伊賀は燃えているか
伊賀総攻撃はじまる
業火と黒煙が立ち上がる村々。逃げ惑う人々。遠くの丘の上でそれを見ながら藤林長門が茶碗に山盛りにしたメシを口のなかにかきこむ。
「よく平気でメシが食えるな、伊賀はお前の生まれ故郷だろう」
うしろから松平武士が声をかけた。
「他人の不幸でメシがうまい。とくに世間に嘘を撒き散らして正義面してた忍ゴミどもが泣きながら逃げ惑う姿には心がおどる」
「お前だって同じだろ」
「ちがいます!ブラック忍者ですが何か?キリッ!」
藤林は毅然と武士に向かって言い放った。
方月祭童と敵対し、新自由主義を信奉する大阪鬼神の会と戦うために三重県を通過しようとした祭童軍であったが、伊賀衆がこれに反発して抵抗した。それを小勢と見て祭童軍先発隊が単独で攻撃したが、市街戦に持ち込まれ、完膚なきまでに叩きのめされたこのため、祭童は祭童軍と同盟を結ぶすべての勢力の軍隊に援軍を要請し、ナパーム弾を使って伊賀の街を焼き払ったのだ。近接戦闘で抜群の威力を発揮する忍者も、遠距離からの火責めにはひとたまりも無かった。
伊賀に完勝した祝賀の席で、武士に藤林と本多正子が近寄って耳打ちをする。
「伊賀に対してウオーギルトフォーメーションを行うよう祭童に進言すべきです」
「え?」
武士は露骨に眉をしかめた。
「被害者である伊賀衆に対して嘘の情報を流し、祭童軍が被害者であり、伊賀軍が悪楽なテロリストであり加害者であると徹底的に教育するのです」
「そ、そんなの嘘でしょ、できないよ」
「やらねば我らは恨みを買い、命を狙われることになります。敵に対して善意は無用」
「でも、彼らは爆撃を受けた被害者じゃないか」
「ふっ」
藤林が鼻で笑った。
「自分たちが被害者だと主張できるのは、圧倒的権力をもってメディアを支配している強大な支配者だけ。自分たちが弱者であり、被害者だと主張できるのは、世界を征服している強力な力とメディアを掌握するだけの財力があるからです。本当に弱い者たちがいくら声をからして叫んでも、メディアは金がある者を崇拝し、媚を売ります。よしんば、善意ある者が、真実を叫んでも、その者は排斥され、その者をかばった者も排除されます。自分が弱者であり、被害者であると主張でき、それが世間から認められる者は、唯一、強大な権力を持った者だけです。その特権を生かさない手はありますまい」
「うーん」
武士は考え込んだ。
「何を不機嫌にしている。この祝いの席で」
祭童が武士に目をやる。
「あ、はい」
「さあ、はやく進言してくるのです!」
「あ、あの」
武士がもじもじしているので祭童は身と乗り出す。
「ん?どうした」
「恐れながら申し上げます!伊賀衆を今後、手足のように使いこなすためには、被害者である彼らに贖罪意識を持たせ、自分たちを加害者であると思いこませねばなりません。そうした徹底した最悪感を植え付ければ、今後伊賀衆は、祭童様に奴隷のごとく服従し使役されることでありましょう!」
「そのようなムゴイ事はしなくてよい」
「そう善意でおっしゃっても、彼らにはその善意は通じず、かえって祭童様は恨みを買い、悪逆非道の君主と後世まで罵りを受けることとなりましょう!」
「それでかまわぬ。我が名誉などなにほどのおとがあろう。世が平和になるのなら、我が恨まれ悪者にされてもよい。後々までそんな贖罪意識を持たせ、苦しめつづければ、いずれ追い詰められた伊賀衆は我慢の限界を超えて乱を起こすであろう。さすれば、また戦乱が広がる」
「そ、そうですよね、戦争を起こすくらいなら、僕も恨まれてもいいと思います」
武士は引き下がった。
「何をやっておいでなおのです!絶好のチャンスを!」
武士の後ろで本多正子が小声で囁く。
「だって、そんな無実の罪をきせたらかわいそうじゃないか、それに、そんな嫌がらせを延々と続ければ、最終的に切れた伊賀衆は反乱を起し、また多くの血が流れるじゃないか。そうしたらどうするつもりなんだ」
「それは、アメリカのやり方を見習いなさいませ。アメリカはイラクに言いがかりをつけ、大量破壊兵器があると嘘をついて、イラクを攻め、その後もウオーギルトフォーメーションをアブグレイブ刑務所で行い、徹底的にイラク人を加害者にしたてあげ、政府に圧力をかけて謝罪させつづけ、ついに、忍耐の限界を超えた住民たちが自爆テロをはじめました。その結果、イラクはテロリストの巣窟となり、アメリカはそこに長期間にわたり無人機で爆撃を繰り返し、武器産業が栄えて、アメリカは世界の富をほしいままにして繁栄しました。伊賀でも同じことをして、徹底的にいじめるのです。そうすれば、我らも大金持ちですぞ!」
「そんなえげつないことができるか!」
「おい!何をやっておるか、祝いの席で辛気臭い!」
祭童が怒鳴った。
「は、はい!」
武士が素っ頓狂な声をあげた。
宴会のあと、武士は屋敷の外に出て路地裏に行った。
「おええええええー」
武士は気分が悪くなって嘔吐したのだ。本多正子の言葉の毒気に当てられたのだ。
世界はそんなに醜いものか。その醜い世界を正義の美しいラッピングで覆い隠して殺戮によって富をむさぼっているのか。
「おお!ここにおられましたか、武士様」
本多正子が武士を見つけて駆け寄る。その後ろから藤林長門が仏頂面でついてくる。
「もうやめてくれ、いやだ。そんな惨たらしいこと。もう沢山だ」
そう武士が言うと、それまで楽しそうだった本多正子の表情が急に暗くなる。
「そうですか、そうやって、私もカトリーヌの時みたいにお見捨てになるのですか」
正子の言葉に武士は身震いをした。悲壮な表情で正子を見る武士。
「あはは、こいつ被害者ぶって君主を脅してやんの」
半笑いで藤林が言葉を吐いた。目を怒らせて正子が藤林を殴ろうとコブシを振るう。藤林はそれを軽々よける。
「ボクとしても、カトリーヌの事を忘れたことはない。家臣からの助言はありがたいと思っている。しかし、祭童様がそういうウオーギルトフォーメーションはやらないと言っておられる。僕に何ができるというんだ」
「この藤林を使って、伊賀衆は松平家を落としいれ、武田義子殺害の濡れ衣をきせ、そのため、武田と松平の間で大戦争が起こり、カトリーヌをはじめ、多くの罪もない人々が武田に虐殺されたと伊賀衆に徹底的に教育するのです。そして、徳川に対して贖罪意識を持たせるのです。アメリカが恨みを買ってテロの標的になったのは、相手に無理矢理謝罪を求め暴力を振るい、大声で怒鳴ったり罵倒し続けて、徹底的に相手をおいつめるようなことを世界中でやり続けたからです。もっと温和に、中国の周恩来が日本人捕虜たちにやったように融和政策をとって温情をもって洗脳すれば、洗脳された者たちは犬のように殿にお仕えすることでしょう」
「そんな事ができるのか?」
「この本多正子に年間10億円お与えくださるなら、藤林を使い、うまく伊賀衆どもを洗脳してみせましょう」
「そうか……10億は少ない額ではないが、己が命、そして武黒衆の利益が守られるなら、その額、支払おう」
「ありがたき幸せ」
本多正子は深々と頭をさげた。
松平武士、ついに神経戦に踏み出す




