真剣に戦うという意味
本気で命を捨てて戦う気であるならば、戦いに最善をつくすべき。
最善を尽くすとは、闇雲に戦うことではなく、勝つために必要な事は何でもすること。戦う覚悟を決めるということは、当然、地政学、戦略論を学び理解していないといけない。
池袋の政務官室の椅子に前のめりに腰掛ける武士。その前に真田配下の室賀正子が立っていた。
「それで、真田は徳川の配下に入りたいと言っているんですか」
「はい、真田信子はかなり乗り気です。しかし、妹の繁子が武士様に激しい敵愾心を抱いております」
「その繁子はなんと言っているんですか」
「はい、阿修羅となって松平武士と戦い続けると」
「他には?」
「松平武士と茶々丸の足の引っ張り合いは真に醜いと。まるでばい菌とウイルスの戦いのようだと。哀れみと軽蔑を感じると言っておりました」
「……で、真田繁子は私を倒すためにどのような謀略宣伝を行っているのですか?」
「はい、毎日、槍の稽古をおこない、体を鍛えています」
「そうではなく、どのような謀略宣伝をやっているのかと聞いているのです。戦略書は何を読んでいますか」
「それは何も」
「……あなたは私に味方して正解です」
「はい、それはもう」
「その意味が分かりますか?」
「は?」
室賀は首をかしげる。
「兵の損耗を少しでも減らすためには、戦う前に相手を十分に弱体化しておくべき。謀略戦で相手が弱体化するなら、自分はどれだけ軽蔑されようとも、汚名をきようとも、謀略戦はやっておくべきです。口先できれいごとを言って何もしないのは、ただのナルシズムであり、部下を無駄死にさせる外道ということです」
「は……はい」
「阿修羅とは常に負け続ける精霊ではないですか。帝釈天に常に負け続ける存在。そんなものを目指してどうするんですか。自らが戦っていることに酔って、実際に戦っているのは彼女を信じて彼女に従っている者たちだ。もし、自分に酔っているのではなく、本当に自分の郷土を、国を、愛しているなら、たわ言を言っている暇に戦略書を読んで勉強すべきだ。彼女の周囲にも国際戦略論を学んだ者もいるでしょう。忍者もいる。それなのに、なぜ、それを生かして、僕を落としいれようとしないのか。それは、正々堂々とか戦いの美学ではない。ただ、自分のヒロイズムに酔っているゴッコ遊びだ。そんな遊びに付き合っていれば、いずれ皆破滅することになる。その事実を突きつけて、私を倒すために地政学や戦略論を勉強するもより、事の本質に気づいてボクの配下になるもよし。それもせず、ボクの忠告に耳を傾けず、従来どうり、ただ、戦の練習だけしているようならば……」
「ようならば?」
「真田繁子を暗殺しなさい」
「かしこまりました」
室賀正子は深々と頭をさげた。
武士も椅子から立ち上がり、うやうやしく頭をさげた。
武士は室賀正子を建物の入り口まで見送って手をふって分かれた。
しばらくして、室賀正子が真田繁子に殺されたという情報が伊賀衆によってもたらされた。
室賀正子が真田繁子に換言したが聞き入れられず、遺恨をもって待ち伏せし、矢沢頼安としめしあわせて真田繁子を待ち伏せしたが、矢沢頼安は真田と内通しており、室賀正子はかえって、背後から矢沢に刺されて落命したという。
激怒した武士は軍を編成して中野に迫った。すでに松平の兵力は完全に真田を圧倒している。真田に勝ち目はなかった。
真田信子は使者を立て、松平家への服従を誓う書状を武士によこした。しかし、武士はこれをゆるさず、真田を力攻めにしようとした。しかし、これには本多勝が異論を唱えた。相手が服従するといっているものを、あえて戦争をするとは戦争に従軍した庶民の命を考えぬ、非道な行いであると非難した。
武士は真田信子に、カトリーヌを殺されており、恨み積年であった。しかし、本多も何人もの身内を真田に殺されているという。それでも、真田との戦争を避けるべきだと主張した。
武士は、渋々ながら本多勝の意をくみ、真田と和睦した。
それからしばらくして、大阪の茶々丸政権から大阪に来て国の運営に携わるよう、武士に通知が来た。
現在の日本の支配者は茶々丸である。逆らうわけにはいかない。武士は山口ヒルダを東京の松平軍の最高司令官に任命して東京を出た。
大阪に着任してしばらく政務に携わっていると、関東のほうからよからぬ噂が流れてきた。
松平武士が大阪の行政に携わり、利権を掴んで甘い汁をすっているというのだ。
それを小金井に在住している軍閥の宮崎景勝がネット上で激しく糾弾し、関東のマスコミがそれを取り上げて、大騒ぎをしていた。当然、それは事実無根であった。
それにとどまらず、秋葉原や池袋に宮崎配下の者たちが出てきてデモを行い、暴れて近隣の商業施設の窓ガラスを割るような事件が頻発した。これに怒った武士は治安維持の名目で宮崎軍討伐軍を編成することを茶々丸に進言した。
茶々丸はこれを渋ったが、もし、かなえられないのであれば、関東の治安が維持できないので、今後関東の治安維持に専念したいと言って大阪から去るそぶりを見せると、茶々丸はあわてて、宮崎軍討伐を許可した。これには、茶々丸配下の石田成子が激怒して松平武士に抗議したが、松平武士はとりあわず、茶々丸政権の権威をつかって、全国の軍閥に参加を求め、宮崎軍討伐隊を編成することにした。
「武士様、宮崎氏から書簡がとどいております」
鳥居忠江が武士に書簡を手渡した。これは宮崎景勝が武士に謝罪し、服従する意図を現すものであると思われた。
武士は中身を見た。
「宮崎軍はあくまでも茶々丸政権の公正な政治活動を支持しており、それを歪め民を苦しめる松平武士の所業はまさに外道の仕業と言うしかない。我ら宮崎軍の正義の鉄槌によって滅亡したくなかったら、今すぐ宮崎軍に対して謝罪の意を表して宮崎軍の兵舎の前で地面に頭をこすり付けて謝罪しろby朝比奈みるくちゃん」
そう書かれていた。
世に言うみるく状である。
「ははは、相変わらず元気だな朝比奈さん、よし、そこまで望むなた戦ってよあるよ。まってろよ宮崎軍」
武士は口元に笑みを浮かべてつぶやいた。
「それでは、全軍、大阪から退去する!」
「お待ちください!」
鳥居忠江が急に声をあらげた。武士は驚いて忠江を見る。
「どうしたんだい」
「私は大阪に残ります」
「何を言ってるんだい。みんなで一緒に行動しないと、茶々丸が直接行動を起こすことはないだろうけど、石田成子が暴徒を使って君を襲撃させることがあるかもしれない。みんなで行動しないと危険だよ」
「しかし、私は同人誌即売会の主催者です。もうすぐ大阪南港の国債見本市会場で同人誌即売会があるんです。そこの統括権利を私はまかされているんです。どうしてもぬけられないんです」
「何言ってるんだ。僕たちの、武黒衆の一大事なんだよ!」
「それでも、同人誌に命をかけるのがオタクです!反逆罪で罰するならここで殺してもらっても結構です!」
「何を聞き分けのないことを言ってるんだ!
そこに本多正子がやってくる。
「何を騒いでおいでなのです」
「鳥居が宮崎軍討伐に参加しないと言うんだ」
「それは鳥居が正しいです」
「は?」
「大阪に少しでも松平軍を置いておいたほうが抑止力になります。もし、茶々丸軍がとちくるって我が軍の背後を襲おうとしても、鳥居忠江の軍が駐屯していれば、下手なうごきは出来ません。
「そうういものなのか……ごめん、ボクの早とちりだよ」
武士は頭をさげた。
「お気になさいますな。私は武士様のために働けて幸せです。武士様が池袋に赴任されて以降、ずっと管理局がある建物の南館で同人誌即売会をやり続けました。本当にたのしかった。とてもいい思い出です」
鳥居忠江は屈託の無い笑顔を見せた。
「そうかい、そんなに喜んでもらえたならボクも光栄だよ」
武士も笑顔を返した。
武士が日本各地の陣営を率いて関東に旅立つ日、鳥居忠江は見送りに出て、ずっと、武士が見えなくなるまで、笑顔で手を振り続けていた。
武士の軍が大阪を出てしばらくしてから本多正子が武士に近づいてきた。
「毛小龍をご存知ですか?」
「誰だいそれ?」
「中国地方を支配する毛麗の親戚の男子で、大阪に駐屯する毛麗軍の総指揮をとっております。もし、大阪で茶々丸軍が兵を起こしたら、ただちに松平軍に報告し、毛麗軍を率いて戦うよう、密約をかわしておきました」
「へー、それは手回しがいいことだね。そこまでしてたら鳥居忠江も安心だね。お心遣い感謝するよ」
武士は正子に微笑みかけた。
どこまでも兵たちに心をくばる武士であった。




