二話
「カト~」
タトラの声が厨房の裏口から響く。
この食堂がある港町ツァトラツラは、王都に最も近く、交通の要衝であり、様々な食材が、ありとあらゆる国から持ち込まれる。港には、ぼくの元いた世界からすると、あり得ない様なファンタジックな「食材」が所狭しと積まれ、いづこかへ消費されている。王国の台所と呼ばれる場所なのだ。
このはちゃめちゃな異世界に落ちて来たぼくは、色々紆余曲折あって、この港町の片隅で小さな食堂をやっている。今では、ちょっと個性的な常連客も付き、慣れない食材と奮闘しながら、一所懸命に切り盛りしている。
「カトー、ねえねえーカトー。」
裏口から呼びかける声がしつこい。タトラがあんな興奮した声を出す時は、決まって珍しくて持て余す食材を持ち込む時だ。ぼくは息を大きく吸い込んで、仕込みの手を止めて、裏口に向かった。
「今度の仕入れは何?」
仕入れ業者のタトラは、まだまだ駆け出しの冒険心旺盛な女の子だ。旺盛過ぎて怪しい業者から冒険心いっぱいの食材を仕入れて来る。そして反省しない。
うちの常連さんは、食事は何かのエンターテイメントだと勘違いしてる人が多いので、とんでもない料理でもよく食べてくれる。だから普通の食堂が仕入れてくれないものを、よく押し付けられる。
「私も見たことないとっておきの食材だよ。これは。」
そう言ってタトラが見せたのは、魚用の桶に入った一抱えほどもある魚だった。顎はしゃくれていて、目つきがとても悪い。ふてぶてしさが全体からにじみ出ている。てか、見たことないものを仕入れてくるな。
「今度は爆発しないよね?」
思わず疑念の気持ちが言葉に漏れた。
「しないしない。ウォトカサーモっていうちょっと癖のある食材だけど、サーモと同じように調理すればいいって。ウォトカ連邦って所では酒飲みにはたまらない食材みたいよ。で、試しに仕入れてみたから、安く卸すよ?」
「ふーん。じゃあグラタンにでもしてみるかな…。」
サーモってのは鮭に似た魚だ。ってか、ほぼ鮭。鱗が硬いけど、調理方法もあんまり変わらない。
桶には三匹ほどが入れられていて、元気に泳いでいる。これくらいなら売れなくても賄いにしちゃえばいいし、圧倒的にこの世界の食材に対する知識がないぼくには、日々勉強だと思っていろんなものを試すようにしている。タトラの持ってくるものは、時々悪ふざけが過ぎるけれど。
「ほんと?じゃあよろしく!」
そう言ってタトラは朗らかに手を振って出て行く。ぼくは早速、試食用に一匹捌いて焼いてみる事にした。
とりあえず、半身に卸して切り身にし、軽く塩を振ったら、バターでソテーしてみる。食べてみると、しっとりしていて、脂のコクがバターとよくあう。けれどじゅわっとあふれた旨みは、強い酒精の香りがして、喉を通ると胃の辺りがかっと熱くなった。
「これ、アルコール…?」
思わず桶を見るけど、元気に泳いでいる。お酒に漬けたわけじゃないのに、酒精の成分がある。しかも熱で飛ばないみたいで、試しにカリカリになるまで焼いてみたけど、しっかりと蒸留酒のような痺れが舌に残った。まるで、摘まみとお酒を一緒に口にしたみたいだ。さっきのタトラの言葉を思い出す。酒飲みにはたまらない…。うーん、そうなのかな。どうなんだろうな。異世界にまだまだ馴染んでいない僕には正解がわからない。色んな常識の物差しがあるのだから、郷に入りては郷に従うべきだろう。
お通しに少し出してみて、反応を見よう。
固めのベシャメルソースを作って、半生にソテーしたウォトカサーモの切り身と、マカロニを入れて和える。耐熱皿にソースを敷いたら、その上にパン粉とチーズをたっぷりとまぶす。オーブンに入れて程よく狐色がついたら、格子状に切って、ピンチョスっぽくした。これをパンのスライスに乗っけて、お通しとして出してみる。
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「うまいのじゃ!」
今日も一番乗りのププルさんには、極めて好評だった。
うちの常連さんは飲兵衛が多く、酒量も多い。当然お通しの量ではププルさんには足りないようで、大きな耐熱皿を抱え込んで木匙で掬いながら、白ワインを空けている。その他の常連さん達にも、概ね好評だった。
「あ゛ぁ゛-。風呂上りのラムネは格別じゃんねー。」
そう言いながらカラカラと引き戸を開けてお店に入ってきたのは、カテリナ・ナトルルさんていうドワーフ。見た目は超幼女。だけどそれを言うと、体が縦回転するほど殴られる。バク転やバク中ができない人も、その景色を二周ほど体験できる。意識があればだけど。愛くるしい名前と見た目に反して、超バイオレンス。ヤンキーオブヤンキー、ヤンキングなのだ。
「おっ、今日は旨そげなお通しだしてんじゃんよ。俺も一口もらうじゃん。」
「あっ」
止めるまもなくお通しをはむっと齧り、もぐもぐと食べてしまった。
まずい。これはまずい。常連さんたちはすでにさりげなく距離をとっている。どの人も手錬れだが、さすがに近接戦ではカタリナさんに分がある。ぷにぷにのお肌に隠された筋肉は伊達ではないのだ。
ラムネの瓶が握りつぶされる。ああ、隣の駄菓子屋のナーサさんところに返せば、10シリンの駄菓子がもらえるのに。あとでビー玉だけ回収しよう。
「んんんんんんんん……!!んほぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
漏れ出る声はどことなく18禁だけど、白目は剥いてない。その代わり、つやつやの金髪は逆立ち、ぼんやりと光っている。
カタリナさんはドワーフなのに、お酒が一滴も飲めない。その代り、飲んでしまうと意識を失い、一定時間だけ、古代に死に絶えたという超ドワーフになってしまうのだ。どこかで見た設定だけど、そういうことなのだ。
幸い、この食堂は度重なる常連さん達の暴虐の過去により、そうそう壊れることがないように、常連さん達自らの手でとても頑丈に建て直し続けてられている。壊れるたびに強化されるので、もはやそこら辺の砦より頑丈だ。ただし、店員は除く。
やる気満々の常連さん達がそれぞれの武器を構えて取り囲む。厨房に逃げ込みたかったけど、あっという間に嵐のような攻撃魔法と、津波のような衝撃波が吹き荒れて、ぼくは意識を失った。
とりあえず5話ほど作成しました。気に入っていただけたら、評価、ブクマ頂けるとうれしいです。