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八話

「カト~」


タトラの声が厨房の裏口から響く。


この食堂がある港町ツァトラツラは、王都に最も近く、交通の要衝であり、様々な食材が、ありとあらゆる国から持ち込まれる。黴臭い倉庫にも、ぼくの元いた世界からすると、あり得ない様なファンタジックな「食材」が所狭しと積まれ、闇に紛れて運ばれていく。闇ギルドの隠し倉庫と呼ばれる場所なのだ。


この狂瀾怒涛な異世界に落ちて来たぼくは、色々紆余曲折あって、この港町の片隅で小さな食堂をやっている。今では、ちょっと個性的な常連客も付き、慣れない食材と奮闘しながら、不断節季を心がけ、がんばっている。


「カトー、へいへいカトー。」


タトラがあんな伝法な声を出す時は、決まってくだらない食材を持ち込む時だ。ぼくは頭をガシガシ掻いて、仕込みの手を止めて、裏口へ振り向いた。


「今日のは何?」


仕入れ業者のタトラは、まだまだ駆け出しのいたずら心大盛りの女の子だ。大盛り過ぎて、限度知らない業者から洒落が利かない程のびっくり食材を仕入れて来る。そして反省しない。


うちの常連さんは、食事は何かの秘伝の術だと勘違いしてる人が多いので、とんでもない料理でもよく食べてくれる。だから普通の食堂が仕入れてくれないものを、よく押し付けられる。


「忍者の秘伝が使えるというウツセミライムって食材だよ。で、試しに仕入れてみたから、安く卸すよ?」


「ふーん。見た目は完全にスライムだな…。」


ぷにぷにとした外見は、まんま桃色のスライムで、意外にも包丁がしっかり入れられそうなほど弾力があり、加工は楽そうだ。


「まあいけそうな気がするよ。」


包丁で薄く切り取ると、センヤイというタイの幅広な米粉麺に似ている。味も癖はないので、麺料理にできるだろう。圧倒的にこの世界の食材に対する知識がないぼくには、日々勉強だと思っていろんなものを試すようにしている。タトラの持ってくるものは、時々悪ふざけが過ぎるけれど。


「ほんと?じゃあよろしく!」


そう言ってタトラは朗らかに手を振って出て行く。ぼくは早速、試しに一匹食べてみる事にした。


とりあえず、薄くスライスしてさらに細切りにし、麺状にして、オイスターソースと魚醤で炒めると、ふんわりと甘いコクのある匂いがする。食べてみると、プルプル、くにくにで、癖になる食感なのに、歯で噛むとぶつりと気持ちよく切れる。味は穏やかなクリームみたいで、ソースにはよく合った。油通ししたぷりぷりの海老と、キクラゲ、たっぷりのキャベツを入れて、手早く炒めパッタイ風の焼きそばにする。味はなかなか悪くなかった。


「…う?おおおおおお…。」


味見をしていると、日焼けの皮がふやけたみたいに、腕の皮膚がゼラチンみたいになって、ぬるり(・・・)とずれる。ぐっと力を込めると、そのままずるずると脱皮していき、そのまま首元からずるんと抜けると、抜け殻がふよんと立つ。見た目は肌色のスライムみたいな感触のゴム人形だ。造詣は安物のフィギュアのように甘く、輪郭はあいまいだが、表情はやけにはっきりしていてめちゃくちゃドヤ笑顔だ。なぜかムカついた。



-----


「きたじゃん~。」


ラムネを持ったカタリナさんが来たのは、ウツセミスライムが常連さんにウケている最中だった。カタリナさんは迷宮帰りで、今日の探索は大分遅くまで掛かってしまったらしい。いつもは入ってくる風呂が改装中らしく、ちょっと汗染みていたけれど、見た目が幼女なカタリナさんは、汗の匂いも薄く、ふわっと花のような香りがした。しかし、幼女といってはいけない。首の稼動域を広げたくない限り。


「おっ、今日も面白そうなもん出してんじゃんよ。俺ももらうじゃん。」


はむっ、ちゅるるっと啜り、もぐもぐと食べてしまった。


「へおおお、これは新感覚じゃん!」


ぎゅむむ、と両手のこぶしをにぎって、来るべき脱皮に備えている。


ぷるん


「うわあ!」


なぜか、服ごと(・・・)脱皮した。カタリナさんそっくりの服を着た、肌色のゼラチンの抜け殻がぷるるんといい笑顔で笑っている。当然抜け殻に服を奪われたカタリナさんは中腰の姿勢で下着、具体的に言うとパンツ一枚に、もっと具体的に言うと「べあ」と書かれたくまさんパンツ一枚の姿で、固まっていた。


「うむ、汗の成分が、ウツセミスライムと反応して、不思議潤滑剤になるようじゃな。」


抜け殻のほうを調べていたププルさんが冷静に分析している。


「本来、こっちの方が正しい使い方なんでしょうね。」


フランチェスカさんも隣でうんうん頷いている。確かに戦闘時に一瞬で入れ替わられると、空蝉の術っていえるかも知れない。


「それにしてもノーブラ派なんですね。」


僕も冷静に気になったことをいう。


「うふふふ。引っかかるところがないのに、付けても意味ないでしょ~?」


ルールルさんのつっこみに僕はなるほど、真面目な顔で頷いた。確かにつるぺただ。ドワーフって言う種族は授乳が必要ないのだろうか?


「お前ら言うことはそれだけかぁあ!」


僕が種族間の深遠な神秘に沈思していると、ぷるぷると震えていたカタリナさんが、真っ赤な顔で闘気を開放した。逃げ遅れた僕は、今日も今日とて吹き飛ばされた。


短編を投稿しました。よろしければ読んで下さい。

『我輩は吸血鬼である』

http://ncode.syosetu.com/n9065dc/

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