慢心
豊島区に侵攻する武田軍
武田軍が豊島区領内に進軍していた。松平軍が中野区を侵略したという報道が流れた直後だった。当然、武士は中野に軍を進めてはいないし、アメリカも軍事衛星で東京の状況を監視していれば、武田が嘘をついていることはわかっているだろう。しかし、アメリカ政府はわかっていながら黙殺した。
報道は、ひっきりなしに武士の軍隊が中野を侵略したと報道し、非難している。
武士はすぐさま、秋葉原を防衛する祭童軍の予備兵力にも援軍を打診した。
「えー、何ですのん、え?うち、滝川益子やにー、うちら予備兵力やから、そないなこといわれてもわからんに~」
通信先から暢気な声が聞こえてくる。
「誰か他に居ないのか、ほかの人にかわってくれ!」
武士は怒鳴った。
「はい、代わりました、佐久間信子です。はい?援軍?上司の許可がないと出せません」
ブチッと通信が切られた。
武士は至急、愛知の祭童に電話する。
「ああ、武士か落ち着け、戦力差を考えれば池袋の管理局に篭っていれば相手も力攻めで勝つことはできまい。いいか、絶対に池袋管理局を出るなよ」
祭童は武田軍が動き出したことに驚きもせず、悠長な口ぶりで話していた。
「とにかく、早く援軍を送ってください、援軍がなければ武田に降伏もやむなし!」
「落ち着け、お前らのほうが兵力が多いんだ。普通に守りを固めていれば負けぬ。防御陣地は三倍の兵力がなければ落とせない。今回は武田軍は多く見積もって池袋方面軍の二倍ほどだ。防衛陣地に篭っていれば大丈夫。ただし、野戦はするなよ、ランチェスターの法則どおり、二倍の相手とまともに当たったら負けるぞ」
「とにかく援軍を!」
「うるさい、わかった」
祭童は通信を切った。
しばらくして、滝川と佐久間の援軍が来たが、あきらかにやる気がない。早々に池袋管理局の奥に入り込んで防備の準備をはじめた。
「何を悠長なことをしているんです!敵が迫ってきているんですよ、いざという時のために野戦の準備もしておかねば」
「祭童様が野戦はやるなと言っておられました」
佐久間が眠そうに目を細めながらいった。
「おそれながら!」
目の前に見慣れない女の子が飛び出してきた。
「な、なんだ」
武士はすこし面食らった。
「近隣の老人や子供を退避させてよいでしょうか?ここは戦場になります」
「え、ええと、誰だっけ?」
「祭童軍から出奔してきた長谷川橋子です。佐脇と一緒に来ました」
「ああ、きみか、よろしくお願いする」
この緊急時に心きいた子だ。顔と名前を覚えておいて、あとで褒美をとらせようと武士は思った。
武黒衆は戦いに手馴れており、池袋管理局の防備もかためながら、野戦の準備も怠らない。
夏目吉子率いる夏目衆、大久保忠子率いる大久保衆、鳥居元江率いる鳥居衆、酒井次子率いる酒井衆、本多勝率いる本多衆など、ゾクゾクと池袋管理局につめかけてくる。
酒井次子は味方を鼓舞するためい直系3メートルもある巨大な太鼓を管理局に運び込んでいた。
カトリーヌもヒルダ、佐脇、長谷川らの部隊を率いて戦列に加わる。
武士とその軍団は池袋管理局に立てこもり、息を殺して敵をまった。
しばらくして武田の軍団が来た。
管理局の窓から武士はそれを除き見る。武士は唖然とした。太った者や痩せたもの、だらしない格好のもの、リュックを背負って、背中に何本もポスターをいれているもの。
管理局の前に同人誌販売店から略奪している。
みな、しまりのないからだをしており、炭酸飲料をがぶ飲みしながらダラダラと管理局の横を雑談しながら通ってゆく。
完全に読まれている。武士は絶対に野戦をやらないと相手はたかをくくっている。そして、油断しきって略奪をしている。敵の裏をかくのが戦略である。敵が、絶対に武士が野戦してこないと思っているなら、野戦をするのが戦略の原理だと武士は思った。
「よし、敵は油断している。討って出る!」
「おーっ!」
武士の掛け声に武黒衆はわきあがった。
「お待ちください、祭童様は出るなとおっしゃいました!出てはいけません!」
カトリーヌが武士の前に立ちはだかった。
「なんだ、お前、最近いつもいつも、ボクのやる事に反対して!」
「それは、武士様がいつも、いつも、間違うからです!」
「なにを!間違っていて、東京一国の主がつとまるか!戦いたくなかったらお前だけ、ここに残っていろ!僕は勇敢な武黒衆と共に出撃する!」
カトリーヌは唇をかんだ。
「勇気あるものだけついてこい!」
武士が歩き出すと、カトリーヌもそれに続く。
「なんだ、お前も来るのか」
カトリーヌか顔をそむけた。
「やれやれ」
佐久間が小ばかにしたような笑いを浮かべながら続く。
「バカは死ななきゃなおらないに~」
へらへら笑いながら滝川が続く。
武黒衆もそれに続く。
ファーストアタック。
池袋管理局から飛び出した本多勝の部隊が武田軍の側面に切り込む。
油断しきっていた、武田軍は驚いて散りぢりに逃げ出した。
池袋管理局の東北方向で道が大きく三方に分かれている。その道を武田の敗残兵は分散して逃げた。
武黒衆も分散してそれを追う。
「だめです!呼び戻してください!それでなくても、こちらのほうが数が少ないのに!」
カトリーヌが叫ぶ。
「だまれ!」
武士は怒鳴って、一番数が多い、西側に逃げた武田軍を追った。
武士がオタソードをふるうと、武田軍はまるで紙切れを切るがごとく、易々と切り倒された。
「ぎゃっ!」「うわっ!」
叫びながら倒れていく武田の兵。
武黒衆は益々勢いにのって、サンシャイン通りを一気に池袋駅跡まで追った。サンシャイン通りはビルに囲まれた一本道である、脇に細い道があるものの、大軍が通れる大きな道は一本だ。敵は一直線に逃げていく。
途中で急に視界がひろがった。ビルが途切れて横断歩道が見えた。それでもかまわず、敵はまっすぐ池袋駅に向かってにげた。武士と武黒衆はそのまま突進する。しかし、カトリーヌの軍はそこで立ち止まる。
「ふん、臆したか!」
武士はカトリーヌに罵声をあびせて、そのまま突っ走る。
その時である。その、サンシャイン通りの唯一、開けた横道、横断歩道がある道の北側から怒号が聞こえる。
武士は立ち止まった。
「しまった!」
そこの道をふさがれると、武士たちは退路を立たれる。
「撤退!」
武士が叫んで武黒衆を止め、引き返す。すると、さっきまで逃げていた、武田軍が反転して武士たちに攻めかかってきた。
「小癪な!僕は天下無双のオタソードの使い手だぞ!」
武士は手からオタソードを出した。
それお見た武田の軍勢は一斉にサングラスをかけた。
「サングラスなんかかけてカッコつけてもだめだ!」
武士は武田の将に切りかかる。と!一瞬にしてオタソードが消えた。
「何っ!」
武士は一瞬にして丸腰になってしまった。
「今だ、大将の首を取れ!」
遠くの方から武田晴子の声が聞こえる。
武田の軍団が武士めがけて突進する。さっきまでの軟弱さとは打って変わって、勇猛に攻め立ててくる。
「武士様、早くお逃げください!ここは我らが!」
悲痛な声でカトリーヌが叫ぶ。
「だめだ、カトリーヌ、お前も一緒に逃げるんだ!」
「逃げてください!」
カトリーヌが叫ぶ。
カトリーヌの軍からヒルダが飛び出してきて武士にかけよる。
「はやく、カトリーヌは死ぬつもりです!カトリーヌの死を無駄にしないで!」
ヒルダは必死に叫ぶ。
「我こそは松平武士なり!いざ勝負せよ!」
後方に取り残された夏目部隊の中で夏目吉子が大声で叫ぶ。
「いざ、尋常に勝負!」
吉子の前に真田繁子がとびだす。
一合、二合、刀をうちあわせるが、三合目で繁子は袈裟懸けから吉子を切り伏せる。
「松平武士討ち取ったり!」
真田繁子が叫んだ。
一瞬、武士の包囲網がゆるむ。
「すまん、吉子」
武士は歯をくいしばって、撤退した。
「それい!今こそ死に場所を見つけたり!」
佐脇がさけんだ。
「されば死ぬべし!」
長谷川橋子が叫んだ。
佐脇と長谷川が真田隊に切り込んでいった。
遠くの方で、歓声があがる。真田隊の将が佐脇と長谷川の首を槍の先につきさして天高く掲げるのがみえた。
「くそおおおあああああああー!」
武士は叫んだ。
ヒュン!
矢が飛んでくる。
ドスッと鈍い音がした。
武士の前に本多次が立ちはだかっていた。本多次の目に矢が突き刺さっている。
「うおおおおおおー」
本多次は叫びながら矢を引き抜くと、そのまま目玉がとびだした。
「うおっっしゃー!」
本多次は意味不明の言葉を叫びながら自分の目玉を食った。
「くたばれい!」
武田の騎馬武者が武士に槍をふるって突進してくる。
「どっしゃあああああー」
本多次は喚きながらその武者の槍を握って自分の肩口に突き刺す。そのまま馬から引きずり降ろして首筋に噛み付き、食いちぎって殺した。
「さあ、殿、これに乗ってお逃げください!」
本多次は叫んだ。
「すまん!」
武士はヒルダの手を引く。
「一緒に乗れ」
「でも」
「お前が乗らねば僕も乗らない」
「は、はい」
武士はヒルダを馬の後ろに乗せて秋葉原管理局まで駆けもどった。
そこにはカトリーヌが待っていた。
「おお、生きていたか!」
「はい、なんとか馬でもどってまいりました」
「無事でなによりだ、カトリーヌ、お前にはあやまらなければならないことがいっぱいある」
「あぶない!」
カトリーヌが武士を突き飛ばす。
カトリーヌの口から血がながれる。
物陰に隠れていた真田信子が武士を討とうと千載一遇のチャンスを狙っていたのだ。
カトリーヌを逃がしたのはそのためだった。しかし、そのカトリーヌが武士殺害の邪魔となった。
「ちいっ、次は仕留める!」
真田信子はカトリーヌから槍を引き抜き、武士の突き刺そうとする。
「そうはいくか!」
本多勝が真田信子の脳天に槍を振り下ろす。信子はそれをすんでのところで避ける。
ガチン!ガチン!ガチン!
勝と信子は何ども槍を打ち合わせる。
ブオオオー!
ほら貝の音が聞こえる。
「ちいっ、撤退命令か!」
信子は後ろに飛びのき、逃げ去っていった。
「カトリーヌ!大丈夫だ、傷はあさいぞ!カトリーヌ!お前にはいっぱい、いっぱい、あやまらねばならないことがあるんだ、カトリーヌ!」
カトリーヌは武士の手をギュッと握り返しニッコリと笑った。
「武士様……大好き」
そのままカトリーヌは動かなくなった。
「ああああああーーあああああああああーあああああああああーあああああああー」
武士は大声で叫ぶ。
「早く中へ!」
ヒルダが武士をひっぱる。
「なにやってんだ、早くおにげなさい!」
勝が叫ぶ。そこに顔中血だらけの本多次が帰ってくる。
「ぐおおおおー!」
叫びながら本多次は武士を突き飛ばし、首根っこをつかんで、池袋管理局の中に武士を引きずり込んだ。
管理局の前には戦わずに逃げてきた佐久間と滝川がいた。
「ういーす」
滝川は軽く挨拶をした。
武士はそれを無視して管理局室に行って、そこでひっくり返ってふて寝した。
「何をなさっているのです!武田が攻めてきますぞ!なんとなさるか!」
本多正子が管理局室に走りこんできて叫んだ。
「なんかもう、どうでもいい、ボクなんか死ねばいいんんだ」
「死んでも何でもいいから指示を!指示を出してください!」
「管理局室の防備を全部とっぱらって、敵様が攻め込みやすいように、サーチライトをあてて、ボクが居る場所も敵に教えてください」
「かしこまった!」
本多正子は怒りの表情で管理局室を出て行き、管理局室のバリケードをすべて取り払うよう武黒衆に指示をだし、
サーチライトをあてて、拡声器で松平武士の居場所を大声で知らせた。
酒井次子はヤケクソで太鼓を打ち鳴らし、部下の者らは笑いながら盆踊りを踊った。
その光景を見た武田晴子は武田軍の進軍を止め、退却した。何か策謀があるものと勘ぐったのであろう。
人は自分のカガミ。人は皆、自分の思考にてらしあわせて相手の行動を図るものである。
しばらく寝ていた武士は起き上がる。
「あれ、武田はボクを殺しにこないの?」
「あなたなど、殺す価値も無いものと思われたのでしょう」
冷静に本多正子が言った。
「そうだね……あ、そうだ、鳥居元江を呼んで、絵師をつれてきて」
「はい」
醒めた声で本多正子が答えた。
鳥居元江が絵師を連れてくる。
「今のこのボクの惨めで愚かな姿を写生してくれ。ボクの愚かさを永遠に残すのだ」
武士は椅子に座り、歯をくいしばって、ほうづえをついた。
「カトリーヌ、ごめん、夏目、ごめん、佐脇、橋子、ごめん、ごめん、ごめん、みんな……ボクは慢心した……」
武士は体を小刻みに震わせていた。しかし、必死に涙をこらえた。
まだ、泣くわけにはいかない。まだ泣くわけには。
武士は泣かなかった。




