Fa49012世界 ソレイユランド 【奴隷】
「おい、見ろよあれ。眼福だぞ眼福。」
「はー、美人な奴隷だこと。いったいいくら積んだんだか。」
僕はエージェントAa004。
転生撲滅委員会に属する者。
世界線を超えて、転生者を刈り取る者である。
「しかし趣味悪いねえ。わざわざ奴隷を見せつけるように白昼堂々と散歩だなんてさ。」
「いや逆だろ、趣味がいいと思われるためにやってるのさ、ああいう輩は。
どうだ見ろ、自分の奴隷は美しかろう!ってアピールしたいんだろうよ。実際に美人だろ、あの奴隷。」
ただし、今この場においてはそうではない。
僕は声を張り上げる。
「ええーい、やかましいぞ貧民ども!このカネモッチ様が通るのだ、道を開けろ!」
僕はカネモッチ王子。
辺境の地ドコカノン王国の次期王として擁立されし者。
国境を越えて、ふらふらと放浪する馬鹿者である。
……と、いう設定である。
ちなみに僕は今、手にリードを持っており、先の首輪には四つん這いの女がつながっている。
その女の髪色は僕と同じく黒で、女性にしては少し短い程度、顔立ちは整っている。
身長は僕よりも僅かに低く、見た目の歳は15前後といったところで……まあ、アイなのである。
「おまえももう少し早く歩かんか!
なんだ、その反抗的な目は!
まったく、ドコカノン王国につくまでにはそれ相応の態度を身につけさせねばならんな!」
内心では流石に多少の罪悪感・背徳感もあるが、それを表面に出さないように気をつけながら、僕はアイを足蹴にする。
ちなみに僕は質の良い高級な服にジャラジャラと装飾品を身に着け、いかにも金を持っていますという格好。
一方でアイは薄いボロ一枚という、いかにも奴隷ですといった格好をしている。
彼女の演技はなかなかのもので、反抗的な、けれどどこか諦念が混じったような目でこちらを見るといった細やかな動作を続けていた。
おかげで周囲からの目も、馬鹿な小国の王子と買われた哀れな奴隷というように映っているようだ。
「ところでどこだよ、ドコカノン王国って。」
「聞いたことねえよ。どうせ王子っつってもド田舎のお山の大将だろ。」
まあ当然、そんな王国は存在しないのだけれど。
と、悪趣味な散歩を続けているうちに、僕の視界にめあての人物が入った。
このタイミングだ。
上手く事が運びますように。
「舐めろ。」
「えっ。」
「余の靴を舐めろと言っとるのだ。
いい加減に、少しは自分の身をわきまえてみろ。」
言わば、これは一種のパフォーマンスだ。
できるだけ視線を集めて、できるだけ感情の矛先を自分達に向けさせる。
興味、軽蔑、期待、同情。
奇異の目で、道行く人々が僕とアイを見るのが分かる。
戸惑い、震え、そして諦めた様子を見せた後。
恐る恐るといった様子で。
アイは口を開き、僕の靴へと手を添えて――
「ちょっと待った!!」
男の声に阻まれて。
その舌が靴を舐めることは無かった。
……割って入ってきてくれると信じていたよ。
転生者、リリウム=クロイツくん。
あまりにも思い通りに行き過ぎてにやけてしまいそうになる顔を、必死で強張らせてクロイツへと向き合う。
「なんだ貴様は。このカネモッチ様に横から水を差しておいて、いったい何の用だ!」
「いやさあ、いくらなんでもこんな往来でそんなことされちゃあ見ていて胸糞悪いわけよ。
やりすぎじゃねえの?みんなドン引きしてるって。
アンタがどこのボンボンのお坊ちゃまか知らないけどさ。」
相変わらずヘラヘラとしたヤツだ。
しかし相手のことを小馬鹿にしたような態度は、自分の実力への自信の表れでもあるのだろう。
たとえ逆上されても、余裕で制圧できるといった具合に。
「黙れ貧民が。
これは金貨300枚で購入した、余の所有物なのだ。好きなように扱って何が悪い。」
当然嘘だけど。
そもそも奴隷風を装っているだけで、実際に奴隷市場は通していない。
「ふーん、そう。じゃあさあ。」
クロイツが袋を投げる。
重さを感じる音がしたかと思うと、中身の一部がこぼれ出す。
出てきたものを見て、ギャラリーの一部がざわついた。
「魔結晶。
しかるべき所に持っていけば、金貨600枚にはなると思うんだけど。
これで、その奴隷俺に売ってくんない?」
これは、驚いた。
僕の役目は、「アイをクロイツのもとに潜り込ませる」こと。
そのために芝居までうっているわけだけれど、まさかこんなにとんとん拍子に行くとは。
ヒロイズム、恐るべし。
……なんだけど。
気に食わないなあ。
要するに人の物に対して、「それをよこせ。金ならおまえが買った金の倍だってくれてやる。」という理屈なわけだ。
もうちょっとだけ、役になりきってやろう。
「足りんなあ。」
「は?」
「確かにこの奴隷は金貨300枚で買った。だがそれは300枚でも安いと思ったからだ。
もし余が売り手ならば、金貨900枚は要求する。
さらに貴様は余に不遜な態度をとった。
誠意として更に300枚。合計で金貨1200枚はもらわんとなあ。」
我ながらものすごいぼったくりである。
まわりの観衆からも、呆れ返っているのが手に取るように伝わってくる。
お。クロイツのヘラヘラした余裕面に、わずかながら初めて怒りの色がさしたぞ。
「じゃあつまり、1200枚分なら文句はないわけだな?」
最高にかっこつけたところに、嫌味ったらしくさらに法外な金額を吹っかけられたのだから、心中穏やかではないのだろう。
もう一つの袋を取り出して投げやったクロイツの姿は、半ばやけくそのようで滑稽に映った。
「望み通り、くれてやる。
だから、今すぐその娘を開放しろ!!」
この期に及んで格好をつけるのは一周回ってかっこいいのでは?とすら思えたが、なんてことはない、要するに引っ込みがつかなくなったのだろう。
「く……くくく。いいだろう。
くれてやる。取引成立、今からこの奴隷は貴様のものだ。」
我ながら胡散臭い笑い方をしながら、アイの首輪を外してせっせと袋を拾い、まとめる。
目的は果たした。
お役御免だ。
ざわつく観衆をかき分けて、退却。
「見ず知らずの人のためになんて、馬鹿です……馬鹿ですよ、クロイツ様……」
クロイツの従者リリーの、否定するようでいて心酔しきった声を背に、僕はその場を後にした。
金貨1200枚の使い道でも、漠然と考えながら。