自分の居場所
重傷をおったカトリーヌ、それはただの怪我ではなかった。
オタのダークサイドによって支配された暗黒の呪いであった。
血みどろになった兵士たちがぞろぞろと帰ってくる。
武士はお台場でその光景を呆然と見ている。
「カトリーヌは!カトリーヌは?カトリーヌ!」
武士は必死に叫ぶ。そこに前田が通りかかる。
「おい、カトリーヌは?無事か?」
前田は無視した。
「おい、カトリーヌはどうしたんだ、無視すんなよ、おい!」
叫んで後を追おうとする武士の足を誰か後ろから蹴飛ばす。
「おい、アニキにいちゃもんつけるのやめろや、このクソ虫が」
それは髪の毛をツインテールにした少女だった。
「お前なんだよ」
「私は前田の妹だ、だが親が殺されて養子にもらわれたから名前は佐脇だけどな」
「何言ってんだお前」
「たのしいか?人がいっぱい死んで?あ?」
「いいわけないだろ!だから戦争なんてやめろっていったんだ!相手が攻めて来たら、素直に謝って
降伏しちゃえばいいじゃねえか」
「そうだな、お前ら平成前期の連中がやったみたいにな!そして、女が犯され、男が内臓ひきずりだされても、
謝罪を決定した政治家は政府専用機に金塊つめこんで一人だけ海外逃亡だよ。残された国民で謝罪しようと
攻め込んできた敵軍に近づいた者は皆殺しにされ、逃げた者は溺れ死に、戦った者だけが生き残ったんだ!でも、
お前ら平成前期のクズどもが保身と利己主義と自分の利益のためだけに、謝罪さえしなければ、
私たちはこんな目にあわなかったんだ!世界はそれを知っている。だから、どれだけ自国民が殺されようと
絶対に謝罪しない。徹底的に戦う。歴史上、謝罪して破滅した愚かな国家が二つだけある。それが
カルタゴと日本だ!カルタゴは土に塩を練りこまれ、二度と国として再生できなくなった。しかし、
日本は、ほんの一握りでも、戦う気概がある人間がいたから、いまでも破滅していないんだ!こんな無茶苦茶に
なったけどな!」
「何言ってるか意味わかんないよ!」
「おい」
背後から前田の声がする。
「そんなにカトリーヌの死に様が知りたければ連れて行ってやる。お前が殺したんだ、十分に味わってみろ」
「え、カトリーヌ死んだの?そんな!」
武士はその場に崩れ落ちた。
「何演技してんだ、悲しくもないくせに」
「悲しいさ、せっかく出会えた友達なのに!」
「だから演技だっていってんだよ!お前は、そうやって自分だけいい子になって悲しんでいるふりしてる
自分が好きなナルシストなんだよ!本当に悲しむ気持があれば、最初から味方を見殺しになんてしなかったんだよ!」
「やめてください!」
山口ヒルダの声が響いた。
「ヒルダ……」
前田はヒルダのほうを見る。
「悪いのは武士さんではありません。身内の裏切りを止められなかった私です。皆さんは全部平成前期の
人たちが悪いといいますが、今、平成後期の私の叔父さんと従兄弟が裏切りました。結局、人間なんて
みんな一緒なんです。責めるなら私を責めてください」
「やめろよ、お前は死に物狂いで戦っただろ」
「みんな、一緒なんです、責めてもしかたないです」
「ちいっ……」
前田は舌打ちをしてどこかへ去っていった。
「武士さん、カトリーヌさんはまだ死んではいません、あなたの力が必要なのです。一緒に来てくれますでありますか?」
真剣な顔でヒルダは武士の顔を覗き込んだ。
「わかった、一緒に行くよ」
途中、有明の人工島から東京本土側に渡る船の中、ヒルダは今まで抑えてきた感情が一気に噴出したのか
目からポロポロと涙をこぼした。
「ごめん、ボクがわるかった……」
「やめてください!誰も悪くないんです!」
ヒルダは拒絶するように武士の言葉をさえぎった。
ヒルダと武士は秋葉原の野営病院に行った。そこには祭童がいた。
「おう、武士、元気にしておったか」
「すいません、俺のために」
「うぬぼれるなよ武士、お前一人で戦局がどうこうなるほど戦争は甘いものではない」
「……それで、カトリーヌはどうなったんですか?」
「敵の中に居たオタの暗黒卿にやられたみたいだ。お前の力でなんとかならぬか」
「そんなこと言われたって、僕はただの高校生だし、それにあの、カトリーヌは水で、僕は木とかで、
カトリーヌのエネルギーを吸い取っちゃうんでしょ?」
「あれは嘘だ」
「は?」
「お前は木で間違いない。しかしカトリーヌは気位の高い火だ。しかも芸術の性だ。それをひた隠しにして
気丈に騎士として振舞っている。だから内心、ズタボロなのだ。その傷ついたカトリーヌの心を癒してもらうために
そなたをカトリーヌにつけたのだ」
「でも、僕にはなにも……」
「駄目でもともと、やってみてはくれぬか」
「はい……」
武士がカトリーヌの病床に行くと、カトリーヌは上半身下着姿にされて体から脂汗を流し、ガタガタとふるえていた。
胸のところに真っ黒い手形がある。武士にはどうしていいかわからない。それでも、カトリーヌを助けたい一心で
その真っ黒い手形に手を当てた。
ドクン。
心臓が一度大きく高鳴った。そして見えた。彼女の幼い頃。
お絵かきが上手で、いつか王子様が迎えに来てくれると信じていた。しかし、合戦が起こり、大勢の人が死んだ。
カトリーヌの父は彼女の絵の素養を見込み、攻撃魔法騎士として育てようとした。しかし、彼女の漫画はうますぎた。
読む人を癒し、感動させてしまう。まったく攻撃力をもたない。それは父親を大きく失望させることだった。
彼女は彼女が好きな温和なラブストーリーが描きたい。しかし、世間で必要にされているのはどぎつく、人の
心を蝕む下手な作品だった。彼女には需要がなかった。そして、しだいに彼女は魔法騎士学校の出身であることを
隠して剣士として振舞うようになったのだ。さして剣士としての素養もないのに、無理に無理をかさね、
描きたい衝動を封印して生きてきた。それを敵のオタの暗黒卿に見抜かれたのだ。
「いいんだ、苦しまなくて、そのままでいいんだ、無理しなくて、ウケを狙わなくてもいいんだ。作家は、
自分が書きたいものしかかけないんだから」そう念じて武士は手のひらに念を送った。
「げほっ」
カトリーヌが口からどす黒い血の塊を吐き出した。
「おお、蘇生したぞ!」周囲に居た医師たちが驚きの声をあげた。
「でかしたぞ」
祭童が武士の肩にぽんと手を置く。
「ありがとう!ありがとうでありあすのんた!」
山口ヒルダの口調もいつのまにか元にもどっていた。
「ああ、ここには俺の居場所がある……」
武士の目からとめどもなく涙が流れた。
武士はカトリーヌの心の奥底にあったわだかまりを取り除くことによって
彼女を救うことができたのだった。