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五話

「カト~」


いつものように、タトラの声が厨房の裏口から響く。


この食堂がある港町ツァトラツラは、王都に最も近く、交通の要衝であり、様々な食材が、ありとあらゆる国から持ち込まれる。市場には、ぼくの元いた世界からすると、あり得ない様なファンタジックな「食材」がこれでもかと積みあげられ、王都やその他から来た商人に買い付けられ、町の外へどんどん運び出されて行く。食材の大商店街と呼ばれるのもあながち間違いではないのだ。


この天地驚愕な異世界に落ちて来たぼくは、色々紆余曲折あって、この港町の片隅で小さな食堂をやっている。今では、ちょっと個性的な常連客も付き、慣れない食材と奮闘しながら、日々試行錯誤でやっている。


「カトー、おーいーカトー。」


裏口から呼びかける声が明るい。タトラがあんな元気な声を出す時は決まって面白い食材を持ち込む時だ。ぼくは片腕をぐるりと回してから、仕込みの手を止めて、裏口のほうに振り向いた。


「何かいいもの仕入れてきたの?」


仕入れ業者のタトラは、まだまだ駆け出しながらちょっと夢見がちな女の子だ。口八丁手八丁の業者から、とてもドリーマーな食材を仕入れて来る。そして反省しない。


うちの常連さんは、食事は何かのエレクトリックパレードだと勘違いしてる人が多いので、とんでもない料理でもよく食べてくれる。だから普通の食堂が仕入れてくれないものを、よく押し付けられる。


「長年の夢がかなうって言う噂の、すごくおいしい食材だよ。これは。」


そう言ってタトラが見せたのは、黒光りするブロッコリだった。そして「メ゛ェーガァァァー」とまるでコンピュータで作ったかのような声を出している。てか、ちょっと慣れたけど野菜が声を出すのはデフォなの?


「なにこれ?」


「ンガZっていうちょっと夢のある食材らしいんだけど、試しに仕入れてみたから、どう?」


「ふーん。まあ使ってみるよ。」


圧倒的にこの世界の食材に対する知識がないぼくには、日々勉強だと思っていろんなものを試すようにしている。


「じゃあよろしく!」


そう言ってタトラは朗らかに手を振って出て行く。ぼくは早速料理を試作してみることにした。


ダイダイ海老のいいのがあったから、それと合わせてマヨネーズ炒めにする。片栗をつけた大きな海老をぷりっと素揚げにして、大蒜、唐辛子をフライパンにいれ、さらに茹でたンガZとあわせて、強火で炒める。マヨネーズと卵黄を入れて軽くあおったら、出来上がり。見た目的には黒、オレンジ、白でなんかかっこいい。一口食べると、滋味というか、旨さが口いっぱいに広がって、飲み込むとなんだかよくわからないものが身体の奥からこみ上げてくる。


「うぅぅぅぅぅぅっ!!」


おもわずうなり声が出る。それでもこみ上げてくるものが止まらない。


「うおおおおおおおおお!」


我慢できなくなって両手を思いっきり突き上げた!


「ファイアーーーーーー!!!!」


どーーーん


叫んだ途端、右手がものすごい勢いで飛んでいった。…こ、これはロケットパンチ!あわてて右手を拾いにいくけど、断面はよくわからない肌色になっている。おそるおそる断面同士を合わせると、あっさりとくっついた。ほっと一息つく。


…これはうーん、いいなのかな。どうなんだろうな。異世界にまだまだ馴染んでいない僕には正解がわからない。たしかに夢はあった、きらきらした忘れ難かった夢が。追い求めた夢が。元の世界で超合金のばね仕掛けのロケットパンチでいつまでも遊んでたことを思い出した。まさか生身で体験できるとは思わなかったけど。異世界ってすごい。色んな常識の物差しがあるのだから、郷に入りては郷に従うべきなんだろう。


-----


「んふ、こんばんわ」


「あー、いらっしゃいませ」


今日の一番乗りは、淫魔族のルールル・ルシエールさん。娼館のオーナーだ。淫魔族だけど、お客さんは取ってないのか、ほぼ毎晩やってきて、うちで大騒ぎしている。店に入ってすぐ、コート掛けに掛けた紫色のローブはゆったりしていて、ルールルさんの緑色のストレートの髪によく合う。けれど、ローブを脱いだ下はエロティックボンバーだ。ほぼ肌色とアクセサリのきらきらと、紐しかない。痴女真っ青のおまわりさんこっちです的なミシミシ。


「いだだだ、アイアンクローは止めでぐださい~」


「んふふ、なんだか悪口言われてた気がしたわ~」


「ごめんなざい。」


人の機微を感じることのできる、繊細でとってもすてきな女性(ひと)なのだ。はじめて見て鼻血を吹いて目を回して以来、事あるごとにからかわれている。この人には頭が上がらない。暴れん坊の方の頭は上がりっぱなしなんだけど。


なんだかんだ他の常連さんも来て、今日のお勧めに試作した炒め物を出してみた。そしてなんだかんだ好評だった。


ププルさんは足を飛ばしてケタケタ笑って喜んでいる。カタリナさんはなんと上半身を飛ばして、パチンコ玉みたいに店の中を縦横無尽に跳ね回っている。フランチェスカさんは右手をそおっと僕に飛ばしてきて、みんなに見えないところで手を繋いできた。ちょっとどきどきした。ニャルラさんは両手両足を飛ばしてしまって、動けずに途方に暮れている。


「うふふふふ!カトー!」


「なん…おぶふっ!」


ルールルさんの声に振り向いたら、おっぱい(・・・・)が飛んできた。視界と呼吸器官がぷるんぷるんしたもので覆われる。うん、なんていうかね。本能に訴える感触だった。考えるんじゃない、感じるんだっていう言葉を作った人の気持ちがなんとなくわかった。ぼくはまた一歩確実に大人の猥談を上ったんだ、吹き飛ばされて気持ちよく気絶しながら。悔いはない。


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