25 バックドラフト事件
鷹野家では、食べ放題の焼肉屋さんには行かない。
天さんが「どこの肉使ってるかわからないから嫌だ」というせいだ。
あたしも、その考え方には同意する。
スーパーでお肉を買う時は、国産、できれば県産を買うようにしている。地産地消もそうだけど、やっぱり味も違うと思うし。
食べ盛りの翼には悪いけど、食べ放題じゃない焼き肉屋さんで翼が好きなだけ食べたりしたら金額が怖いものになっちゃうから、「○皿までね」と制限を設けさせてもらっている。
もっとも、翼は、お米を食べるのが好きな面もあるので、大盛りご飯をおかわりすると、それなりに満足はできるらしい。どう見ても肉に対して米の消費量が多い。
「や~、でも、Kさん達に比べれば常識の範囲なんだよねぇ」
ついこぼれた言葉に、翼が食いついた。
「誰?」
「ん~? お母さんのね、昔のお友達」
「昔?」
「そ。結婚するずっと前。
お母さんが就職したばっかりの頃にね、お友達と焼き肉屋さんによく行ってたのよ」
「友達と焼肉屋に行くのか?」
あ。天さんも食いついた。まずい。いや、まずくはないか。昔のことだし、本当に友達だし。
「イベントの打ち上げでね、毎回、男女混合10人以上で焼肉食べ放題のお店に行ってたのよ」
「イベントって、オタク系のか?」
「もちろん。
平成一桁の頃ね、イベント会場の近くに、精肉店直営の焼肉食べ放題のお店があったのよ。もうなくなっちゃったけど。
冷凍肉ばっかだったけどさ、なんせ肉も豚とか牛とか鳥とかソーセージとか種類があったし、デザートもゼリーとかフルーツとかそれなりにあって、1人1000円ちょっとだったかな。
で、初めてそこに行った時ね、適当に座ったら、あたしのテーブルには仲間内でも大食いの人達が集まってたの」
「で?」
「20代だったし、とにかくみんな食べるわけよ。
取り皿に山のように肉を積んで持ってきて、次々焼いて。
そのうち、焼き網の周りから火が上がってきてさ」
「ちょっと待て。話盛ってないか? 肉を焼きすぎて炭になったとかそういう話じゃないのか?」
「そんな生やさしい話のわけないじゃない。
焼き網の下に滴り落ちて溜まった肉の脂が燃えたの。
お店に行ったのが夜の7時過ぎだったから、前にテーブル使ってた人の分もあったんじゃないかな。
でね、キャベツとか持ってきてた人がさ、キャベツで火を消そうと上にのっけたら、燃えだして」
「バカじゃないのか。なんでキャベツなんだよ」
「野菜の水分で火が消えないかな~って思ったみたい。
で、そうこうするうちに焼き網全体が焚き火みたいになっちゃってね。店員さんを呼んだわけよ。
ちなみに、あたしはこの時点で既にデザートに入ってたから、肉は焼いてなかったんだけど、肉焼いてる人の中には、“俺の肉が~~!”って救出しようとしてる人もいたよ」
「…」
天さん呆れてるなぁ。まぁ、この話が面白いのはここからだもんね。
「店員さんは、でっかい蓋持ってきて、焼き網を覆ったの。酸素の供給を断って火を消そうってわけよね。
で、あたしは安心してデザートの補充に行ったんだけどさ。
戻ってきて食べ始めたら、店員さん、何を思ったか蓋を取ろうとするのよ」
「火が消えたら、取るんじゃないか?」
「そんな簡単に消えないって! あたしは止めるのが間に合わないと思ったんで、椅子を倒して後ろに逃げたんだよ。スパイものとかで、椅子に座ってるとこから後ろに飛びすさるみたいなシーンあるじゃない? あんな感じで」
「普通に逃げろよ」
「やってみると、意外と合理的だよ、あれ。椅子を迂回すると逃げにくいの。
特筆すべきは、デザートのお皿と箸を持ったままだったってところね。
で、目の前では、高さ3メートルはあろうかって天井に届く炎の柱が上がってさ。
その後が大変でね。
非常ベルは鳴り響くわ、消防車は駆けつけるわで、ほんとは9時閉店なのに、8時半に閉店になっちゃった。
安全圏まで逃げたあたしは、残ってるデザートを食べながら、その情景を眺めてたんだけど、後で、“梓ちゃんは、それでも皿を放しませんでした”ってナレーション入れられちゃった」
「笑い事じゃないと思うんだが。どうすんだよ、そんな大事にして」
「でも、あたし達は何も悪くないよ。悪いのは、うっかり蓋を外しちゃった店員さんで。
密閉した後、火が消えないうちに急に酸素が入ると、バックドラフトっていう爆発的燃焼が起きるんだよね。店員さん、その辺わかってなかったっぽい。
お店からは、早期閉店のお詫びのアナウンスが入ったけど、あたし達はなんにも文句言われてないよ。
ま、あたしとしては、デザートをもうちょっとおかわりできなかったのが残念だったけど。
んで、帰りの車の中で、ある人が“俺、今日来てよかった! こんな面白えもん見れるなんて!”って言ったら大爆笑になってね。この日のことは、仲間内ではバックドラフト事件って呼ばれてる」
「お前ら、何やってんだ…」
「以後、イベントの後はこのお店に行くのがお約束になってたんだけど、さすがに二度と燃え上がらなかったわね」
「よく出入り禁止にならなかったな」
「だから、あたし達は悪くないんだって」




