最終回
最終回です
池袋に帰った武士は武黒衆を集めて相談をした。アメリカでは大統領が交代し、方月祭童が釈放されていた。
個人財産はすべて没収されてたので、日本に買えることもできず、アメリカで生花店をいとなんでいるという。
武士は後任に職をゆずり、祭童の生花店を手伝いに行きたいと武黒衆に伝えた。
「何ゆえにこれだけの巨大な権力を捨ててそのような事をなさろうと思ったのです」
大久保忠子がそう尋ねた。
「疲れた……」
ただ一言、武士はそういった。
武黒衆のものどもみな顔を見合わせて頷いた。
「それで、皆に問いたい、後継者は誰にすべきか。本多勝はなんと思う」
「前田犬殿。武芸にすぐれ胆力があります」
「大久保忠子はなんと思う。」
「武黒衆は武黒衆でたばねたほうが扱いも分かっておりましょう。武士様がこられるまえは、我ら武黒衆を扱えるものは部外者では誰一人いませんでした」
「そうか。お前が適任か」
「そのような恐れ多い。他に適任がおりまそう」
「なら誰か」
「それは中々身内のことですので……」
「そうか、本多正子はなんと思うか」
「国際社会を相手に戦えるのは、この本多正子か藤林長門くらいでございましょう。兵法が分からねば他国と渡り合うことはできません」
「ならば、お前が政権につくということか」
「私には荷が重過ぎます。どうぞ藤林長門に」
「藤林、お前はどう思う」
「本多正子でよろしいでしょう」
「酒井次江はどう思う」
「山口ヒルダ様をおいてほかなく」
「ヒルダか……もう一度考えさせてくれ」
「ははっ」
武士が人払いをすると武黒衆は皆々池袋の管理室を出て行った。一番最後に藤林長門がでてゆく。
「……一人だけでしたね」
小声で長門はそうつぶやいた。武士はそれを一瞬横目で見たがまた視線を別にそらした。
それから武黒衆には各自恩賞が与えられ、もっとも功績が大きかった本多正子には秋葉原が与えられた。大久保忠子には新宿が与えられ、本多勝には中野が与えられ、真田信子は本多勝付き武官となった。
大久保忠子は都庁ビルを与えられたことに非常に喜び、周囲の者に「おれは武士様が私を後継者に指名してくださろうという心遣いに違いないと周囲の者にもらしていた。
そんな矢先である。
大久保忠子の親戚筋にあたる大久保長安が武田に内通していたという情報を藤林長門がもってきた。
大久保長安は元々武田家を崩壊させるために武士が武田潜伏させたものだ。武田を信用させるためには、武田に松平や方月の情報をある程度流すことはしかたがないことだ。それは武士とて容認していた。しかし、一度目は確認をとっても、何ども確認をとっていては武田方に察知されるので、二回目以降は武士側には無許可で武田に情報をながしていた。それは、常識の範囲内で考えれば容認の範囲内であった。しかし、藤林長門はあえてその書類を武士に提出したのだ。
「そんな、長年ボクを支えてくれた大久保を裏切ることなんてできないよ」
武士は拒否した。
「大久保は軍権をもっています。忠子が裏切らなくてもその子孫はあなたにもヒルダ殿にも何の感情もない。司馬懿仲達を生かしてその子孫に国を奪われた曹操の例もあります」
「しかし、大久保を裏切ることはできない!」
武士がそう言うと、長門は管理室を出て行った。そして、本多正子を連れてきた。武士は唖然とする。
「我らが武黒衆のため、はては日本の国の安定のため、軍に権力を持たせてはなりません。軍事政権が出来れば民主主義の危機です。武士様ができないと仰せなら、この本多正子が国をまもりましょう。ご返答やいかに」
「……」
武士は無言のまま、唇をかんで下を見た。
「ご返答うかがいました」
そう言って本多正子が部屋を出て行った。しばらくして、本多正子はインターネットに大久保一族の武田への内通の証拠をアップロードした。大久保長安が武田に潜伏させたスパイだという事情をしらない世論は激昂し、大久保氏全体を非難した。
大久保忠子は抗弁せず、自ら職を辞して東京を去り、田舎に引篭もった。
それより以降は、本多正子が大きな権勢を握った。藤林長門を使い、各陣営を探り、言いがかりをつけては潰していった。
人々は本多正子を恐れ、こびへつらい貢物を送った。
巨万の富を得て、栄華を極めた本多正子は武士への感謝の心を忘れず、常にお礼の手紙を送り、贈り物をして、周囲にも武士への忠義の言葉を絶やさなかった。そして、いつか武士を秋葉原に招き、豪勢にもてなしたいと夢を語っていた。
本多正子は秋葉原駅前ビルを改装し、改装式典に武士を招いた。日本国内でも最高のシェフを集め、豪勢な食事をならべ、鼻歌を歌いながら武士の到着をまっているようであった。
本多の忠義を忘れぬ心にうごかされた武士はその招きに応じた。池袋を発って秋葉原に行こうとしたが池袋の管理局を出た武士の前に藤林長門が立ちはだかる。
「お待ちください、秋葉原に行ってはなりません」
「どうしたんだ長門」
「秋葉原の祝賀パーティー会場の天井は吊り天井になっており、ねじをはずせば天井が落ちます。これは、武士様を殺すための策謀でございます」
「そんなバカな。そんな事は信じないぞ」
「あなたは!大久保を排除することを黙認しました。大久保と本多は天秤にのった左右の重り。その片っ方だけはずして放置すれば、天秤はバランスを崩してひっくり返ります」
「お前、それが分かっていて、わざと大久保を排除したのか!」
「すべてはヒルダ様のため!あなたは!ヒルダ様を政権の長につけたいのでしょう!」
「しかし、ヒルダには策謀ができない!」
「ならば私がヒルダ様の影となり、策謀のかぎりをつくして暗躍しまそう!」
長門が大声で怒鳴ってまっすぐ武士を見た。
「長門……おまえ」
「返答やいかに」
「うっ……」
武士は唇をかんで下を見た。
「かしこまった!」
長門はすぐさまインターネット掲示板に秋葉原の祝賀会場の天井のボルトの写真とともに、本多正子が武士を暗殺しようとしているという情報を流した。それは瞬く間に日本中にひろがり、秋葉原の本多正子の下にもとおいた。
その情報を知った本多正子は、全ての財産を武士に譲渡する書類を作成し、自分はリュックサック一つをかついで、田舎へ帰っていった。二度と、東京に現れることはなかった。
かくして、山口ヒルダは松平武士の後継者となった。
武士は日本の指導者を引退し、アメリカで方月祭童が経営するお花屋さんの手伝いをするためアメリカに渡った。
藤林長門はというと……
三月の半ば頃、もう本当に暖かくなってきた頃であったが、急に関東を寒波が襲い、季節はずれの雪が降った。
山口ヒルダが雇った新規の女官たちは藤林長門の事すら知らない若い子たちだった。自分たちが山口ヒルダの近くにいることで、気が大きくなり、藤林長門の部下も雑用係として使っていた。
ヒルダの政敵はほとんど長門が排除してしまったので、すでに長門たちに仕事はない。
女官たちに「役立たず」「税金の無駄遣い」とののしられながら雑用をこなしていた。
そんなおり、長門の元に部下の忍者は体を小刻みに震わせ涙を流しながらやってきた。
「どうしたのだ」
「それが長門様……女官どもが我ら忍者を雪合戦の的にするというのです。お前ら役にたたないんだから、雪合戦の的でもやっていろと……。われら、命をかけて松平武士様の天下を作りあげてきた功労者にこの仕打ち、もう我慢できません。もう一度乱を起こしましょう。乱世こそ、我ら忍者の活躍する場所。昔のように謀略をはりめぐらし、戦乱の世を取り戻しましょう!」
「……そうか、ならば私が話しをしよう」
長門は女官たちのところにいった。
「みなさん、雪合戦の的をおさがしかな」
「それがどうしたのよ、生意気そうな女ね、あっち行ってなさいよ」
「私はこの忍者どもの元締めでして、私が自ら的になってしんぜましょう」
「なにもったいぶってるのよ!的になるなら早くしなさいよ、待ってるの寒いからさ!」
「はいはい」
長門は小走りに雪の中に入り出て両手をあげた。
「じゃあいくわよ!」
女官の投げた雪玉が長門の顔に当たる。
「がおー!大当たりー!」
長門が大声で叫ぶ。
「なに、こいつ、ばっかじゃない、ぎゃはは!」
女官たちが笑う。
「長門様……」
部下の忍者たちが体を震わせて泣く。
「何が悲しい。楽しいではないか」
「何が楽しいのでございますか長門様!」
「誰も騙さなくてもいい、誰も落としいれなくてもいい、誰も殺さなくてもいい。そんな世の中こそ、私は追い求めていたのだ。それが、今だ。この今、私はどんなに雪をぶつけられても、どんなに嘲笑されても、誰も殺さなくて言い。殺すよう命令されない。こんな楽しいことはないではないか。ははははは」
長門は乾いた声で笑った。
皆様、いままでおつきあいいただき、ありがとうございました。




