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一話

「カト~」


困りきったというような声が厨房の裏口から響く。


この食堂がある港町ツァトラツラは、王都に最も近く、交通の要衝であり、様々な食材が、ありとあらゆる国から持ち込まれる。港には、ぼくの元いた世界からすると、あり得ない様なファンタジックな「食材」が所狭しと積まれ、いづこかへ消費されている。王国の胃袋と呼ばれる場所なのだ。


少し前にこの世界に落ちて来たぼくは、色々紆余曲折あって、この港町の片隅に小さな食堂を構えた。今では、ちょっと個性的な常連客も付き、慣れない食材と奮闘しながら、なんとかかんとかやっている。


「カトー、ねぇーカトー。」


裏口から呼びかける声がしつこい。タトラがあんな声を出す時は決まって厄介ごとを持ち込む時だ。ぼくはため息をついてから、仕込みの手を止めて、裏口を半目で睨んだ。


「今度は何の仕入れを失敗したの?」


仕入れ業者のタトラは、まだまだ駆け出しの元気で快活な女の子だ。元気過ぎて色んな業者からよく分からないものを仕入れて来る。そして反省しない。


うちの常連さんは、料理は何かの勝負だと勘違いしてる人が多いので、とんでもない料理でもよく食べてくれる。だから普通の食堂が仕入れてくれないものを、よく押し付けられる。


「うっ…。まあまあ、そんなこと無いんじゃないかな、凄い珍しい食材だよ。これは。」


そう言ってタトラが見せたのは、箱いっぱいの赤い芋だった。形はジャガイモみたいなのに、色は真っ赤だ。それはもう毒々しい赤だ。食ってもいいけど責任は取らないぜ?と言わんばかりの危険色だった。


「これ…食えるの…?」


思わず不安な気持ちが言葉に零れた。手に取るとずっしりと重い。


「んー、まあ、ちょっと癖のある食材だけど、ジャーガと同じように調理すればいいって。スィナ共和国って所では割とメジャーな野菜みたいよ。で、ちょっと仕入れ過ぎちゃったから、二箱くらい使ってくれない?」


そう言ってタトラは、上目遣いで両手の五本の指先をくっつける。これはこちらの世界で神様を拝む時にやる仕草だ。


「ふーん。じゃあコロッケにでもしてみるかな…。」


ジャーガってのはジャガイモに似た野菜だ。ってか、ほぼジャガイモ。調理方法もあんまり変わらない。


とりあえず、スィナジャガ(という名前らしい)を拍子切りにして、素揚げしてみる。塩は振らずにそのまま食べてみると、中はほこほこしていて、ジャーガより芋の旨味が強い。それから花山椒のような独特の香りがした。


「うーん、これなら何とかなるかなぁ。」


唐辛子と肉味噌を合わせて、ピリ辛コロッケを作ったら、エールに合いそうだ。


「ほんと?じゃあよろしく!」


そう言ってタトラは朗らかに手を振って出て行く。ぼくは早速、試食用のコロッケを作ってみる事にした。


玉ねぎを手早く微塵切りにして、ピリ辛の肉味噌と一緒に炒める。茹で潰したスィナジャガを合わせて俵状に成型して、パン粉を付けて揚げる。しゅわしゅわと小さい泡がたって、香ばしい匂いが広がる。程よく狐色に揚がったら、バットに移して油を切った。


見た目がややアレだけど、まあもっと変な色の食材は沢山あるし、問題は味なのだ。元の世界の常識だと、あり得ない見た目でも、こちらの人は平気で食べる。色んな常識の物差しがあるのだから、郷に入りては郷に従うべきだろう。


一口味見してみる。揚げたてをシャクッと齧ると、芋の甘みとピリ辛な肉味噌がいいバランスで、計算通りエールが進みそうな味だ。


よしよし、と思った瞬間、顔をぶん殴られたような物凄い衝撃を受けて意識が飛んだ。


-----



……………?


気が付くと天井が見えた。

どうやら厨房でひっくり返ってたらしい。慌てて身体を起こすと、外はもう店を開ける時間になってた。


仕込みはほとんど終わっていたから問題ないけど、暖簾も出してない。しかし、何が起こった?


頭を振って周りを見回すと、常連さんの一人がコロッケをつまみ食いをしている。厨房に入ってくるのや、つまみ食いをするのは、いつもの事だから気にしないけれど、そのコロッケはマズイ。食べていて原因不明の昏倒を起こしたのだ。慌てて止めようと一歩踏み出した時に、ドゴッと重い衝撃音とともに彼女の上半身がブレる。


「えっ…。」


爆発(・・)した?


……目を疑ったけど、彼女は口の端から満足そうにバフっと煙を吐き出している。


彼女はププル・プルタルラさんという竜人だ。と言っても、真っ白な肌に少し青白く鱗が透けてるのと、紅い髪に紅い竜眼以外は、見た目普通の人と変わらない。そしてとっても美人だ。


「だっ、大丈夫っ?!」


慌てて駆け寄るけど、全くもって平気そう。竜人は、マグマを飲み干し、鉱石を噛み砕き、この世のありとあらゆるものを喰らおうとした竜の末裔と言われている。その伝承が正しいかどうかは知らないけど、ププルさんはとっても食いしん坊だ。


「これは懐かしいのじゃ…。妾の生家のほうの野菜を仕入れるとは嬉しいのじゃ。」


聞き捨てならない事を言ったので、思わず訊き返した。


「スィナジャガを知ってるんですか?」


「おお、そうじゃ。色んな調理が出来るが、特に油との相性がいい。爆発力が高まる。知らんで作ったようじゃが、流石じゃのう。」


「ば、爆発するんですか?」


「そりゃそうじゃ。スィナジャガが爆発せんでどうする。」


「え?」


「んん?」


「野菜ですよね?」


「そうじゃが?」


「軍事用ですか?」


火薬の原料なのかな?


「軍の糧食ということかの?」


「え?」


「んん?」


どうも話が噛み合わない。


「食べ物なんですか?」


「当たり前じゃ。衝撃は凄いが、内臓は全く傷付かん。大体、あっちの食材は、大抵のものが爆発するんじゃ。」


「ええっ!」


それなんてチャ、いやスィナボカン。いろんな意味でいいのかそれ。元の世界に爆弾コロッケというのがあったけど、こっちのコロッケは本当に爆発するらしい。ありなのかな。うーん、どうなんだろうな。異世界にまだまだ馴染んでいない僕には正解がわからない。色んな常識の物差しがあるのだから、郷に入りては郷に従うべきだろう。


そんなことを考えていると、試作したコロッケを全部食べ終えたププルさんがもっと作れと目で催促してくる。ぼくはため息をついて、真っ赤なジャガイモを剥き始めた。


出来上がったコロッケは、常連さん達に大好評で、大うけしていた。ちょっと納得がいかないけど。

そして最後には酔っ払ったププルさんにコロッケを無理やり詰め込まれて、意識も身体も吹っ飛んだ。



とりあえず5話ほど作成しました。気に入っていただけたら、評価、ブクマ頂けるとうれしいです。

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