十話
「カト~」
タトラの声が厨房の裏口から響く。
わが食堂がある港町ツァトラツラは、王都に最も近く、交通の要衝であり、様々な食材が、ありとあらゆる国から持ち込まれる。近所の何気無い食卓にも、ぼくの元いた世界からすると、あり得ない様なファンタジックな「食材」がこれでもかと供されており、街の人々の日々の糧として消費されていく。世界の夕餉と呼ばれたりする場所なのだ。
この山紫水明な異世界に落ちて来たぼくは、色々紆余曲折あって、この港町の片隅で小さな食堂をやっている。今では、ちょっと個性的な常連客も付き、慣れない食材と奮闘しながら、困知勉行で頑張っている。
「カトー、あの、カトー。」
タトラがあんなやる気なさそうな声を出す時は決まって出し渋っている食材を持ち込む時だ。ぼくはぐっと腕の筋肉を伸ばして、仕込みの手を止めて、裏口のほうに振り向いた。
「今日はどんなもの?」
仕入れ業者のタトラは、まだまだ駆け出しのおしゃれにも興味深々な女の子だ。売り文句を流れる様に喋る業者から、眉唾ものの食材を仕入れて来る。そして反省しない。
うちの常連さんは、食事は何かのテレネットショップだと勘違いしてる人が多いので、とんでもない料理でもよく食べてくれる。だから普通の食堂が仕入れてくれないものを、よく押し付けられる。
「ツヤツヤッタケって言うんだけど、女性が涎を垂らす事間違いなしの食材なんだ。」
そう言っていかにも嫌そうにタトラが見せたのは、テッカテカの茸だった。形は普通の小ぶりの茸にムキムキの腕が生えている。表面は油を塗ったようにテカテカと光っていて、ケタケタ笑い声がする。いまさらなので驚かない。
圧倒的にこの世界の食材に対する知識がないぼくには、日々勉強だと思っていろんなものを試すようにしている。このくらいの見た目には、あんまり驚かなくなったものだ。
「じゃあ引き取るよ。」
「じゃあ、…よろしく。」
そう言ってタトラはいかにも勿体無いという様に俯いて、手を振って出て行く。ぼくは、試食のために七輪に網に置いた。新鮮な茸は、炙って醤油をかけて食べるに限る。ちりちりと炭が音を立てて茸を熱したら、日焼けするみたいに茶色くなった。醤油を垂らすとしゅわ〜っと小さな音がして、香ばしい香りが漂う。
「へえ、おいしい。」
肉厚な傘は噛むとぶりりと歯応えがあってジューシーで、旨味を含んだ汁が醤油とあわさって、口の中で堪えられないスープになる。なかなかにおいしい。
「うお、何じゃこりゃ。」
しばらくすると、じんわり肌が暖かくなって、小麦色でテカテカになる。まるで、ボディビルダーかAV男優みたいに。うーん、女性垂涎かな?ギャルって感じだけど。ありなのかな。うーん、どうなんだろうな。異世界にまだまだ馴染んでいない僕には正解がわからない。色んな常識の物差しがあるのだから、郷に入りては郷に従うべきだろう。
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「店主、それはどうしたのじゃ?」
暖簾を出して店に入ると、後ろから声がかかった。振り返ると目の前にププルさんが居た。超近い。お互いの鼻がくっ付きそうな程顔が近くにあって、思わず声を出した。
「わあっ、びっくりした。」
ププルさんは竜人だ。陶器のような白い肌に少し青白く鱗が透け、紅い髪に紅い竜眼が魅力的で、出し入れ出来る角で炎と雷を操る美女だ。
「テカテカじゃと……?」
マジマジと僕の顔を眺めていたププルさんが羨ましそうに呟く。心なしか、目が血走っているように見える。僕の両肩を抑えて、がくがく揺さぶりながら焦れた様に問い詰めて来た。
「それはどうやったんじゃ?テカテカつやつやに光っておるぞ。いいのう。その秘密を教えて欲しいものじゃ。ちょっとぐらいいいじゃろ?妾と店主の仲じゃし。ほら、先っぽだけ、先っぽだけでいいから!」
竜人は、マグマに浸かり、噴煙で顔を洗ったという竜の末裔と言われている。その伝承が正しいかどうかは知らないけど、ププルさんは日焼けというものをしないらしい。まあ、紫外線ごとき、ということなのだろう。けれど、種族の特性として、鱗の美しさが美貌の判断に加点される。鱗がピカピカしている程、美しいとされ、少し浅黒い肌の方が、鱗の透けが綺麗に見えるのだそうだ。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい。その、尻尾!ゆらゆらしてどうするつもりなんです!教えますから兎に角落ち着いて!」
あの尻尾を先っぽだけどうするつもりなのか。ッアーー!なんて叫びたくない僕は、必死にププルさんを宥めた。しかしガングロギャルが綺麗だなんて、価値観は様々だ。種族の壁と言うのは高いのだな、と関係ないことを思う。
遅れてきた常連さん達が揃った頃、ププルさんは無事ガングロギャルになってご満悦だった。確かにピカピカと輝く鱗は陰影がはっきりして、綺麗なグラディエーションを描いている。そしてなんとなくエロい。ガングロギャルというよりガングロビッチだ。続いてカタリナさんが犯罪的な黒ロリビッチになり、フランチェスカさんが、背徳的な清楚系日焼けビッチに。うん。竜人という種族は、素晴らしい価値観を持っている。一緒にいい酒が飲めそうだと思った。
「これ全部黒くならないじゃん〜。」
不満気なカタリナさんが、ゆるゆるの襟元をぐいっと無防備に開いて胸元を見せる。そこはスクール水着跡に真っ白く日焼けせずに残っていて、何というかエロチックだ。この前ので学んだのか、ピンク色のポッチはバンドエイドで隠されている。うーん、それはマニアックだな。悪くないけど。ということは、他の人もビキニ型とか色々いやらし…興味深いかたちで残っているのだろうか。しかし、不用意に覗いていた僕に気付いた、顔を真っ赤にしたカタリナさんに、記憶が飛びそうになる程吹っ飛ばされたため、それを確認することは出来なかった。
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