新しき武田
武田勝也が頭領に就任
「この武田勝也が武田家の頭領となったかぎりは、時代遅れの風習を全て排除し、新しき改革の息吹をこの古びた武田家に導入することになるだろう!」
中野駅前の建物の中にある大ホールで新しく武田家当主に就任した武田勝也が華々しい演説を行う。
「ん?」
勝也の演説が止まる。露骨に不愉快そうな顔をしてホールの中に視線を走らせる。
「おい、そこ、今遅れて入ってきた奴、ちょっとまて」
勝也は壇上から飛び降りてそこに走っていく。そこではユーベルトートが棒立ちになっていた。
「あ?お前、いつも中野駅前でゴミ拾いしてるごみ屋だな、ごみ屋がこんなとこ入ってきてんじゃねえ!」
勝也はユーベルトートを蹴り倒す。
「お待ちください、この方は東京都庁を奪還された将軍です」
真田信子が勝也にの前に出て発言する。
「あ?将軍?将軍が駅前でごみ拾いとか、どんだけしけてんだよ、かっこわりいなあ。これから余計なことすんなよ」
ユーベルトートは無言で平伏する。
「きいてんのかこら!」
勝也はユーベルトートをけりあげる。それでもユーベルトートはそのまま黙って平伏していた。
勝也の演説が終ったあと、ユーベルトートに真田信子が駆け寄る。
「どうなさったのです、あなたのように几帳面な方が大切な頭領就任式に遅刻など」
「もうしわけありません、寝坊しました」
「寝坊ですと、ありえない、何をやっておられるのですか」
そこに真田信子の携帯電話がなる。
「失礼」
信子は携帯電話を取る。
「おい、何をしている。頭領就任式を欠席するとは何事だ!何?虫垂炎だと、それは一つ間違えば命に関わるではないか。なに?ユーベルトート様にお助けいただいたと……」
信子は目を見開き、ユーベルトートを見た。
ユーベルトートはすごすごと体を縮め、その場を去ろうとする。
「お待ちください!」
信子はユーベルトートの前に回りこみ、土下座する。
「知らぬこととはもうせ、妹の命を救っていただきましたこと、心よりお礼もうしあげるとともに、先ほどの非礼、なにとぞお許しください」
「やめてください、人が見ています」
ユーベルトートはあわてて信子の肩をひっぱり、起こした。
「愚かな妹など捨て置き、式に出られておられれば、頭領からあのような叱責を受けずにすみましたものを。なぜ、本当の事を言われなかったのです」
「いやいや、お気になさらず」
ユーベルトートはひたすらペコペコと頭をさげ、そそくさとその場を立ち去った。
真田信子はその足で武田勝也のところへ向かった。勝也は機嫌よく方月軍を出奔して武田に加わったエリート官僚、
大久保長安と笑談していた。
「おそれながら」
真田信子が勝也の前に進み出る。
「またお前か」
勝也は露骨に不愉快そうな顔をした。
「先ほどのユーベルトート殿の遅参についてですが」
「あ?またその事か。あんなゴミ拾いなどどうでもいい、今、長安と年長社員のリストラについて話していたところだ。あとにせよ」
それを聞いて信子は目を見張る。
「お待ちください、年長社員とは誰の事でございますか」
「出版部門の編集者と同人誌部門の査定員はろくに仕事もせぬくせに給料が高すぎる。だから新たに秋葉原からIT部門のエリートを引き抜いて編集部門、査定部門の人間を大幅にリストラする」
「お待ちください、編集の技能は長年の経験の蓄積がなければ出来ぬ仕事。査定部門も長年の知識の蓄積がなければ出来ぬ仕事です。それを、いくら高学歴のエリートといえど、未経験者と交換するとは無謀にすぎまする」
「何を言うか!三流大学出身の編集者や中卒の同人誌の査定員が高給をもらって、エリート大学出身の英語が話せるIT技能者がそれより給料が低いとは道理に合わぬ話だ。これからは、同人誌販売部も出版部門も、英語が話せない人材は首にする。お前も首にされぬよう、気をつけておくのだな」
「何を仰せか!現場の技能の蓄積が必要な部門には英語など不要、英語などよりも現場の……!」
「黙れ!この時代遅れめ!新しい技能、知識はなによりも大切なのだ!お前らのように古いものにしがみついているバカどもなどは時代遅れでいらぬものだ、去れ!」
武田勝也は大声で真田信子を面罵した。
「何を仰せか!先代の武田晴子様はご臨終のさい、三年は動くなと仰せでありました。先君の言を否定されるか!」
「そんな時代遅れの事を言っているから武田は駄目なんだ!改革して本当の武田をとりものどすのだ!」
「なんと!先君を否定されるか!」
真田信子はその場に棒立ちになってワナワナと体を震わせた。
「ふん」
武田勝也は鼻で笑ってその場を立ち去った。
そこに真田とは昔なじみの穴山梅子がやってくる。
「ばかねえ、あなた。サラリーマンは黙って上の言うこときいてりゃいいのよ、私なんてスピードトーキングのCD買って英語勉強中よ、上司が英語さえできれば他に何もできなくてもいいとか言ってんだから、楽でいいじゃな~い」、ほほほ」
穴山は笑いながら立ち去った。
「なんということだ……」
真田信子はコブシを握り締めた。
真田信子の心が乱れる




