17 さぷら~いずプレゼント2
「お母さん、千円以上で何か買う予定ない?」
文具屋に行くに当たって、翼がそんなことを言い出した、なんでも、2千円以上の買い物をすると500円引きになるクーポンがあるんだとか。
500円は大きいよね。ん~、セーラーでいい色のインクでもあれば買おうかとは思ってたし、まぁ協力してあげようか。
「ん~、この辺かなぁ?」
ここのお店には、インクのお試し用にペンが置かれている。透明の、安っちいペンだけど、各色のインクごとに1本ペンが用意されていて、試し書きして好きな色のインクボトルを買ってね、という仕組みだ。
安っちいペンだからか、すぐ乾燥しちゃって書けなくなってることも多いんだけど、なにしろインクのボトルだと試し書きするわけにもいかないから、こういうのがあるのはありがたい。
「雪明」という名前の、ちょっと薄めのブルーを選んで、翼とレジに行こうとしたら、天さんに呼び止められた。
「梓、このインク、なんだろう?」
見ると、「Herbin」と書かれたインクのボトルだった。
「知らないメーカーだね。なんて読むんだろ?」
ペンを載せるためと思しき凹みのあるボトルで、透けて見えるピンクっぽい赤のインクが綺麗。
「このボトル、いいよな。色も綺麗だし」
「そうだね。あ、店員さ~ん!」
馴染みの店員さんを呼び止めて聞いてみると、「エルバン」というフランスのメーカーのインクだった。そっか、フランス語だと「H」は発音しないんだっけ。
エルバンなら聞いたことがある。かなりメジャーなメーカーだよね。
「こちらが、限定のラメ入りインクでして、こっちが黒、こっちが緑です」
“ラメ入りのインク”!? そんなもの使えるの!? 詰まっちゃわない?
「そうですね、やっぱり万年筆だと詰まるのが怖いんで、ガラスペンで使う方が多いですね」
「ガラスペン用だって。天さん、持ってるよね」
「持ってる。いいな、緑か」
天さんは、緑系のインクが好きだ。
1年前のグリーンブラックのボールペンも、今でもほしそうな目で見てる。
ラメ入りの緑か。3400円もするけど、綺麗だろうね。
「来年の年賀状にでも使う?」
「まだ1月だぞ?」
「じゃあ、買わない? 限定だってさ。1本しか残ってないから、今買わないとなくなっちゃうよ?」
「む~~~~~~…」
「じゃあさ、ちょっと早いけど、あたしから誕生日のプレゼントにするよ。
翼、雪明戻してきて。こっち買うから」
「あれ、翼? なんで1人で清算してるの?」
「俺の方で千円の見付けたから」
「あれ? じゃあ、このインクは?」
「お母さん1人で買って」
「? あ、そう。じゃあ、誕生日用に、リボンつけてください」
そうして、天さんにちょっと早い誕生日プレゼントを買ったんだけど。
翌日。ダイニングテーブルのあたしの席に、ラッピングされた箱があった。
「天さん、インク片付けてよ」
「何言ってんだ、サイズ違うだろうが」
「ほえ?」
「翼からだよ。誕生日プレゼント」
なんとなく予想はしてたけど、やっぱり。
翼は、あたしが棚に戻すよう言った「雪明」を買って、リボンまでつけてもらってた。
去年のスーベレーンに続いて、今年もか。またしてもフライングだ。
あたしあてに千円のプレゼントなんて、頑張っちゃってさ。
「じゃあ、早速使ってみようか」
…あれ? なんか、色が薄い。薄いブルーどころか、薄い水色だ。こんなはずでは…。
「サンプル、もしかして乾いて濃縮されてた?」
「あ、これは薄いな」
仕方ない。せっかく翼が買ってくれたんだ、文句は翼の前では言わないようにしよう。
実は、その辺ちょっと不安だったから、天さんのプレゼントに乗り換えたんだけど、そこまで翼にはわからないよね。あたしも言わなかったし。
高校生で、親に千円の誕生日プレゼント買ってくれるっていう心意気を買おう。うん、そうしよう。
ラメ入りのインクだと詰まる
万年筆は「毛細管現象」という、細い隙間に液体が浸透する性質を利用してインクを出す。つまり、ラメがインクの通り道に引っかかると、インク詰まりを起こすおそれがある。可能性は低いが、なにせ万年筆は単価が高いから、冒険するのは度胸がいる。