亡霊
黒い人影が立っている
松平武士の命令を受け、山口ヒルダは池袋管理局に集められるだけの兵力を集めた。その中には藤林長門もいた。
「おお!藤林さんお久しぶりでありますですのんた!」
「……」
藤林は謀反で小指を口の中に入れてツバをつけ、自分の鼻の中に入れてほじる。
「女の子がそんな事をしたらお行儀がわるでありますのんた!」
ヒルダが怒った。
藤林は無言で鼻から指を出し、大きな黄色い鼻くそを確認する。その指をヒルダに差し出す。
「たべりゅ?」
「そんなもの、食べるわけないでありますのんた!」
ヒルダは怒ってその場でピョンピョンはねた。
藤林はその指についた鼻くそをピンとはじく。それは中を舞い、ヒルダの額にはりつく。
「ぎゃー!汚いでありますのんた!」
ヒルダは慌てて部屋の中をさがし、ティッシュでその鼻くそをこそぎ落とし、洗面所に言って顔と手を洗った。
「なんてこそするでありますか!」
もどってきたヒルダは怒ってその場でぴょんぴょん跳ねた。
「山口ヒルダ!君に決めた!ゲットだぜ!」(棒読み)
藤林は無表情に抑揚の無い声で言ってヒルダを指差した。
「何わけのわからない事やっているでありますか!すぐに部隊を編成してくるでありますのんた!」
「はっ」
藤林は機敏に頭をさげてその場を立ち去った。
ヒルダは大久保忠子や酒井次江、本多勝らを集めて真田の篭る新宿都庁攻めを命令した。彼女たちは顔を見合わせて小声で何かささやきあっている。
「何でありますか!」
ヒルダが声を荒げると、大久保忠子が一歩前に進み出る。
「はい、今は松平武士様を助けることが急務。幸い我が陣営には真田信子がおりますゆえ、都庁に篭る真田繁子とは停戦協定を結び、前に進むべきです」
「あの真田がそんな停戦協定を守るわけがないでありますのんた」
ヒルダがそう言うと、本多勝が眦をあげてヒルダに詰め寄る。
「我が配下の真田信子を侮辱されるか!」
「い、いや、別に貴殿を侮辱する意図はありませんであります!」
ヒルダはあわてて本多勝をなだめた。
「とにかく、真田攻めは松平武士様からの直々の命令であります!数も少ないし、さっさと潰して先に進撃するでありますのんた!」
「しかし、命令などより松平武士様のお命が大事でしょう」
たたみかけるように大久保忠子が進言する。
「そんなもの、すぐに真田の妹ごとき、倒してしまえばいいでありますのんた!それとも、倒す自信がないですのんた?」
ヒルダがそういうと、大久保忠子は眉間に深いシワをよせた。
「我らが弱兵と仰せか、ならば我らの勇姿ご覧にいれましょう!」
大久保忠子がそう言って池袋の管理局室を出て行くと、本多も酒井も部屋を出て行った。
これらの部隊はヒルダの命令を受けるまでもなく、個々が単独で軍を動かし、新宿に向かった。
ヒルダも慌ててこられの軍勢の後を追う。
新宿に到着したヒルダは愕然とした。新宿都庁の前に馬に乗ったユーベルトートが立っていたのである。
松平軍はどよめいた。
そんな松平軍の様子を知ってか知らずか、ユーベルトートは都庁の中に消えていった。
「だまされるなでありますのんた!あれは偽者でありますのんた!ユーベルトートはすでに死んだでありますのんた!」
ヒルダが大声で何ども叫ぶ。
その時である。
「歌舞伎町方面から敵襲!」
伝令が叫ぶ。
敵の戦闘を走ってくるのは鉄仮面姿のユーベルトートであった。
「なっ!ユーベルトートは今都庁に入っていったのであるりますのんた!」
小勢ではあったが敵には勢いがあった。混乱したヒルダの部隊は総崩れになって新宿駅まで撤退した。
数は圧倒的にヒルダの側が多い。体勢を立て直してもう一度都庁に攻め寄せるが、細い路地からユーベルトート率いる軍が飛び出してきて、何ども襲撃してくる。ユーベルトートがどこから出て来るか分からないので、ヒルダの軍は一種の恐慌状態に陥ってしまった。
「このままでは武士様を見殺しにしてしまいます!ここは講和を結び、新宿から撤退を!」
大久保忠子が露骨に怒りの表情を表し、声をあがげる。
「し、しかたないでありますのんた!くそーっ、カトリーヌの仇の真田を討伐に来たのに、なんでユーベルトートがでてくるでありますか!」
ヒルダは吐き捨てるように言った。
折衝はヒルダ軍の中に真田信子が執り行い、ユーベルトート軍は悠々と山口ヒルダの前を整列して行進しながら中野に帰っていった。
山口ヒルダの総司令官としてのほろ苦いデビュー
であった。




