Fa49012世界 ソレイユランド 【定番】
「訂正してください。」
「訂正ねえ。何を?」
「さっきの、クロイツ様への暴言をです。」
「まったく、アンタ奴隷なんだろう?なのに、お堅いねえ。
訂正させたいなら力づくでさせてみればいいじゃねえか。なあ?」
チンピラ一人、女が一人、それを見守る身なりのいい男が一人。
この三人が騒ぎの中心であるらしい。
途中から野次馬に加わったために詳細まではわからないが、どうも身なりのいい男あらためクロイツがチンピラに喧嘩を吹っかけられたらしい。
そこでクロイツの従者である女が腹を立てて口論を開始。
一触即発の雰囲気のまま、今に至るということだ。
「いいよ、リリー。
俺が売られた喧嘩だ。俺が買う。」
今まで黙ってチンピラと従者のやり取りを見ていたクロイツが、リリーと呼んだ従者を下がらせ前に出る。
「あー、そこのおっさん。
俺としてはさ、別に悪口言われようが構わないのよ、マジで。
まあそりゃね、喧嘩も買えないチキン野郎だの、女の前でいいカッコできないドーテーくんだの言われたのはちょっとだけ傷ついたけどね、ちょーっとだけ。」
相手のことを小馬鹿にしたような態度のクロイツ。
そんな態度に、チンピラは苛立ちを隠さず無言で近寄り、勢いよく胸倉をつかむ。
一方のクロイツは「ただ、そんなことよりも」と続ける。
「うちのリリーに向かって、奴隷呼ばわりは許せねえんだわ。」
瞬間、クロイツの体から紫電が走る。
「ぐっ!」
文字通りチンピラは膝をつき、首を垂れる。
突然のことに野次馬からも悲鳴が上がるが、周囲に害は一切及んでいない。
「すげえな、見たかよおい。」
「見た。超見た。
噂通りだよ、無詠唱。」
また、周囲からはいくつか感嘆の声が漏れる。
予備動作無く放つ魔術。
それはこの世界におけるステータスであるらしく、野次馬の一部はどうもこれを見るために集まっていたらしい。
「で。まだやりたいの?
お望みなら、死なない程度にいくらでも痛めつけてあげるけど。」
「は、ははは。
いや、実は俺は、うわさに名高いクロイツさんの実力を、間近で見てみたかっただけなんだ。
ホントさ信じてくれ、悪かった、勘弁してくれよ。」
まさに脱兎のごとく。
顔を真っ青にしたチンピラは、頭を下げると急いで逃げ出していった。
「クロイツ様、ありがとうございます。」
対照的に、クロイツのもとに駆け寄るリリーの顔は赤い。
傍から見るだけでも、好意を寄せていることがありありとわかる。
「リリーはお礼なんか言わなくてもいいの。
しかしまったく、俺らはなんでこうも面倒に巻き込まれるんかねえ。」
「あれ、クロイツ様、首元から少し血が。」
「ん?ああ、胸倉つかまれた時かも。」
「治しますね。」
声掛けと同時、リリーの手が光を帯び、クロイツの首元に触れる。
リリーが手をどけたとき、そこにはもう傷は無かった。
「さあ、帰りましょう。」
「ああ、帰ろっか。」
そして転生者と彼に付き添う従者は、野次馬などには目もくれずに帰路へとついた。
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「反吐が出ますね、あいつら。」
一連の流れを見届けた後、宿屋の一室にて。
開口一番、アイの辛辣な言葉に吹き出しそうになる。
「ちなみに、どこらへんが?」
「だって、さっきのを要約するとですよ。
いつもはヘラヘラしてる俺。
でも本気出したらTUEEEEEEEEEEE!!
今は理由あって元奴隷の美少女と旅してマス☆
なんだか受難体質で、今日もなんだかヘンな奴らに絡まれちまったよ。
ラクショーだったけど疲れちまった、やれやれだぜ。
……ってことになりません?」
酷い言いようだな、おい。
まあ、敵対する人物である以上、良い印象を抱かれても困るんだけど
「まあね。
自分たちの境遇に酔ってるんだろうと思うよ。
程度こそ違えど、誰だって持ってる一面さ。」
ただ、あの連中、特に転生者クロイツの気持ちも分かるのだ。
転生した先のファンタジー世界で、美女とともに日々を送る。
この世界では自分は才能に恵まれ、他者から嫉妬さえされる立場にある。
生前の彼がどうであったかは知る由もないが、間違いなく今の生活が楽しくてたまらないのだろう。
「それにしても、タイミングが良かったですね。
たまたま転生者がもめ事を起こしているところに出くわして、相手の手の内を知ることができるなんて。
これは私のエージェント生活、幸先いいですよ!」
「まあ、実はあれ、僕がけしかけたんだけどね。」
え?と。
つい先ほどまで浮かんでいた笑みが消え、きょとんとした表情でこちらを見るアイ。
美人なだけあって、こういう些細な仕草が絵になる……おっと、僕の言葉を待っているようだ。
「町の入り口で情報収集した時、一時的にだけど手分けして情報収集してたでしょ。
転生者の彼、クロイツ君。どうもちょっとした有名人みたいだったからね。
その時に何人か浮浪者に金を握らせて、見つけたらちょっと喧嘩吹っかけてくれって頼んでたんだよ。
できるだけ騒ぎになるようにって条件付きで。」
とはいえ、本当に実行してくれるか、探しているとはいえ上手く出くわすか、仮に騒ぎになったとして僕たちが見つけられるか。
問題は山積みで、結局のところはラッキーだった、ということになるんだけど。
「初対面の人間を雇って、様子を見る。一つの手だよ。覚えておくといい。」
「か、」
「か?」
「かっこいいです!先生!!」
例によって、アイは目を輝かせて僕を見る。
興奮しているようで、バンバンとベッドを叩いてさえいる。
悪い気はしない……というか素直に嬉しい。気を抜くとニヤニヤしてしまいそうだ。
正直なところ、弟子であるアイにいいところを見せたいがために種明かしをした面もある。
もちろん、アイのための技術提示が一番の理由ではあるが。
「ん、ありがとう。
じゃあ、今日、実際にターゲットを見たうえで、今後の作戦を立てようか。」
お世辞にも広いとは言えない部屋の中央、小さな丸机を挟んで改めてアイと向かい合う。
アイも切り替え、真剣な表情でこちらに目を合わせる。
こういう部分の素直さ・賢さもあって、アイには非常に好感が持てる。
良い弟子だ。
ただし、良い弟子と優秀な弟子はちょっと違う。
「最終的な目標は言うまでもなく、転生者クロイツの排除なわけだけど、そこまでの過程をどうするか。
はい、ここで質問。アイならどうする?」
「え、私なら、ですか?」
「うん、そう。
任務達成に役立つ技術なんかも大切だけど、僕はエージェントにとって何よりも大切なのは思考力、シミュレーション力の類だと思ってる。」
だからアイには研修の間に、できるだけ自分で考える機会を用意したいと思う。
研修が終わればエージェントは基本的に一人だ。
自分の考えで動き、責任を負う。当然、失敗には常に死が付きまとう。
「これが正解、なんてものは無いんだ。ゆっくり考えるといい。」
はい、とやや力なく返事をした後。
しばらく考えるそぶりを続けたアイは、申し訳なさそうに手を挙げた。
「ん?どした、質問?」
「はい。その……失礼かもしれないのですが。
作戦では先生も一つの駒として活用できるものと考えて良いのでしょうか。」
おお、いい発想だ。
「もちろん。その状況下で現実的に可能なことであれば、基本的にどんな要望にも協力するよ。」
もっとも、今回の世界において僕は凡庸な駒でしかない。
転生者どころかその従者にさえ正攻法では勝ち目がなく、仮にぶつかるとすれば何か策が必要となってくる。
しかもアイに至っては、この世界において必須である魔法の才能とやらがほぼ無いらしい。
……が、そのことについては今はあえて言及しない。
このことは当然、事前にアイにも伝えてあり、作戦を練るにあたって考慮するべき点である。
作戦の全貌を聞いてから、必要であればアドバイスを加えればいいだろう。
「ふぅー……先生、考えました。よろしくお願いします。」
アイが思考に費やしていた時間は、およそ5分くらいだったと思う。
恐る恐るといった様子で、けれど声はしっかりと力強く。
アイは自分の構想した作戦について説明を始めた。
「先生、私のご主人様になってください。」
……。
……。
……アイは、良い弟子だ。
「あの、もうちょい詳しく。」
そして、優秀な弟子かどうかは、まだちょっとわからない。