四話
「カト~」
タトラの声が厨房の裏口から響く。
この食堂がある港町ツァトラツラは、王都に最も近く、交通の要衝であり、様々な食材が、ありとあらゆる国から持ち込まれる。検閲待ちの大門の傍らにも、ぼくの元いた世界からすると、あり得ない様なファンタジックな「食材」がこれでもかと積みあげられ、町の中へどんどん運び込まれて行く。食の盛宴場と呼ばれるのもあながち間違いではないのだ。
この驚天動地な異世界に落ちて来たぼくは、色々紆余曲折あって、この港町の片隅で小さな食堂をやっている。今では、ちょっと個性的な常連客も付き、慣れない食材と奮闘しながら、日々暗中模索でやっている。
「カトー、ねっねっカトー。」
裏口から呼びかける声があやしい。タトラがあんな焦った声を出す時は決まって難しい食材を持ち込む時だ。ぼくは目頭を揉んでから、仕込みの手を止めて、裏口のほうに振り向いた。
「何か珍しいもの仕入れてきたの?」
仕入れ業者のタトラは、まだまだ駆け出しながら若干意識高い系の女の子だ。普通の食材は甘えとばかりに、どこから見つけてきたかわからない業者から、とてもハードルの高い食材を仕入れて来る。そして反省しない。
うちの常連さんは、食事は何かの修行だと勘違いしてる人が多いので、とんでもない料理でもよく食べてくれる。だから普通の食堂が仕入れてくれないものを、よく押し付けられる。
「扱いが難しいんだけどね。すごくおいしい食材だよ。これは。」
そう言ってタトラが見せたのは、たっぷりの茸だった。マッシュルーム、えのき、シメジ、エリンギ、見た目はそんな元の世界の茸っぽいけど、まるでこの世の全てに恨みがあるかのように怨嗟の声を出している。てか、どっから声が出てんの?
「なにこれ?」
「ホーランっていう国で、たくさん輸出されている耐性茸っていうちょっと癖のあるシリーズ食材なんだけど、向こうでは冒険者に大流行で、品薄なんだって。で、試しに仕入れてみたから、どう?」
「耐性茸?」
聞きなれない食材の名前に思わず聞き返した。
「そうそう、味は美味しいんだけど、変わっているのは、食べるとステータス異常がかかるんだよ。で、その後ケロッと直るから、各種耐性を上げるのにいいんだって。」
「……。」
なんともまあ、僕にとっては非常識な話だ。お客さんに出すものに、ある意味毒になるようなものを出すのはどうなんだろう。でも最終的に向こうにはメリットが残るわけだし、いいのかな。うーん、どうなんだろうな。異世界にまだまだ馴染んでいない僕には正解がわからない。色んな常識の物差しがあるのだから、郷に入りては郷に従うべきなんだろう。
「向こうでも品薄だから、人気のある耐性は無理だったんだけど、その分種類を確保できたんだよ。やっぱりこういう流行食材をきちんと確保できるのも、いろんなコネを普段から作ってるからなんだよね?」
そういってドヤ顔をするタトラが若干うざい。まあ、いいや。ププルさんやカタリナさんが面白がって食べてくれるだろう。客の潜在的ニーズを提供できるというのも、できる店主の証明だからね?(`ー´) ドヤ
それに圧倒的にこの世界の食材に対する知識がないぼくには、日々勉強だと思っていろんなものを試すようにしている。
「で、どんなステータス異常があるの?」
「ええっとね…。」
といいながら、メモを見つつ教えてくれたのはこんな感じだった。
・マッシュル(筋力ダウン)
・エレキ(電撃)
・ツメジ(爪撃)
・エリンジュウ(即死)
「いやいやいやいや!」
最後おかしいでしょ!ステータス異常じゃないよね!ぽっくり逝ってるよね!爪撃ってのもちょっとツッコミたいけど、このファルコンミサイルみたいな最強感には敵わない。
「即死っていっても、ちょっとだけ心臓が止まるだけみたいよ?」
「一寸だけでも止めたくないよ!」
最終的にエリンジュウだけ突っ返そうとしたけど、セット販売は譲らなかったので、渋々買い取った。確かに即死耐性なんて有用そうだし、みんな悪ノリして食べてくれそうだけど、その前に味見しなきゃいけないんだよな…。
「じゃあよろしく!」
そう言ってタトラは朗らかに手を振って出て行く。ぼくは溜息をついて、茸の味見に掛かった。
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「あ、いらっしゃいませ。」
「…どもニャ。」
この人は、ニャルラ・ト・ニャルラさん、いつもいつの間にか隅っこに座ってる、猫人族の最近来始めた常連さんだ。
大騒ぎするププルさんやカテリナさんと違って、大人しく静かに飲んでくれて、いつの間にか居なくなる。
この食堂は本来、前金注文制なのだが、大騒ぎして飲む人たちには、まどろっこしいのが面倒らしいので、小料理屋っぽく、カウンターに大皿をいくつか置いて、勝手に食べたいものを持っていってもらっている。無駄に高性能な広めのカウンターは、よくわからない複雑な魔法陣が仕込まれていて、いつまで経っても熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいままである。このおかげで、つくり溜めができてお客さんが少ないこともあり、よく厨房から引っ張り出されて宴会に付き合わされる。
あんまり食堂としてどうかと言うところもあるけど、異世界に身一つで落ちてきた身としては、家族みたいに接してもらっているし、堅苦しくない雰囲気が、そんなに悪くないと思っている。時々過激になるのは仕方がない。こっちの世界の文化も知らないし、種族だって違うのだ。支払いは毎回十分なほどの金貨を置いていくので、足が出るようなことはない。
ニャルラさんは毎回律儀に前金で払って注文してくれる。ふうふう冷ましながら、赤牛スジの煮込みを米酒でちびちび食べるニャルラさんを見て、きっときっちりした人なんだろうな、とほっこりする。
今日の茸はたっぷりのチーズをかけて、種類ごとにキッシュにした。みじん切りの玉ねぎの甘さと卵とチーズのコクが、其々の茸によく合う。くにくにとした食感がアクセントになって、飲兵衛の常連さんに赤ワインとともによく売れた。
ププルさんはエレキが気に入ったみたいで「あばばばばば」とか言いながらたくさん食べている。よく意識を保っていられるものだ。
カテリナさんはマッシュルでダウンした筋肉でどうにかお店の椅子を破壊しようとしている。「んぉおっ」とか「おふぅ…。」とか「へぁあ!」とか相変わらずなんとなくエロい。でも壊さないで下さい。直接言う勇気など、もちろんないぼくは心の中でそっと祈る。でもあれ試食した時、ぼくは指先一つ動かせなかった。筋力ダウンって言うけど、体感で1%以下にまで下がると思う。平気で暴れているカタリナさんが恐ろしい。
フランチェスカさんはエリンジュウを試したいと、なぜかぼくが膝枕することになった。横になったフランチェスカさんに、スプーンでキッシュを掬って食べさせる。ふるふるとした唇にぞくっとしたけどがまんがまん。今暴れん坊に元気になられると、光の速さで社会的に死ねるからね。フランチェスカさんに冷たい目で見られたら、精神的ダメージで明日の仕込みはできないかも知れない。おぅふ、もぞもぞ頭を動かさないでほしい。わざとじゃないよね?かくん、傾いた頭を支えながら、うなじがきれいだとか、まつげ長いなーと思っていたら、壊せないことに苛立ったカテリナさんから、椅子が飛んできた。フランチェスカさんを傷つけずに、きっちり自分だけ吹っ飛んだのは誰かにほめてほしい。
◇ニャルラ視点
今日も連中は大騒ぎしているニャ。その割にやっぱり隙は少ないニャ。
あたしは盗賊ニャルラ・ト・ニャルラ、ニャ。由緒正しい無貌の盗賊、這い寄る隠遁、狙った獲物は逃がさないと、同業者から一目置かれてるニャ。
最近見つけたこの食堂は、一見わからないけどお宝の山だったニャ。
その辺の椅子やテーブルはなんだかわからない材質に、更に高度な強化の術式を掛けているみたいで、めちゃくちゃ頑丈なのニャ。これを鍛冶屋に持ち込んで武器や防具にしたらとんでもないものになりそうニャ。
ただ、店の外に吹っ飛んで通行人のアダマンタイトの鎧を真っ二つにして以来、店の外に出ると店の中に転移で戻ってくるようになったので、持ち出せないのニャ。
あとカウンターに設置されてる魔法陣も規格外ニャ。伝説でしか聞かない時間停止の魔道具かのように、何時迄も料理が冷めたりしないし、味が落ちないのニャ。竜人の客が、擬似的にエントロピの移動を禁止する術式だから時間が止まってる訳ではない…とか良くわからない説明をしてたニャが、飲食店や物流業界に売り込めば、億万長者になれるニャ。
他には冷凍、冷蔵、加熱コンロ、オーブンなど、調理器具がすごい魔道具ニャ。こいつらだけでも数年遊んで暮らせるニャ。
どれも据え付けだから盗めないんだけどニャ。
そんなものを勝手に作って設置しているのが、食堂の客なのニャ。毎晩はた迷惑に騒ぐバカ共ニャけど、人外ぞろいで、まごうことなきカーストの頂上付近の人間ニャ。その証拠に、むちゃくちゃ金払いがいいニャ。だから今は、その溜め込んでる店の売上を狙っているのニャ。にゃふふ、この大怪盗に隙を見せたら明日から素寒貧なのニャ。
あれ?こんなおつまみ頼んだかニャ?まあいいニャ。どうせいつもの親切でお人よしな店主のサービスニャ。……、うまーーーーーーーいぃニャ!この料理の腕だけは認め、シビ、シビビビビビビビビれるニャ?!なんニャコレレレレレレレレ?!やばいニャ?まさかわざと隙を見せておいてアババババババ、アチシの賞金狙いだったのニャ?!きっとそうニャ!おかしいと思ったニャ。
くっ悔しいけど、今日のところは下見ってことにしてやるニャ。撤退するのニャ。アチシは痺れの残る身体を引きずって、店から逃げ出したニャ。
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