心の痛手
作戦失敗をわびる本多勝
「申し訳ございません!」
池袋管理局の管理官室、本多勝が武士の前に跪いていた。
「まあまあ、そう硬くならずに。別にそんなに深刻になることはないですよ」
武士はなだめる。
「しかし、ユーベルトートが命がけで守ろうとしたのです。きっと最新兵器かなにかとても戦局を左右するような重要なものが搭載されていたに違いありません」
「それはないです。どううせとるにたらないものですよ、戦局なんて左右しません」
「どうしてそう言い切れるのです」
「あの子は……昔からつまらないものを守るために命をかける性分なのです。子供の頃、ドブに落ちた子猫を助けようとして、自分の側溝にはまって溺れて死にそうになった。それをボクが必死に助けた思い出があります。」
武士はそう言うと、視線を遠くかなたに泳がせた。
「申し訳ございません、弟君を討ってしまいました」
「いいえ、憎しみの塊となってこれ以上世に害をなさずにすみました。感謝しています。私はなんとも思っていませんよ」
武士は優しく語りかけた。
「……」
本多勝は黙って下をむいた。
「せっかく降伏するよう使者を送ったのに、無駄になってしまったでありますのんた」
秘書官の山口ヒルダが悲しげに言った。
「ああ、この世界にたった二人しかいない家族だからね、また昔みたいに仲良く暮らそうと手紙をしたためて送ったんだが、あの子は、昔の僕たちの思いでよりも、この世界の人たちとの人付き合いを優先してしまった。つねに、つまらないものにこだわって、つまらないものを選んでしまう子だったよ。夜店で大好きなオモチャを売っていて、それがほしくて、ほしくてたまらないって言ってたのに、その前の屋台でやっていたくじ引きに熱中してしまい、持っていたお金全部使ってしまったこともあった。そして泣いていた。あの頃は可愛かったのに」
「失礼します!」
管理官室の部屋の外から声が聞こえた。
「入っていいよ」
「はい、ユーベルトート殿からの返信を持ってまいりました」
「ああ、死ぬ前に兄でるボクに遺言を書いてよこしたんだね。たぶん、育てた仲間の命乞いとか、そういうことだろう。あの子は優しいから」
伝令から武士は手紙を受け取る。そして開く。
『お前は家族ではない』
手紙にはそれだけ書かれていた。
「げほっ」
武士は口から血を吐いた。
「げふぉっ、おうええ、げええええ」
武士は血反吐を嘔吐しながらその場にうずくまる。
「武士様っ!」
山口ヒルダが武士に駆け寄り、武士の顔をもって武士の唇に自分の唇をあわせる。そして、血がまじったゲロを吸い出して吐き出す。何度も、何ども吐き出す。
「だめ!死なないで!武士様は私にとってたった一人の家族なんだからあっ!」
山口ヒルダが叫んだ。
武士の血反吐が止まった。武士は体を小刻みに震わせている。
「はあ……はあ……あいつめ……自分が死んでもボクを殺しにかかりやがった、そんなにボクが憎いのか」
ヒルダが武士を抱きしめる。
「いいの、もういいの!ユーベルトートはもういないんだから!私はいるわ!あなたの目の前にいるの!」
そう言ってヒルダはもう一度武士を強く抱きしめた。
その前で平伏している本多勝は、ただ、下を向いて沈黙している。しかし、その両手のコブシは強く握られ、少しだけ震えていた。
この世界では、心の痛手はすなあち、死に繋がる。その死の淵に立った武士は
山口ヒルダの愛情に救われるのであった。




