23 期間限定!万年筆
今回は、ゆゆこりん様のリクエストです。
いきつけの文具店に行くと、なじみの店員のKさんが笑みを浮かべて寄ってきた。
「鷹野さん、いいタイミングで。お見せしたいものがあるんですよ♪」
これは、あれだ。何か面白いものが入荷したんだ。
Kさんとあたしは、このお店に通うようになって以来の付き合いだ。
あたしが万年筆好きで、限定品に目がないこともバレてる。
なので、限定とか新製品の万年筆が入荷した時に顔を出すと、こうやって呼んでくれるのだ。もちろん、お取り置きしてくれてるわけじゃないよ。
去年のパイロットカスタムの限定色の時も、ペリカンスーベレーンの限定軸の時も、一昨年のデシモとグランセの限定色の時も、みんな、そう。
そして、この4種のうち、2つは買っちゃった。そう考えると、あたしはいいお客かもしれない。
今回、Kさんがショーケースから出して見せてくれたのは、パイロットの「キャップレスデシモ」の限定色だった。本体色は、グリーン、ヴァイオレット、ピンク。
キャップレスデシモっていうのは、パイロットが出している“ノック式万年筆”のシリーズだ。
万年筆は、ちょっと高いとキャップが回転式、安いとパチンと抜き差しする嵌合式と分かれるけど、どっちにしても普通はキャップが付いている。
インクが乾いたら使えなくなるという万年筆の性質上、当然といえば当然なんだけど、このキャップレスシリーズは、密閉度の高い蓋を内蔵することで、ペン先をノックで出し入れしてもインクが乾かないようにしている。ペン先が引っ込む時、内蓋が閉まって密閉するのだ。
一応、インク漏れがあると悪いので、ペン先はポケットに挿すためのクリップ側にある。要するに、ポケットに挿すと、ペン先が上を向くという作りだ。
欠点は、書く時にクリップが指に当たることで、これが嫌だとキャップレスは使えない。
太さでいくつかシリーズがあって、デシモは一番細いタイプ。あたしも1本持っているけど、ペン先が小さくて可愛い。
で、今回の限定色は、本体色もさることながら、金属部分が金色なのが特徴になっている。
馴染みのない人にはわかりにくいけど、万年筆のペン先は金色ばかりじゃなくて、銀色だったり金銀二色だったりと、結構カラフルだ。銀色のペン先は“ロジウム仕上げ”というメッキみたいな処理になっている。
パイロットの場合、1~2万円くらいのシリーズでは、同じ価格帯でそれぞれ金色と銀色のペン先のシリーズを別に展開している。
1万円だと、金色の「カスタム74」、銀色の「カスタムヘリテイジ91」で、本体のデザインは全然違う。特徴的なのは、金色だとクリップの先端に球体が付いていて、銀色だと付いていないこと。シリーズの違いが一目でわかる演出なんだと思う。
で、普通のデシモは、ペン先やクリップなどが銀色なんだけど、今回の限定色ではそこが全部金色になってるんだよね。
実は、2年前の2017年にもデシモの限定色が出ていて、その時も金属部分が金色のバージョンになっていた。その時の本体色は、黒、ピンク、パールホワイト。あのパールホワイトのデシモは、ちょっと欲しかったなぁ。
ただ、パールホワイトには、イエローゴールドよりピンクゴールドが似合うと思うのよ。そこが不満で買わなかったことを、今はちょっと後悔してる。限定だから、もう手に入らないのよね。
あたしは、ピンクとか紫が好き。
なので、パイロットのアンケートに、“パールホワイトの本体にピンクゴールドのペン先を”って何度かリクエストしてるんだけど、未だに商品化はされていない。
Kさんは、その辺もわかった上で、しかもあたしが紫系の色が好きなのを知っていて、限定のヴァイオレットを勧めてきたってわけ。
実はあたしは、万年筆のペン先はやっぱり金色がいいと思っちゃう保守派だ。
その割には、いかにも“万年筆でござい”って感じの、黒い本体に金色のクリップ・ペン先のものは1本しか持っていないけど。セーラーの「プロフェッショナルギア」の、本体が白でペン先が21金ピンクゴールド(メッキじゃなくて合金)のタイプを愛用してるけど。
でも、ペン先が金と銀だったら、金色を選ぶことが多いのは確か。「多い」って言い方が、実態を表してるね。銀色を選ぶこともあるのよ。
2017年、デシモと一緒に、同じパイロットから「グランセNC」というシリーズの限定色が出た。「グランセ」だとペン先が金色でクリップの先に球体、「グランセNC」だとペン先が銀色でクリップはフラット。つまり、限定で出たのは、ペン先が銀色のタイプだった。
本体色は、水色、ピンク、白で、いずれもパール調のパステルカラー。それぞれ「月光」、「春花」、「雪」なんて洒落たサブネームが付いてる。
これの月光に一目惚れして、衝動買いしてしまった。1万2千円だったかな。そんなこともあって、同時に発売されていたデシモのパールホワイトを見送ったって事情もある。
「グランセNC」の場合、そもそもペン先が銀しかなかったから選択肢がなかったわけだけど、実は、去年、これの金色バージョンがレギュラー発売された。よっぽど限定色が好評だったんだろうね。金色だけど「グランセNC」の金バージョンだから、クリップはフラット。完全に色変えバージョンよね。一応、サブネームなしにして「パールブルー」とか「パールピンク」とか、色名で呼ぶようにしているあたりが妥協点ってとこかしら。
この量産型、本体色は限定版と同じなのに、あたしとしては、これじゃない感が強い。パステルカラーだと、金色が強すぎる気がするのよね。「月光」は、やっぱり銀色のペン先じゃないと!
万年筆の楽しみ方の1つに、インクというのもある。
あまり興味のない人は、インクの入った替え芯みたいなもの(カートリッジ)を使うと思っているだろうけど、瓶入りのインクを使う人は多い。
万年筆のインクは、一般的には黒、青、ブルーブラック辺りを使うけど、どのメーカーにもカラフルなインクが用意されている。
エルバンっていうフランスのメーカーには、ラメ入りのインクまである。
こういうインクは瓶に入って売っているから、万年筆に吸い上げて使う。インクカートリッジの代わりに、同じ口径の“コンバータ”っていうのを差し込む。コンバータは、簡単に言うとネジ式のスポイトみたいなもので、尻尾をクルクル回すと中のピストンが上下して、注射器が薬液を吸い上げるみたいにインクを吸い上げる。
万年筆の種類によっては、カートリッジが元々使えないタイプもあって、そういうタイプだと、万年筆の本体自体に、コンバータと同じ仕組みでインクを吸い上げる機構が内蔵されている。
パイロットでは、「色雫」というカラフルなインクシリーズを出していて、あたしは赤紫の「山葡萄」、青紫の「紫式部」、薄ピンクの「秋桜」、薄青の「露草」なんかを愛用している。
この辺のインク購入事情は、ついつい何本も買ってしまう万年筆の効率的利用方法として、“このペンは「山葡萄」用”みたいな言い訳に使えるのが大きい。あ、インクが綺麗だから欲しいというのもあって、相乗効果になってる面もあるね。
ネット小説の原稿を書く時は、「山葡萄」「露草」「紫式部」を気分で使い分けている。
以前、主人公視点を「山葡萄」、ほかのキャラ視点を「露草」で書いていたこともあったっけ。
特に「露草」は、ちょっと薄めの青だから、仕事でも使いやすくて、50ml入りのインク瓶が2年で空になった。今2本目だけど、もう残りが三分の一くらいになってる。
ほかの青もいくつか試してみたけど、ペリカンの「ロイヤルブルー」は濃すぎたし、エルバンの「サファイアブルー」はちょっと薄いし、セーラーの「雪明」は水色にしても薄すぎる。この「雪明」は、翼にプレゼントしてもらったものだけど、ちょっと使えなかったので、だいぶ減ってた「紫式部」「孔雀」(青緑)、「躑躅」(濃ピンク)とブレンドして、青紫のインクとして使っている。ちなみに、インクによっては、ブレンドすると化学反応で固まったり変な色になってしまう場合もあるので、テストが必要だ。
万年筆は、筆圧の弱いあたしにとって、ある種理想の筆記具と言える。
三菱の「クルトガ」という、筆圧に反応して芯を回転させるシャーペンがある。芯が回転することで、偏って減るのを防ぎ、常に細い線で書けるのがウリだ。
でも、あたしは筆圧がとても弱いので、クルトガが回らない。
それに、水性のボールペンは、案外書くのに筆圧が要求されることが多い。
その点、万年筆は、力を入れなくても書けるので、あたしに向いてる。
元々は、子供の頃、親が使っているのを見て、大人の象徴的に憧れたんだけど、今となっては、様々な遊び心を満たしてくれる楽しい筆記具だ。
ちなみに、朝ドラ「とと姉ちゃん」のOPに万年筆が映ってるんだけど、あれはプラチナの「バランス」っていう3千円の安いやつだったりする。
濃いめの青の本体に、金メッキのペン先・クリップ。見た目は一般的な万年筆のイメージだから高級っぽいけど、実は安いのだ。
天さんから「OPに万年筆が映ってるけど、何かわかるか?」と訊かれて、日本のメーカーに絞って探したら、30分で見付かった。
んで、Kさんのお店に行ったら、ちゃんと「ととペン」として売られてたので、買って父の日に天さんに押しつけた。あんまり使ってもらえてないようで、悲しい。
はまればはまるほど、次々欲しくなるのが万年筆の困るところなのよね。
あたしは、欲しい万年筆が出てくると、まず使い道を考える。そこで自分に言い訳できないと買えないんだよね。
本当に欲しければ、どんな言い訳でもしちゃうけど。デシモの限定色は、今回も見送った。ヴァイオレットは、紫が濃すぎて、金のクリップ・ペン先には合わない気がするから。
ちなみに。
ウルトラマンでもそうだけど、あたしは欲しいものは自分で作ってでも手に入れちゃう。
それは、万年筆も例外じゃなかった。
パイロットの「コクーン」というシリーズがある。
ペン先が鉄製の、3千円のお安いシリーズだけど、お洒落なデザインで、以前に衝動買いした。
ただ、中字で買っちゃったせいで、使いどころに困っていたのよね。形の都合で、長く書いてると手が痛くなるから、原稿書くのには使えないし。
そんな時、同じくパイロットの子供向け万年筆「カクノ」(千円)に、極細が発売された。
ネットで調べてみると、コクーンとカクノは、ペン先が簡単に交換できるらしい。
そこであたしは、カクノの極細を買ってきて、コクーンとペン先交換をしたのだ! ここ、自己責任になるから、安易に真似しちゃダメよ。失敗したら、両方ともパーだから。
カクノは子供向だけあって、ペン先に顔が彫ってあったりするんだけど、コクーンのペン先に顔があるのは、結構可愛いぞ、と。あんまりよく見えないけど。
仕事で、細い字が書きたい時は、コクーンを使ってる。細い字を書くのは短時間だから、コクーンでも手が痛くならないし。
そして、カクノの本体にコクーンのペン先が付くと、案外書き味がいい。
カクノの本体が安定した形だからかも。
この改造コクーンは、Kさんに自慢した。
Kさんは文具好きが高じて文房具屋さんに就職したような人で、万年筆も何本も持っているけど、そのKさんでさえ、ペン先の交換なんてやったことがないそうだ。
半分感心、半分呆れみたいな顔で、
「鷹野さん、すごいことしますね。今度、ネットで調べてみます」
なんて言ってた。
や、あたしだって、特にテクニックが必要なさそうだったのと、実質飼い殺し状態のコクーンだから試したんだからね? 最悪失敗しても、被害はこのために買ったカクノだけだから。
こんなハイリスクなお遊び、普通ならしないんだからね?
いや、ほんとのこと言うと、ヴァイオレットよりもピンク+イエローゴールドに心が動いたんですよね(^^)