親心
関ヶ原の戦いに遅参した山口ヒルダを武士は厳しく叱責する。
近江八幡駅の南側に巨大なショッピングセンターの残骸がある。その中に松平軍は駐屯していた。そこに大久保忠子と酒井次江が参陣する。
「山口ヒルダ様、安土に到着いたしました。このたびの戦勝まことにめでたく、祝賀の辞を申し述べたいと仰せでございます」
「必要ない」
松平武士は冷たく言い放った。
「なんと、それでは一軍の将の面子がたちますまい」
大久保忠子が怪訝な顔をする。
「面子のクソもあるか、一軍の将たるは戦ってこその将だ。合戦に遅参して何が将か!」
「恐れながら、真田を攻め殺せと仰せは武士様のご命令。ヒルダ様はそれにしたがっただけでございます」
「真田の事は二事である。第一事は茶々丸本隊との戦いであることは誰にでも分かること。その優先順位も分からぬ者は、将の器にあらず。いますぐ秋葉原に帰って同人誌の整理でもしておれ」
「お待ちください、ヒルダ様は真田を無視して先に進もうと仰せでしたが、我ら武黒衆、池袋の戦いにて真田に煮え湯を飲まされましたが故、どうしても引けぬと強情を張り、その場を動きませんでした。よってヒルダ様もやむなく真田と戦ったしだい。すべてはこの大久保忠子の不調法にのるものでございます!」
「ごめん」
忠子の隣にいた酒井次江が小さく頭を下げて引きのく。
ぶーん、ぶーん
酒井次江の懐の携帯電話が振動している。
「なんとこれは……はい、武士様は秋葉原に退却せよと仰せです、何を仰せですか!そんなこと!断じてなりませんぞ!」
廊下で酒井次江が大声で怒鳴っている。そして、勢いよく武士の元に走りよってきた。
「ヒルダ様は責任をとって割腹自殺されると仰せです、武士様、お止めください!」
「勝手に死なせろ!」
「何をおおせか!ヒルダ様は武士様がこの世界においでになった当初からの重臣。それを見捨てるおつもりか!なんということだ、ヒルダ様は真田と戦うなと仰せであった。それを我らが無理矢理戦ったために関が原に遅参しました。罪があるとすればこの酒井次江にあります。ここで割腹いたしますゆえ、なにとぞヒルダ様はお許しください!ごめん!」
酒井次子が腰から短刀を引き抜く。
「酒井を止めろ!」
武士が怒鳴ると警護の者たちが酒井をはがいじめにする」
「しからば、私も、ごめん!」
大久保忠子も短刀を引き抜く。
「ちっ、大久保も止めよ!」
武士の号令で周囲の警備兵が忠子を羽交い絞めにする。
「お前らの命はボクのものだ。勝手に死ぬことはゆるさん!」
「我らはヒルダ様の臣下についたもの、ヒルダ様が死ぬなら私たちも死にます!」
大声で忠子が怒鳴った。
「つまらぬヤツラめ、ならばヒルダが死ぬ前にそのたわ言を聞いてやる、さっさとここに連れてこい。それが終ったら、お前ら主従そろって勝手にしぬがいい。この愚か者どもが!」
武士は烈火のごとく怒鳴りつけた。
「ははっ!」
恐縮して大久保忠子と酒井次江はその場に平伏し、そのあと駆け足でその場を出て行った。
次の日、山口ヒルダが両腕を大久保忠子と酒井次江にささえられてやってくる。顔は青ざめ憔悴しきっていた。
「こ……のたびは……関が原の合戦において、大勝されましたこと、ま、まことに恐悦至極に……」
「何が恐悦至極だ、勝ったことが恐悦至極か!」
武士は怒鳴った。
「は、ははっ」
ヒルダは床にはいつくばった。日頃は「のんたー!」と言うが余裕がなくなるとのんたと言わなくなるのがヒルダのくせだ。
よほど余裕がなくなっているようであった。
「この上は……死をもって、この失態の償いをいたしたく……」
「お前の死体でつぐなえるほど、この失敗の代償は安くない」
武士は冷たく言い放った。
ヒルダはガクガクと小刻みに体を震わせている。
「なんという情けない姿だ、そんな有様で天下を束ねることができると思っているのか!」
武士は大声で怒鳴った。
「え?今なんと?」
ヒルダは目を丸くして顔をあげた。
「次は無いぞと言ったのだ。次に失敗したらただではすまさん!」
武士は大声で怒鳴る。
「え?え?」
ヒルダはきょとんとして周囲を見回す。
大久保忠子がヒルダの耳元に口をよせる。
「武士様は、今回は許してやる、次は失敗するなと仰せです」
「うう、うううう……」
ヒルダの目からポロポロと涙がこぼれ出る。
「ふん」
武士はそのままその場を立ち去った。本多正子が笑いをかみ殺してそのあとに続く。
「わー、うあああああああああああああああー」
ヒルダは火がついたように大声でなきだした。
大久保忠子も酒井次江もその場にいた者たちはみな泣いていた。
武士には武士の思いがある。




