新宿よ、私は帰ってきた!
ユーベルトート、新宿を奪還す!
京都庁の都知事室の扉が開く。薄灰色のホコリが舞い立つ。ゆっくりとした足取りでユーベルトートがそこに入ってきた。
ユーベルトートは両手のコブシを強く握り締める。
「偉大なる都庁軍の幾多の精鋭の死が無駄でなかった証明のために、偉大なる阿保神やる夫閣下の理想の成就のために、新宿よ!私は帰ってきたーっ!」
右の手のコブシを振り上げてユーベルトートは叫んだ。
ユーベルトートは都庁室を見渡す。昔と何も変わっていない。初めてここに入ってきたとき、朝比奈がバランスボールに乗って喜んでピョンピョン跳ねていた。
一緒にババヌキをした、七並べをした。百人一首でボウズめくりをした。 阿保神も朝比奈も笑っていた。
ユーベルトートにとって、たった二人だけの大切な家族だった。
その二人とももうここにはいない。
ユーベルトートはヒザからその場に崩れ落ちた。
「……返せ……俺の家族をかえせーっ!」
ユーベルトートは何ども、何ども都庁室の床を叩いた。
「どうなされました」
大きな物音を聞いて武田軍が都庁室に駆け込んでくる。
「いや、なんでもない」
ユーベルトートはもとの平静な姿勢にもどっていた。
「指揮官をここへ集めよ」
「はっ」
部下は素早くその場を立ち去り、指揮官たちをつれてきた。
「よいか、今日からこの都庁の建物は、天に昇られた偉大なる阿保神閣下の偉業を後世に伝えるために、高天神タワーと名づける。よいか」
「はい!」
指揮官たちは威勢よく答えた。
新宿区に攻め込もうとしていた松平軍は、池袋管理局が武田軍に襲撃されたとの報を聞き、急ぎ引き返した。
このため、ユーベルトートは易々と都庁を手に入れることができたが、それにとどまらず、渋谷区にあるINUHK放送局を攻めた。INUHKを守っていたのは、元々都庁軍に所属していたが阿保神やる夫が討ち取られると知るや、素早く方月軍に寝返った奥平貞子だった。ユーベルトートは大軍をもってINUHK放送局を包囲し、武田晴子に連絡をとり、奥平軍を皆殺しにするための許可を取ろうとしたが、連絡将校がいつまでたっても武田晴子に取り次いでくれない。
放送局を包囲したまま何ども武田本隊に連絡を取って許可を求めたが、最終的な回答は、奥平側に降伏をすすめよとのことであった。おかしい、武田晴子ならば、見せしめのために、裏切り者には残酷な死を与えるはずだ。判断に切れ味がない。何か、下の者が自分の責任逃れのために穏便な措置を取ろうとしているとしか思えない。しかし、命令は命令である。
ユーベルトートは奥平貞子に降伏を求める使者を送った。大軍に包囲された奥平はすぐさま降伏を受諾した。
ユーベルトートはコブシを握り締めた。
奥平軍を降伏させてしまった上はこれ以上進軍できない。奥平軍を皆殺しにしていれば、後顧の憂い無く渋谷区に進軍することができた。しかし、降伏した奥平軍を背後においたまま進軍すれば、奥平軍がまた寝返り、背後を衝く可能性がある。
ユーベルトートは渋谷区を制圧するため、奥平軍を武装解除し、捕虜を移送するための部隊の派遣を本隊に要求した。
しかし、武田軍は池袋の戦いで圧勝したにも関わらず、軍を中野まで撤退するという。そうなれば、新宿区を制圧し、渋谷区の一部まで突出したユーベルトートの軍が周囲を敵で囲まれることとなる。
「どのようなお考えで、このような戦略をとられるのか、その意図をお聞かせいただきたい」
ユーベルトートは武田本隊にそのように連絡を入れたが、回答は「教える必要はない」だった。
おかしい、こんな中途半端な回答を武田晴子がするわけがなかったし、いままでこんな中途半端な戦略を武田晴子がとったことはなかった。
「死」
ユーベルトートの脳裏に悪い予感が黒雲のようにわきあがった。
しかし、そんなはずがない。そんな松平武士の都合のいいように事がはこぶわけがない。
ユーベルトートは渋谷の放送局に一部軍勢を残し、新宿都庁にひとまず撤退した。
未だ戦況はさだかならず。




