協定の合意
停滞する状況
「殺したい……」
武士は豊島区管理局室の机の上に頬杖えを衝いてつぶやいた。
「無理です」
醒めた声で本多正子がつぶやいた。
カトリーヌが死んでからというもの、本多正子が事務方の処理を一手に引き受けることとなった。
カトリーヌがいるときは、その重要さに気づかなかったが、居なくなって初めてその重要さに気づいた。
思えば、武田軍から逃げるときに山口ヒルダだけを馬に乗せて逃げた。
他の者たちは体を張って武士を守ろうとしていたのに。その光景を見た武黒衆たちはどう思ったであろうか。
しかし、異世界に来てからというもの、ずっと一緒だったカトリーヌやヒルダ。ヒルダさえも失ったら、
武士にはもうよって立つものはなかった。
「誰も何とも思ってませんよ」
醒めた声で正子が言った。
「え?」
「どうせ、先の合戦で多くの家臣を無駄死にさせたこと悔いているのでしょう。それとともに、愚かな作戦をとった主君を家臣どもはどう思っているのかと……」
「まあ、そんなところだ」
「だから、何とも思っていません。それより、先に進みましょう」
「武田晴子の事だが、どういうわけだかわかるか、晴子ならボクの状況は手にとるように分かっていたはずだ。それを、一気に攻めずに引き返すなら、なぜ、攻めたのかということだ」
「よほど体調が悪いのでしょう。反対に言えば、自分が存命のうちにあなたに軍事的大ダメージを与えて、中野を攻められないよう牽制したとも考えられます。跡取りに指名した諏訪勝也が成長するまでの時間稼ぎですね」
「そんな事なら、ボクから中野を攻めることなんてないのに」
「そんな事信用する者など誰もいませんよ。敵は嘘をつくもの、信用するものがバカであり、弱っている相手を見つけたならば、必ず攻め込んでくる。そう考えるものです。武田晴子ほどの兵法の上手ならなおさらのこと」
「その武田晴子の深読みのせいで、ボクはいままで何とも思っていなかった武田家を攻め滅ぼしたくてしかたがない」
「戦いは感情的になったものの負けです。常に冷静でなければ」
「では、何をすればいい」
「公共投資を行い、道を整備し、景気を回復させることです。そして支配地域の産業力を強化する」
「まどろっこしいな、いじいじする。すぐに中野を攻めて武田を滅ぼしたい。それがギリギリできるだけの戦力はこっちにもあるだろう。武田晴子がもし死んだら力押しでかてなくもない」
「敵は武田だけではありません。武田と消耗戦を演じて、戦力がそこをついたら、上杉も北条も攻めてくるでしょう」
「いじいじするな、もっとこうスカッといかないものか」
「いじいじするのが戦略というものです。このいじいじは一生続くと覚悟してください。完全に勝つとか負けるとかいうのはありません。日本人は精神的に弱く、すっぱり解決させようとして譲歩に譲歩をかさねる習性がありますが、そんな事をすれば、相手が増長していじいじが増大するだけです」
「ボクは何をすればいい」
「何もしなくてけっこうです。経済対策は私がやります」
「ボクは何のためにいるのだ」
「動かざること山のごとし。指導者は有能な部下を見つけてきてポストにつければいいのです。バカが下手に考えをめぐらせて改革すれば国がほろびます。破滅への道は善意が一面に敷き詰められているといいます。働き者のバカは一番の凶事。それなら何もしないほうがいい。そうそう、もし、武田晴子が死亡したことが確定したら、武田領に改革派官僚の大久保長安を送り込んでもよろしいでしょうか?」
「何をする気だ」
「若くてやる気のある二代目、諏訪勝也を煽って武田軍を改革させます。見ていてください、バカなお坊ちゃんが改革などはじめたら、どれだけ悲惨に国がほろびていくかを」
本多正子は薄ら笑いを浮かべた。
「恐ろしい女だな……」
松平武士は頬杖をつきながらつぶやいた。
武田晴子の状況もわからぬまま数ヶ月が経過した。
密偵をはなって中野の様子を探らせたが、一向に状況は分からない。
それから後、数ヶ月ががったあと、武田から休戦の使者が来た。
武士はこれを好機と見て、方月祭童に援軍を要請したが、余裕がないので、むしろ、武田と休戦して武士が援軍として西国に来てくれと要請された。
やむなく武士は武田と一次休戦協定を結ぶこととした。
休戦協約の座には武田晴子は出てこず、武田の重臣と松平の重臣との間で協定が結ばれた。
八方塞がり




