策謀の人
武田晴子の策謀にひっかきまわされる松平武士であった。
方月祭童は武士を秋葉原総本部に呼び出した。武士が行ってみると豪勢な料理が並んでいる。祭童は上機嫌だった。
「よう来たの。お前の働きによって北東京の治安もよくなった。公共工事による道路整備によって東京は益々豊かになっておる。そこで相談だが、東京の管理をお前に預けようと思う」
「そ、そんな、それじゃ祭童さんはどうするんですか」
「私は最近手に入れた愛知県名古屋を本拠地とし、西への進出を図りたいと思う。私は西へ、そなたは東へ」
満面の笑みで祭童は武士に握手を求めた。
「はい!」
祭童が片手を出したのに対して、武士は両手でその手を握った。祭童の手は柔らかかった。すこし、風にのって甘い匂いがただよってきた。武士の気分は高揚した。
武士は東京の主となったのだ。
武士は舞い上がった。東京の大部分が武士の指揮下に入ったのだ。
武士が東京の大部分の支配権を手に入れると、武田は武士に対して謀略をやってこなくなった。
藤林長門の工作員捕縛が功を奏したこともあるだろう。
しばらくすると、武田の使者が池袋を訪れ、武士と和議を結びたいと口上をのべた。
これに対して、カトリーヌ、ヒルダ、大久保忠子、鳥居元江など家臣の大部分が反対を表明した。
これには、さすがの武士も躊躇した。しかし、使者は、武田晴子は重篤な病にかかっており、こんな不安定な状況で自分が死ねば東京に戦火がひろがり、多くの罪も無い社会的弱者が苦しむことになると言っていると涙ながらに訴えた。
たしかに、何度か中野のプレスが武田晴子重病説を報道していたのを武士は見たことがある。
、武士は武田晴子の平和への思いに心打たれた。そして、この話しを受けるべきだと思った。武田の領土は武士が保有している領土に比べれば極めて小さい。
武田は単に武士の力を恐れ、畏怖したがために講和を結ぼうとしているのだと武士は考えた。それほど、武士の力は強大になっていたのだ。
武士は使者に講和に同意すると伝えた。
使者は喜んで帰り、武田はまた折り返し使者を送ってきた。武士に対してお礼の祝宴を開きたいという。
武士は喜んでそれに答えた。
家臣たちは警戒し、自分たちも同行すると口々に訴えた。武田の使者にそれを伝えると、使者は笑顔で「よろこで」と行った。この事により、武士はいっそう、武田への信頼を深めた。しかし、本多正子が武士の前に立ちふさがった。
「陰陽とはすなあち、味方に対しては誠実に、決して嘘をつかず、ないがしろにせず、敵に対しては辛らつに容赦なくたたきのめし、騙し、陥れることです」
「ああ、わかった、わかった」
武士はうざったそうに正子を押しのけた。
武士が中野に行くと、そこでは中野区民が花束を持ち、旗をふって武士を大歓迎した。
「まあ、松平武士様ですね、私あなたのファンなんです」
笑顔で駆け寄ってきた少女がいた。
「君は?」
「はい、真田信子といいます。真田家の長女ですわ」
「そうなの」
武士はご機嫌であった。
「さ、一緒にいらしてください、御館様のところへご案内いたしますわ」
信子は笑顔で武士の手をとった。
「なれなれしくするな」
本多勝がその手をはらいのける。
「これ、無礼をするな」
武士は勝をしかりつけた。
「申し訳ございません」
勝は唇をかんでひきさがった。
「いえ、お気になさらないでください」
信子は笑顔で答えた。
中野の商店街のアーケードの一番奥に武田晴子の館があった。
そこでには豪勢な食事が用意してあり、武田よりすぐりの美女たちが武士を取り囲んだ。
「おお、よく来てくださった。これから力を合わせてこの関東の平和をまもりましょうぞ」
晴子はりりしく、鼻筋がとおり切れ長の目をした美人だった。
とても穏やかな表情で、善良そうな人柄がうかがえると武士は思った。
晴子と武士はたちまちうちとけ、しばし笑談した。
「しかし、一つだけ困りごとがあるのです」
「なんでしょうか?」
「あなたのところの忍者が、私が娘を殺したと言いふらしているので、それが私の配下の者たちの心のシコリになっているのです。ここに記者を呼んで、私が娘を殺したのではないと言ってくださらないでしょうか」
「それはいいですが、私も娘さんを暗殺してはいませんよ」
「もちろんですとも、あなたのようなすばらしいひとがそんなひどい事をするわけないじゃないですか」
やはり晴子と義子は親子だと武士は思った。こんな良い人なら、もっと早くわかりあえたのに。ああ、平和って本当にすばらしいと武士は思った。
「私が力になれることがあるなら何でも言ってください。お力になりましょう」
「そうですか、それはありがたいです。早速記者を呼びましょう」
「お待ちください!それはいけません」
カトリーヌが武士の前に立ちふさがった。
「お前はなぜ、私たちの和平の邪魔をするのか!」
「邪魔はしておりません。しかし、迂闊な発言はやめてください」
「だまれ、下がれ!これは命令だ!」
武士はカトリーヌを怒鳴りつけた。
カトリーヌは唇をかんで、さがった。
記者たちが詰め掛ける中、武士は宣言した。
「世の中に誤解が広がっているようですが、武田晴子さんは自分の娘さんである武田義子さんを暗殺なんかしてません。今日お会いして、そんな事ができる人ではないと確信しました。彼女はそんなことはしていないと、この松平武士がここで断言します!」
その場に拍手喝采が起こった。武田の家臣たちが肩を震わせてすすり泣いている。
松平の家臣たちは唇をかみ締め、怒りの表情をあらわにしている。
「何をつまらない顔をしているんだ!さあ、笑え!」
武士は松平家臣団に命令したが、誰一人笑うものはなかった。
武士はご機嫌で中野から帰ってきた。別に身に危険が及ぶこともなく、中野の治安はよく道路もよく整備されていた。武田晴子は正しい政治を行っていた。
この人と組むことは正しい道であると武士は信じた。
しかし、しばらくして問題が起こった。中野区のプレスが世界に対して
「松平武士が武田義子暗殺を認め、武田晴子に謝罪した」と大々的に報道したのだ。
武士は慌てて武田に使者を送り、問いただしたが、武田は一切関与しておらず、民間の報道機関が勝手にやったことだとの回答が帰ってきた。それでも、これでは事がすまないと重ねて使者を送ると、中野在住のプレスに圧力をかけて謝罪させるとの回答が帰ってきた。
実際、プレスは誤報を認め、小さな謝罪記事を掲載した。しかし、そんな小さな謝罪記事、誰もみていない。最初の報道は一面トップだったのだ。
しかも、アメリカの報道機関が「松平武士が中野のプレスに圧直」というスクープを武士が使者に持たせた書状のコピーとともに出した。
それによって武士は全世界の報道機関から言論の敵として叩かれる結果となった。
「この売国奴めー!」
本多勝配下の本多次が池袋管理局に怒鳴り込んで一階の窓ガラスを一人で尽く叩き割って抗議した。
次はすぐに捕らえられたが、武士はその罪を不問に付した。
豊島区では、武士の軽挙妄動に対して怒りが噴出していた。
「おのれ、武田晴子めたばかったな!今すぐ武田との和議を破棄する!」
怒りのあまり武士がそう叫ぶと、武黒衆はこぞって喝采をあげた。しかし、武士の前に本多正子がたちふさがる。
「お待ちください!武士様がお怒りになれば、武田晴子はより武士様がお怒りになられる嫌がらせをやってきます。ここは我慢してください。いま武士様からしかければ、本当の事をあばかれたために逆切れしたと報道で世界中に言いふらされます」
「余計なことはいうなー!」「しねー!」「ばいこくどー!」「敵の工作員!」
武黒衆たちから正子へ罵声があびせかけられる。
「みんな!正子を責めるな!すべてはボクが軽挙妄動したためにこんな事になったのだ。正子は正しい!ボクは正子の助言にしたがう!」
武士がそういうと、正子の目が充血し、涙がうかんだ。
それからしばらくし、武士は武田を放置した。武田もしばらく何もしてこなかったが、愛知県の祭童から援軍要請があり、武士が援軍をさしむけると、新宿方面で放火テロが頻発するようになった。どうやら、ユーベルトートとその配下の真田軍団が新宿歌舞伎町に放火しまわっているようであった。
武士は武田に対して抗議したが、ユーベルトートは武田の正式な家臣ではなく、武田義子の私兵であり、義子が死んだ今は武田とは関係ないとの回答が帰ってきた。
腹に据えかねた武士はユーベルトート討伐軍を編成し、新宿にさしむけた。すると、武田晴子は外国人特派員協会をよんで記者会見を開き、涙ながらに松平武士が中野を侵略するために兵を起こしたと発表し、ただちに防衛戦争を開始すると宣言した。
「武田晴子めえー!」
武士は怒りのあまり拳をにぎりしめるのだった。
松平武士の怒りは頂点に達する。




