Fd27528世界 コンラート王国 【茶番】
剣が風を、そして肉を切る音。
血の匂い。
「ロウリー、時間を稼いで。」
「おう。任せろ。」
開けた視界。
仲間の声と、自分の声。
迫りくる異形の敵。
「わが魔力よ。形を成せ。仇敵を屠れ。ヴェントブレイド。」
響く詠唱。切り裂かれ、崩れ落ちる肉塊。高揚感。
……ああ、これこそが。
「ふう。ロウリー、お疲れさま。」
「ああ、お疲れさま。これで依頼達成だ。戻ろう。」
これこそが、ファンタジー。夢にまで見た、理想の世界だ。
◇
「それじゃあ、あらためて。おつかれさま。」
「かんぱーい。」
知らぬ者のいない大国家であるコンラート王国……の、片隅の田舎であるプリム領にて。
俺ことロウリーははぐれ魔獣討伐依頼の達成報酬を受け取った後、お世辞にも綺麗とは言い難い小さな酒場でささやかに祝杯を挙げていた。
はぐれとはいえ魔獣を倒せるものはこの田舎には少なく、それなりの報酬が入ったのだ。
「ん。これ、おいしい。」
目の前で早速つまみに手を出している女性、セラァとはここ一か月ほど行動を共にしているだけあって息も合い、お互いにずいぶんと気を許せるようになってきたように思う。
黒いローブに黒い帽子、いかにも「魔女です」という格好のセラァを初めて見たときにはうさん臭ささえ感じたが、流れの魔術師というだけあって実力は確かだった。
「なに。じーっと見て、どうしたの。」
「いや、今日もセラァのおかげで助かったな、と思ってね。」
「ふーん。ごまかされた気もするけど、そーゆーことにしておいてあげよう。」
ついでに、彼女は見目麗しい。
帽子から覗く長めの金髪と、この国の女性にしては珍しく俺と肩を並べられるほどの身長。
歳のほどは15歳前後といったところで、しかし性格はどこか大人びていた。彼女は見ていて飽きないような人で、些細な動作でも絵になった。
……まあ、率直に言うと、俺は彼女に惚れているのだ。
――カランコロン。
そんな俺たちをよそに、安っぽい音を立てて開かれた扉からまた一人、客が店内に入ってくる。
新しい客はカウンター席の僕らに近づくと、こちらに向かって軽く頭を下げてから俺の隣の席に座った。男だ。
その柔和な態度は好ましかったし、纏っている鎧が真新しいところを見るとどうも彼は駆け出しの冒険者らしく、なんだか微笑ましい。
「エールと、なにかつまみになるものを。」
男はこの辺りでは珍しい黒髪で、その顔立ちと短髪からか若いというより幼く見える。
エールを注文しているということは、歳は18を超えているのだろうが、少なくとも今年で25歳を迎える俺よりは年下だろう。
……少し失礼だっただろうか。
彼は値踏みするかのようなこちらの視線に気がついたようで、ぱちりと俺と目が合った。
「ああ、悪かったね。こんな田舎に冒険者が来るなんて珍しいなと思って。よければ、理由をうかがっても?」
「なるほど、そういうことでしたか。
実は僕、武者修行中の身なんですけど、はぐれ魔獣出没のうわさを聞きつけまして。
修行ついでに旅の資金になればと思ったんですが……どうやら先を越されたみたいですね。」
嫌な顔一つせず笑顔で答えた彼は、まっすぐにこちらを見つめてきた。
どうやら俺たちがはぐれ魔獣を討伐したことは、すでに知られているらしい。
なにせ小さな田舎のことだ。情報が回るのも、それを聞くのも容易かったのだろう。
「はは、まあね。とはいえ、俺たちは二人がかりだったんだけどな。俺、ロウリーと、こっちのセラァ。」
「どうも、セラァです。一人で魔獣討伐を受ける予定だったなんて、お強いんですね。」
「いえいえ、あくまでも修行の一環ですよ。どうしても無理そうなら、迷わず逃げだすつもりでした。……あ、申し遅れました、フォーといいます。」
彼、あらためフォーは名乗りながら頭を下げる。
冒険者、それも武者修行中となれば荒くれものが多いものだが、フォーはずいぶんと馴染みやすく、とても好感が持てた。
そしてそれはセラァも同じだったようで、エールを口に運びながらもフォーに対して柔らかい笑顔を向けていた。
「お待たせしました。こちらエールと、グリフォンの軟骨揚げになります。」
愛想のいい店員が、フォーのエールとつまみを持ってくる。
フォーと飲みかけのグラスを交わした俺たちは、しばらく会話に花を咲かせた。
話題の種としては、俺の生い立ち、セラァの生い立ち、そしてフォーの生い立ち。
とはいえセラァはあまり自分の過去は語りたがらない性分で、俺の脚色加えた苦労話やフォーの武者修行に至るまでといった話が中心だった。
「――僕は、どうしても強くなりたいんです。」
育ての親を殺され、復讐を誓ったのだというフォー。
この世の中、そういった生い立ちのものは決して珍しくはない。
珍しくはないが、僅かにエールの残ったグラスを強く握りしめる目の前の好青年に同情するのには、十分すぎる情報だった。
「……よし、俺たちが一肌脱ごうじゃないか。
強くなりたいというのなら、実践あるのみだろう?一人ではぐれ魔獣を討伐しようとしたんだ、俺たち二人がかりくらい相手にできないとな。」
気持ちの良い酔い方のせいか、少しおせっかいが過ぎたかもしれない。
言い終わって一瞬そう思ったが、グラスを置いたフォーは、真っすぐに俺と視線を合わせてきた。
「それは、ありがたい申し出です。実は僕からも、手合わせをお願いしたいと思っていたので。」
嫌みのない、しかし不敵ささえ感じられる笑みに、こちらも闘争心を煽られる。
そして横で、え、私も?というような表情を浮かべるセラァのことは、見なかったことにする。
彼女は根がお人よしなのだ。
呆れながらも、結局は一緒に付き合ってくれることだろう。
「それじゃ、場所を変えようか。」
「酔いは、いいんですか?」
「酔い覚ましのハッカの実があるさ。ほら、フォーも。」
「じゃあ、ご厚意に甘えて。ありがとうございます。」
そんなやりとりのもと、俺たちは酒場の代金を払い、平原へと歩みを進める。
そして目的の平原に近づくにつれて、誰ともなしに口数は減っていく。
戦いの前に、余計な言葉は必要ない。
俺も、彼も、もちろん彼女も。この弱肉強食の世界に生きる戦士なのだから。
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「準備は、いいな。」
「はい。いつでも。」
雲はなく、月は明るい。
障害となる物も無ければ人の気配もなく、横やりを入れる者もいない。
俺はセラァとアイコンタクトをとり、中段に剣を構えたフォーへと踏み込む。
「わが魔力よ――」
直後、背後からセラァの詠唱が響く。
目前、フォーには一瞬の動揺が見られ、隙が生まれる。
味方を巻き込むつもりか?と。顔に書いてあるようだ。
その隙を逃さず刺突を放つも、身軽な体さばきによって紙一重で避けられた。
ただし。
「――形を成せ。仇敵を屠れ。ヴェントブレイド。」
風の刃が俺を巻き込む形でフォーを襲う。
驚異的な跳躍を見せ、横っ飛びで風の刃を回避したフォーであったが、体制が崩れている。
詰み、だ。
「……その鎧、装着者への風属性の魔法を無効化するみたいですね。随分と珍しいものをお持ちで。」
「だろ?俺にはもったいないほどのもんだよ。それで、降参するかい?」
片膝をついたフォーの首筋に剣を当て、さらに背後ではセラァが万全の状態で待機している。
フォーの動きは決して悪くはなかったが、いかんせん俺たちの連携が大人げなさ過ぎた。
しかし卑怯とは言うまい。
「降参の前に、お二方に一つ、いいですか。」
片膝をついたまま。そして首筋に剣を添えられたまま、フォーは言い放つ。
「【転生者】は、どちらですか?」
転生者?と。口から言葉を出す間もなく。
何かが俺の頬を掠めて飛んでいき、背後でズブリと嫌な音を立てた。
そして先ほどまでの男と同一人物とは思えない、爽やかさを剥ぎ取った冷徹な声。
「ダメじゃないですか。
そんなに分かりやすく動揺しちゃあ。」
何が、どうなって、セラァは、いや……違う!
振り返るのは後だ!躊躇せずに剣を動かせ!確認はその後だ!
「遅いですよ。」
瞬間、腹部に重い衝撃。
さらに追撃。なすすべもなく、俺の意識は薄れて――
◇
目の前には、ロウリーと名乗ったやや親切な男。ただしすでに意識は無く、完全に沈黙している。
「――僕は、どうしても強くなりたいんです。キリッ。は、流石にちょっと恥ずかしかったかな。」
吐き捨てるようにボソリと呟いた後、フォーことエージェントAa004、つまり僕はセラァと名乗った転生者のもとへ近づく。
「ね。キミもそう思わない?転生者さん。」
返事はない。
返事はないが、死んではいない。
ただただ恐怖と苦痛の表情を浮かべて、こちらに顔を向けてくる。
「キミのことなんて全然知らないし、わからないけどさ。
考えてることならなんとなくわかるよ――なんで私がこんな目に?私はただ、この世界で、今度こそ必死に生きていこうとしていただけなのに――こんな感じでしょ?」
目には涙。
整った顔立ちであることも相まって、憐れみを感じさせるような姿ではある。
「でも残念。さようなら。」
――僕はエージェントAa004。
転生撲滅委員会に属する者。
世界線を超えて、転生者を刈り取る者である。