブついたら、ベルトで隠れる部分を折り返して縫うことでダブつきを誤魔化せる。でも、RXはラテックスのボトムとFRPの胸装甲に分かれてるから、調整のしようがない。
元々、身長180cmとかある男の人が着る前提の衣装だから、あたしにはかなりでかい。
迂闊にかがむと、胸装甲と腰のバックル(ここだけプラスチック)がぶつかってガツガツいうので、なるべく上半身は倒さないようにしないといけない。
さて、本番だ。
臼の後ろに空いているスペースには、剣を隠してある。
子供達の「RX~!」の声に応えるように、挿入歌「光の戦士」のイントロが流れた。
テレビの変身シーンでよく使われる曲で、ショー用に声も入っているやつだ。
「変…身! トァッ!」
テープの声に合わせて楽屋から飛び出し、立ち位置まで一気に走る。
「俺は太陽の子! 生きとし生けるものを守る戦士!
仮面ライダー! BLACK! RX!」
声に合わせてポーズをきると、OP曲が流れる。
歌に合わせて踊りながら、途中で振り向きざま剣を掴む。
リボルケインは、RXのベルトから出てくる光線剣だ。
メッキテープでキラキラ光るそれを振り、OPのラストに合わせて必殺技リボルクラッシュの決めポーズをとる。
このポーズは、敵に突き刺したリボルケインを引き抜きつつ振り向いて、剣先を左下から右上に跳ね上げ、上からくるりと回して右下に構えるというもので、RXから見た時に剣先の軌跡が「R」の字を描くようになっている。
これで子供達にRXが来たことをアピールして、いよいよ餅つきの本番だ。
アシスタントにさりげなくリボルケインを渡して、臼のところに行く。
子供が掴むことを考慮して、杵は細くて軽いものになっている。
目潰しなどの準備があらかじめ終わっている餅米が入った臼で、十数人の子供と、次々とつく。
はっきり言ってきつい。
子供の身長に合わせてるからずっと中腰だし。
でも、下手に体を起こすわけにはいかない。
そこら辺のお父さんより背が低いRXなんて、お呼びじゃないのだ。
今、RXが小さく見えるのは、子供に合わせてかがんでいるからなのよ!
ようやく餅がつき上がると、RXは子供達のお別れの声に送られて楽屋に引っ込む。
できあがったお餅は、子供達に振る舞われるんだけど、あたしの分を取っておこうという気の利くスタッフはいなかった。あたしがついたんだけど!
午後、やっと到着した後輩くんに、段取りや踊りをレクチャーして、あたしは今度はアシスタントにシフト。
あ、ボディスーツの下には、ちゃんとジャージを着てた。午後から後輩くんが着るとわかってるのに、汗をしみこませるわけにはいかないからね。
午後の部では、ちゃんとあたしと後輩くんの分のお餅はキープしました。あたしは気の回る女なのだ。
「てなわけで、終わったんだけどさ。家に帰ってお風呂入ったら、腕に痣ができててびっくりしたよ」
RXの胸装甲は、180cm以上ある人が着けるような肩幅になっている。だから、あたしみたいな小っちゃいのが着ると、肩が装甲の内側に入ってしまい、腕をまっすぐ前に伸ばすのさえ大変なのだ。
そんな状態で杵を振り下ろしていたから、上腕が胸装甲の端にこすれて痣になってしまったのだ。
「まぁ、記念の怪我ではあるんだけどね。
ライダーを着るなんてこと、二度とないもんね」
「普通は、着たいとも思わないよ」
またそういういけずを言うかね、この子は!
仮面ライダーBLACK RX
1988年放送「仮面ライダーBLACK RX」の主人公。前年放送の「仮面ライダーBLACK」の続編で、主人公も同じ。ライダーシリーズ唯一の“同一の主人公が2番組でそれぞれ別のライダーに変身する”作品。
主人公:南光太郎は、宇宙からの侵略者:クライシス帝国に捕らえられ、地球侵略を手伝うよう求められる。それを拒否した光太郎は、BLACKへの変身機能を破壊され、宇宙空間に放り出された。
だが、光太郎の怒りと太陽の光が、BLACKのエネルギー源だったキングストーンに作用し、新たな変身能力を手に入れた。それがRXだ。
RXは、キングストーンの力と太陽エネルギーを合わせたハイブリッドエネルギーにより、仮面ライダーBLACKを上回るパワーでクライシスと戦う!
…のだが、本作には仮面ライダーBLACKは一切登場しない。
変身する前に捕らえられたため、正直言ってBLACKでもクライシスと戦えたんじゃね? という疑問を拭えない。
自己修復能力だけは段違いに向上したが、サタンサーベルを持ったBLACKの方が強いように感じる。
初めて車に乗ったライダーでもあり、“仮面ドライバー”でいいじゃん? とも言われていた。
また、銃を使う初めてのライダー(ロボライダー時)でもある。
昭和63年10月から始まった、昭和最後のライダーであり、年末近くには、OPの途中に“現在の天皇陛下の脈拍”等が画面に表示されている。その後平成になり、元年9月に終了した。
RXの変身ベルト:サンライザーのオモチャには、左手のリストビットというブレスレット的なパーツが同梱されていて、リストビットを嵌めた左手を振ることでベルトが作動する。
これは恐らく、同時期の「高速戦隊ターボレンジャー」のターボブレス同様、バネが端子に触れると通電するという仕組みと思われる。しかも、サンライザーの場合、電波を飛ばしてベルトのギミックが作動するのだ。バネのため、ちょっと動かすとギミックが動くのが欠点だが。
梓は、左手の動きを抑制することで、変身ポーズの決めのところでギミックが発動する=変身ポーズが完成するとベルトが回り出す、という芸を得意としていた。ちなみに、サンライザーは持っていないため、イベント会場で着けている人を見付けると「ちょっと貸して」と言って芸を披露するという鬼畜仕様だった。
「仮面ライダーBLACK」
「仮面ライダースーパー1」以来久々のテレビシリーズとなった仮面ライダー。
ゴルゴムの支配者:創世王の候補である世紀王の1人・ブラックサンに改造されていた南光太郎が、改造途中で脱走し、ゴルゴムから親友の秋月信彦:シャドームーンを取り戻すべく戦う物語。
世紀王の証であるキングストーンは2つあり、太陽の石を持つブラックサン、月の石を持つシャドームーンが殺し合い、2つのキングストーンを手にした方が次の創世王になるはずだった。
光太郎役と信彦役は、それぞれオーディションで選ばれたが、信彦は作中では回想シーンでしか登場しないため、当時、何のためにオーディションしたのかと言われた。
実写の仮面ライダーで初めてマフラーがなくなり、アクションは大野剣友会からJACに変更になるなど、宇宙刑事シリーズのノウハウが盛り込まれている。
また、変身ベルトに相当するパーツはあるもののベルトではなく体の一部という扱いで、シリーズで唯一変身ベルトの名前がない。
商品の方は、「仮面ライダーBLACKテレビパワーDX変身ベルト」として、当時アメリカで流行した「キャプテンパワー」同様、テレビ画面から発する信号を玩具で受信して反応するというインタラクティブトイになっている。
番組中の変身シーン、ライダーパンチ、ライダーキックのシーンで画面から点滅光を発し、玩具の方でそれを受光することで、変身ベルトは光る回るギミックが発動、ライダーフィギュアは変身ポーズをとる、ロードセクターは走り出すようになっている。
これら3点のアイテムは、それぞれが点滅光を発することができ、互いに反応させ合うことができる。残念ながら、梓はベルトしか持っていない。
このシステムのため、「BLACK」の画面は眩く点滅を繰り返すこととなり、ポケモンショックを引き起こす危険が大きいため、今ではテレビ放映はできないと思われる。
ちなみに、偶然だろうが、RXの変身ベルト:サンライザーの玩具の光る回るがBLACKの点滅光と同じサイクルのため、BLACKのインタラクティブトイを連動させることができる。
つまり、サンライザーとBLACKの変身ベルトを着けた者同士が向かい合った状態で、サンライザーを回すと、BLACKのベルトも勝手に回り出すのだ。これは、梓のイベント芸の1つになっていた。もちろん梓がBLACKである。




