Fa49012世界 ソレイユランド 【作戦】
私はアイ。
転生者クロイツの懐に、奴隷として潜り込んだ転生撲滅委員会のエージェント。
突然だが、私は頭があまりよくない。
だけどそれは自覚しているし、自覚さえしていれば変な過信によって大きな失敗をすることもないはずだと考えた。
だから、私の立てた作戦は、とても単純。
一、奴隷として潜り込む。
二、クロイツの信用を得る。
三、隙を見てクロイツを始末する。
行ってしまえば、これだけの作戦。
複雑な工程は何もなし。
変にひねったところで、うまくいかずに失敗するのは目に見えている。
ただ、成功率は悪くないと思った。
異世界で奴隷ハーレム。
間違いなく、男の夢だろう。
先生も、「まあ、うん、男の夢だよね、たしかに。」と言っていた。
……もしかすると、先生にもハーレム願望があるのかもしれない。
ともかく、それに加えてクロイツには前例があった。
クロイツの従者、リリーが元奴隷であることは有名らしく、つまり彼には奴隷を救った前例がある。
どうも噂に尾ひれがついている気はするけれど、噂によればクロイツは一つの奴隷館を強襲し、奴隷を片っ端から解放した挙句に目玉商品であったリリーをかっ攫ったのだとか。
そんなことをしたら、関係者を皆殺しにでもしない限りは報復に命を狙われ続ける生活になりそうなもので、あまり信用できる情報ではないのだけれど。
ところが作戦の第一段階、奴隷として潜り込むことは拍子抜けするほどにうまくいった。
「見ず知らずの人のためになんて、馬鹿です……馬鹿ですよ、クロイツ様……」
リリーのこの言葉を聞いた時には、「莫大な財産をなげうって救った人間が実はくせ者だなんて、アンタ本当に馬鹿ですよ!!」と、よほど言ってやりたくなった。
もちろん言い留まったけれど。
で、だ。
「私には、帰る場所も帰りを待つ人もありません。
どうか、おそばにおいてもらえないでしょうか。」
という具合に始まったクロイツとの生活で。
私は一日中、嘗め回すような視線を送られる。
時に寝室に呼ばれ、玩具のように弄ばれる。
従者であるリリーはクロイツに対してはただのイエスマンであり、私に逃げ場は無い。
そういう生活を、この作戦を立てた時点で覚悟していたのだ。
「大丈夫、何も話さなくていいですよ。
私もクロイツ様も、何も求めたりはしないから。」
「何かできること?
そんなものは今は考えなくていいって。
何よりもまず、元気になってもらうことが一番よ、マジで。」
しかし私の予想に反して、私は丁重にもてなされた。
この二人は、とにかく善良だったのだ。
ロクに物を知らないという私に、二人はまずこの世界のことを教えてくれた。
勇者が世界を駆け、モンスターが暴れ、悪党が陰謀を張り巡らせるこの世。
それぞれがそれぞれの野望を胸に、世界をめぐる戦いが始まろうとしている。
戦力は少なくともそれぞれが伝説を受け継ぐ、勇者を筆頭とする勇者一派。
数は多くそれぞれが異なった能力を持つ、魔王を筆頭とする魔物一派。
戦力規模も頭首も何もかも不明だが、第三勢力としてその存在だけは認識されている暗黒一派。
主だった三つの勢力が覇権を争うこの世界で、何を隠そうクロイツは勇者一派の魔法使いであるらしかった。
「勇者とは訳あって別行動中でさ。
俺たち勇者一派はイメージが大事だし、町の防衛がてら、いっちょ奴隷解放でも起こそうかなあなんて。
まあやってることはただの武力解決なんだけど。」
とは、クロイツの談。
勇者の正義的なイメージ=奴隷解放。
にもかかわらず実態は武力行使ということで、なんて安直で短絡的な、とは思った。
思ったけれど、どうもそれで少なくとも民衆からは一定の支持は得られているらしく、結果として彼はこの町の人気者だった。
「クロイツ様。
町の展望台より敵影確認、二体の魔物が接近中だそうです。」
「りょーかい。
軽く倒して、みんなを安心させてこよーか。」
また、クロイツが人気者である要因の一つに、彼の戦いぶりが挙げられる。
この世界の魔物という生き物は、まさしく「魔の物」、あるいは「魔の者」なのだ。
私がこの世界で初めて見た魔物は、体長3mを超える植物の化け物と、同じく体長3mを超える肉の化け物だった。
植物の化け物。
ひしめき合うどす黒いツタは獲物を求めるように生々しい動きで踊るようなリズムを刻み、ツタが絡み合ってできたような奇妙な体の隙間からは紅い2つの目が覗いている。
肉の化け物。
鮮やかなピンクの色をしたグロテスクな肉の塊に、目だけが何個もついている。
かと思えば己の肉を突き破り、もぞもぞと白くて細い触手らしきものが生えてくる。
「ぴぃぎ。ぴぎぃぃぎ。」
「ぐるぅぁぁぁぁーーう。」
どこから発せられているのかわからない、悲鳴のような雄叫びのような、とても不快な音。
リリーとクロイツの後について門を出て、それらを見、それらを聞いてへたり込んでしまった私をよそに。
クロイツは文字通り宙を駆け、両の手のひらから炎を生み出した。
「俺個人として恨みはないけど、悪い。死んでくれな。」
勢いよく放たれた炎は植物を焼き払い、肉の塊を焦がした。
嫌なにおい。
それでも魔物は止まらない。
「ぴぃ。」
「ぐる。」
迫りくるツタと触手。
けれどそれらはクロイツに届く前に、風の刃に切り落とされてしまう。
「炎がだめなら色々、かな。」
電気、氷、土塊、旋風。
それらが途切れることなく二匹の魔物に降りかかり、そしてついに沈黙させる。
華麗に、優雅に。
人々にとっての脅威を排除するその姿。
それが、クロイツがこの町の人気者である要因。
――これが、転生者クロイツか。
――これが、私が殺さなければならない男か。
強く、強く。
そう思わざるを得なかった。