表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「卅と一夜の短篇」

錫蒔隆・オブ・ザ・デッド(卅と一夜の短篇第11回)

作者: 錫 蒔隆

 私は追われている。私が書いては棄て、書いては棄ててきた小説たち……小説とは呼べぬようなレベル、闇に葬ってきたかばねたち。中学三年から書きはじめて二十余年、蓄積ではなく消費。データはパソコンの寿命とともに消えた。のこっていたノートに下書きしてあったものだけが、かろうじて生きのこっている。

 ドラクエの「ぼうけんのしょ」が消えたときのような、やり場のない怒りと絶望はなかった。「ま、いいか」という諦念だけだ。若書き、羞恥。文章は未熟、構成も杜撰。とても外に出せたような代物ではなかった。けれどそれら累々たる屍の上に、いまの私がある。書いては棄ててきた二十年ちかくは、けっして無駄ではなかった。また二十年くらい経てば、いまの私を恥ずかしく思うのかもしれないが。

 蘇るはずがない。なにしろ、データごと消えたのであるから。その一言一句は、私の記憶にすらのこっていない。


『カリガリズム ∞ 夢幻』

『狂人探偵ーMー』

『スピード・スター』

『理想ノ政治』

『ツミ』

『進化文学考』

『隧道に埋まる深淵』

『芭蕉闇行』


 ……名をおぼえているものだけでなく、名をおぼえていないようなものまで。ぞろぞろぞろと蘇り、私を責めたてるのである。

「どうして生かしてくれなかったんだ」

「なぜ殺したんだ」

 やつらは腐臭を纏いながら、私を指弾する。私はなんら、痛痒をおぼえない。私の脳髄からうまれでたものになじられたところで、良心の呵責などあるはずもない。その生殺与奪の権は、私が握っていてしかるべきものである。

 ある短篇小説賞のテーマに「幽霊」があって、私もそれに投稿した。『ほんとうにあった呪いのビデオ』のパスティーシュ作品を投稿したのだが、締切のあとで着想の遅蒔きを嘆いた。「いままで書いてきた小説たちの幽霊が出てくる短篇は、どうだったか」と。

 いま現実として、過去の作品たちが幽霊と化して私に憑く。幽霊と呼ぶには肉感的で、ゾンビと呼ぶには存在感を欠く。形而上と形而下のあいだのような。やつらの形象については、語らないでおく。ひとつひとつばらばらで、まるで統一感がない。やつらの姿について記すのは、おのが肛門を晒すかのような廉恥がある。その醜さは、私自身のものであるからだ。

 私は斧を手に取る。やつらをひとつひとつ、潰していかなければならない。私の黒い歴史を、白日のもとに晒しつづけるわけにはいかない。

 私は追われている……いや、私が追う。蘇ってしまったやつらを、つぎからつぎへと葬りさる。私はシリアル・キラー、裁かれることのない。私から離れたやつらを、この身に取りもどさなければならない。やつらを野放しにしておけば、蓄積を喪った私は書きつづけることができない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 解る! 解りますよそのお気持ち! 過去作のデータが消失した経験は私にもあるのですが、残念だということよりも安心したという記憶があります。 過去作は私にとっても羞恥の塊です、笑。
[一言] 自分は、書ききれなかったものたちはいつか続きを書けるかもしれない、人に見せられるレベルにしてあげられるかもしれないと、こっそり隅っこに取ってあります。 貧乏性なだけかもしれませんが。
[一言] いや、ホント。身に染みてわかります。 パソコン3台分がENDを迎えた時に、過去作もENDになっています。過去記録をとっておくという作業は一切していませんでした。あるのはネタ帳だけ。基本半年前…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ