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道(タオ)戦略的老子の解釈  作者: 公心健詞
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プラグマティズム(理性的実用主義)

ついに老子の五行について語りはじめる祭童

秋葉原の駅前を南に下ったところにある巨大なコンクリートの鉄道橋、その向かって右側に極めて細い歩道用の

鉄橋がある。地元の人間以外は広い万世橋を通るので人はあまり通らない。その場所に隠れて武士は体育座りして

体を震わせて泣いていた。

「なーにやってんのよあんたあ」

頭の上から女性の呆れ声が聞こえてきた。

武士が見上げると、そこにはスタイルがよくて足の長いボブの黒髪の女性が立っていた。黒のスーツにぴっちりと

体に張り付いた黒のタイトなスカートに黒のハイヒール。白いワイシャツに形のいい胸が浮き出していた。

「え?」

 状況が把握できず武士は呆然とその女性を眺めた。

「あんた、私の胸見てるでしょ、分かるのよ、女って」

「あ、ご、ごめんなさい」

 武士は慌てて下を向く。

「何コソコソこんな処に隠れて泣いてんのよ、だらしない男ねえ」

「すいません、ボクは怒りに任せて多くの人を殺してしまった。本当は平和のために世界のために働きたかったのに」

「それで、そうやって、泣くことによって、自分は同情心があるヒューマニストだって自分自身にアピールしてるんだー」

 ゲボッ

 武士は吐血した。

「やめなさい、クロード・ハンペータ」

 その声はカトリーヌだった。

「あら弱虫カトリーヌさん、どうしたのかしら?」

「あなたのニードル・タンは意図せずとも人を傷つけるわ。武士を傷つけるなら私が相手よ」

「あなたなんかには興味はないわ、私弱い人には興味ないの」

「うぐっ」

 カトリーヌは胸を押さえてその場に崩れ落ちる。

「カトリーヌ」

 武士はカトリーヌに駆け寄る。

「あーつまんない、誰か私と対等に戦える奴はいないのかしら、ホントつまんなーい」

 クロードはいってしまった。

「ごめんなさい、私が不甲斐ないばかりに」

「そんなことないよ、カトリーヌは一生懸命やってるよ」

 武士はカトリーヌの背中をさすった。

「それより武士、祭童様がお呼びよ」


 武士は祭童に呼ばれて秋葉原駅前ビルに行った。そこが今の祭童の居城となっている。

 そこにいくと、祭童の前にクロードが土下座していた。

「ちょ、何やってるんですか」

「さっきはさーせんでしたっ!」

 クロードは床に頭をこすりつけている。

「ははは、しょっと私がお仕置きしてやったのだ。私は弱い者いじめが嫌いなのでな」

「は、はい」

「ただ……」

 祭童が何か思案げにクビをひねる。

「何ですか」

「私から見ても、そなたの言動には鼻につくところがある。それを理由にいじめてもいいとはいわんし、

反省しろとも言わぬ。ただ、教えてほしい。なぜ、お前は口先だけの建前論や空事を言うか」

「どういう事ですか? 」

「この戦乱の世、見ればわかろう。平和も話し合いも通じる世ではない。それでも、お前はそのような

建前論をふりかざし、それを信じたお人よしが二人しんだ」

 武士は唇を噛む。

「責めてはおらぬ。ただ、なぜ、そのように大義名分をふりかざすか、何か理由があるなら教えてほしい」

 武士は下を向いた。

「……」

 大きく息を吸い、吐いた。

「ああ……、あの」

「なんだ」

「先生が……」

「うむ」

「意やその前に」

「ああ」

「その前に、家族で旅行に行ったんです、新幹線っていう鉄の車がボクの時代にはありましてね。その車に乗って

窓の外を見ると、すごく綺麗な富士山が見えたんです、それで、ああ、日本っていい国だなあ、綺麗だなあって単純に思ったんです」

「うむ」

「それで、何も考えずに、先生に、『ああ、日本ってすごくいい国なんだな』って言ってしまったんです」

「ほう」

「そしたら先生が激怒して、日本が歴史上どれだけ残忍な事をしてきたか、今まで教えてきただろう!って怒鳴られて

クラスのみんなの前で謝罪させられたんです。それで終ってたらいいんですけど、話しはそれで終らなかったんです。

ボクが、女性差別をしているとか、変質者だとか、根も葉もない噂がネットのSNSで流され、ボクは

クラスで仲間はずれにされた。先生はみんなの前で、こんな最低の人でもみんなで相手にしてあげましょうねといった。ボクは余計にみんなに仲間はずれにされるようになった。それまで、平和で何の問題もなく、

とても幸せに暮らしていた。あの時、たった一言、日本の国はいい国ですね、と言ってしまったがために、

ボクの人生が地獄に転落したんだ。そして、弟までイジメにあって学校を転校してしまった。ボクのせいで。

ボクはヒキコモリになって、学校の授業にもついていけなくなり、母親にもうとまれて、田園調布の家を

出なければならなくなった。そして、畳屋をやっている下谷のおじいちゃんのところに引っ越したんです。

「それはお前の担任の先生が頭おかしかっただけであろう。それが全ての世界だと思うな。お前は極端すぎるのだ。

世の中、良いこともあれば悪いこともある。それを全部ひっくるめて人間だ。なあ」

 そう言って祭童は胡坐をかいた体制から左足をのばし、器用に土下座しているクロードの尻を蹴り飛ばした。

「ぎゃっ」

 クロードは短い声をあげた。

「私はそなたが心配だ。平成から来た連中は、最初はみんな平和、平和と喚くがしばらくすると、戦争、戦争と

喚いて平気で人を殺すようになる。フレ幅が極端でこちらから見ても危うい、そして、戦闘に突っ込んでいって真っ先に死ぬ。そなたには、そのような事になってほしくない。世の中は汚いんだ、戦争は汚いんだ、だから戦争ではどんな

残虐な行為もしてもいいのだという論法に振れないでほしい。戦時における民間人に対する残虐行為は私の一番嫌うところだ。それを心得ていてほしい」

 武士は唇を噛み下を向いた。赤坂見付で逆上して暴走した自分を思い出したのだ。それは自分でも恐ろしい行為だと分かっていた。しかし、理性では

分かっていても、感情の中で病院の看護婦さんだった祖父江さんや院長先生を

殺しちゃ奴らが許せなかった。心の奥から殺意が沸々と湧いてくる。

「ボク、戦場に行きます……」

 武士がつぶやいた。

「待て」

 祭童が静止した。驚いた武は祭童を見る。今まで熱心に戦闘に参加するよう勧めていたのに。

「その前にこの世の理について教えておかねばならぬ」

「は、はい」

 武士は一瞬面くらったが、居住まいを正して祭童の言葉に耳を傾けた。

「まず、この国は現在内戦状態にあるが主要都市は鬼神の会という組織が掌握しておる。この鬼神の会の元となっておるのは石原本癌志し(いしはらほんがんじ)という宗教団体でな、世の中を悪くしているのは、オタクとゲームとエロ本とアニメだという考えの団体じゃ。その考えに洗脳された連中が日本中でオタク狩りをやっておる。世間の不況や

金持ちと貧乏人の格差など世間の不満はすべてオタクのせいになれ、民衆は鬼神の会を大いに褒め称え応援した。

そして、その会が擁立する頭のおかしい連中が次々と選挙で知事に当選し、日本の政治を無茶苦茶にした」

「でも、日本には政府とか与党とかあるでしょ、知事といっても権限はかぎられているはずです」

「それがな、その与党はクチャクチャな増税を繰り返し、会社の社員を全員非常勤にしてよい法律を可決したため

労働組合が崩壊し、安い労働力の飽和で街に失業者があふれ暴動が起こり、政府機能が麻痺してしまったのじゃ。

ゆえに、暴動鎮圧のため、都庁が軍隊を持つようになった」

「そんな無茶苦茶な人たちが政権を取ることをその当時の人たちは反対しなかったんですか?」

「したさ。最初、大阪で鬼神の会の火の手があがったとき、関西在住の大学教授が124名もあつまって

共同声明を発表し、鬼神の会の危険性を訴えた。しかし、彼らインテリは間違いを犯してしまったのだ。

ある教授が熱心に説得をするあまり、教授の発言を意味が分からないと言った一般市民のことを愚民だ、頭が悪いと

ぼやいてしまったのだ。それが一気にSNSで拡散され、鬼神の会はその教授たちを民衆を見下す特権階級であり、

自分たちは庶民の味方だとアピールして選挙で大勝した。どうしてそんな事が起こってしまったのか、私は、

一生懸命過去の歴史文献を見ながら考えた、そして色々な資料、戦略書を読んで、あの時、鬼神の会が巨大化する

ことを避けることができたのか検証したのだ。そこで最終的に行き当たったのが老子の木火土金水の五行だ」

「意味がわかりません」

「まあ聞け。私は五行と実際の政治状況を照らし合わせ、老子の中に書いてある五行は対人関係の比喩であると

気づいた。つまり、木は人情であり庶民、古代中国の宮廷の中でのポジションは後宮の美女たち。

火は礼儀であり、後宮の美女たちを世話する宦官、今のポジションなら政治家。土は信者、宗教、祭司、今でいうなら、市民運動、圧力団体、新興宗教など。金は正義であり軍人、今でいうなら官僚、水は知恵であり、軍師、学者。

木生火で木は火を利する。宦官は後宮の美女にお世辞をいって利益を得る。頭がよくても、何の価値もない。

後宮の美女が求めることは、エンターテイメントと、無礼でないこと、話しが面白いこと。それが彼女たちにとっての

価値。 火生土、これは信者。宦官の中でも面白いもの、口が上手いものにはファンがつく。ファンになった

美女と宦官の立場は逆転し、美女たちは口の上手い宦官をスターとして持ち上げる。これが信者。

土生金これは宗教のことだ。人は利益のために命は捨てないが、信仰のためなら命を捨てる。カリスマ性のある

指導者を信奉した兵士は進んで命を捨てる。これが信だ。そうして出来上がった軍事組織、官僚組織が運営して

後身を育てるため学校を作る。そこで教える教官は知恵者でなくてはならない。それが金生水。

つまり、先の鬼神の会が勢力を持とうとしたとき、学者である水は官僚、警察など司法をたより、鬼神の会の

不正を糾弾し、告訴する勇気を持つべきであった。また民衆である木の利益になることをいかに理屈で

訴えても木である民衆は理解しようとしない。なぜなら、民衆にとっての価値は、面白いかどうか、

口が上手いかどうか、礼儀正しいかどうか、火を求めているからだ、しかし、水である学者たちはその

面白さ、礼儀正しさではなく、理屈である水を木に与えようとした。それは民衆の利益になることなのだが、

民衆が欲していることは、自分たちの生活の防衛や社会の治安の維持ではなく、目先のエンターテイメントだったのだ。面白ければ世界がほろびてもいい。それが民衆であり刹那の木なのだ。その価値観を水である学者たちは

理解しなかった。

それは学者にもいえることで、水である学者は自分たちの知恵で世の中をよくしたい、よい方向に改善したい。

それが知的好奇心だ。便利なものを開発しほめられたい、よい世の中にするために研究する。それがもとめることだ。

しかし、彼らを利するものは金である法だ。彼らを守っているものは法である。だから、じぶんたちの身を守るためにはその知恵を生かし、徹底的に法を駆使して戦うべきであった。しかし、そのような冷徹な法の断罪を智である

学者たちは望んでいなかったのだ。これは、すべて自らの本能にしたがって動いたがために、結局は、

自分の実利を得られなかった。これに対して礼の火である鬼神の会は自分たちがほしい信、信者をもとめなかった。

信者を必死で集めようとして、むさぼるのではなく、自分たちの実利である民衆を味方に引き入れるため、

民衆に面白さを、エンターテイメントを披露しつづけた。それは嘘八百のでたらめであったが、それでも、

民衆はそんな事どうでもよかったのだ。嘘でも何でもいい。その場さえ面白ければ。そして、火の本能に逆らい、

自らが欲する信者の確保ではなく、あくまでも一般大衆をターゲットとして、面白いエンターテイメントを提供しつづけた火である鬼神の会がこの国を制圧したのだ。

これに対して、それに反対した学者たちは、五行を無視し、自分たちの本能に従い、智の追求である

イデアだけが唯一最高の価値観だと主張しつづけたために民衆に見捨てられた。そんなイデアなど

民衆にとっては何の価値もないものなのだ。それは民数が愚かなのではなく水と木の属性の違いであり、

どちらが高級で、どちらか下等かということではない。しかし、学者たちは自分たちが至高の存在とする

イデアのみが最高であり、木の価値である娯楽、エンターテイメントは無価値であり下等であると

断罪し、切って捨てたため失敗した。結果として失敗したのであれば、プラグマティズム(理性的実用主義)の

観点からいっても、愚かであったのは学者のほうだ。五行の理を理解せず、愚かであったがゆえに敗れ去ったのだ。

わかったか」

「まだよくのみこめません。」

「まあよい、じっくり考えて、少しずつ自分のものにするがよかろう」

 祭童はニヤリと笑った。


武士が生きていた時代にすぐ後の時代に起った政変を祭童は老子の五行で

説明するのだった。

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