女だらけの水泳大会
え?今、一年で一番寒い時期なんですけど。
「わあ、武士様」
中学校の体操着のジャージを着て、片手に細いステッキを持った可愛い女の子がとことこ武士を見つけて駆けてくる。
「あ、はい、こんにちわ。本多勝さん」
「え、そ、そんな敬語とか使わないでください、私……」
勝は顔を赤らめて下を向いた。
このしおらしさに騙されてはならない。この前は、この純情乙女に油断して同属の本多正子の処置をまかせたら、捕まえてマウントポジションでタコ殴りにしたらしい。
「あの、用件に入ってよろしいでしょうか」
武士がそういうと勝は目を潤ませる。
「あの、ごめんなさい、私何か悪いことしましたか?私が至らないから、そんな他所他所しい感じで接してこられるんですね。私、なんていったらいいか、本当にごめんなさい」
「あ、いや、こちらこそごめん、じゃあ、普通に話すね、勝さん。都庁軍精鋭部隊の朝比奈みるくが都知事の息子、阿保神ばか夫を連れ去って行方をくらましたんだ。相手は百戦錬磨の手練れだから、普通の軍人が捕まえようとしたら死人が出る。後の遺恨を残さないように、生け捕りにしてほしい。そのために、どうしても君の力が必要なんだ。藤林長門と一緒に探索してほしい」
武士がそういうと、そこ場にどこからともなく藤林が現れた。
「よろしく」
「あら、私一人で十分ですわ。こんなこ足手まといですし」
「殺すぞメス豚」
「やってみなさいな、おチビじゃん」
勝と藤林がにらみ合う。
「あーはいはい、この話はやめやめ。藤林は探索にはどうしても必要なので一緒に行ってもらう。これは命令だからね」
「あら、道案内さんだったんですね、ごめんあさい、うふふ」
勝は無邪気に笑った。
「とにかく、すぐに探索にむかってくれ」
「御意」
「はーい」
藤林と勝は出かけていった。
朝比奈は藤林の部下の忍者がすぐに見つけてきた。池袋駅近くの公園にドラム缶を多数集め、そこでモウモウと火を焚いて、都知事の息子に暖をとらせていたからだ。さらったといっても、朝比奈は都知事の息子を非常に大事にしており、公園で山崩しの遊びがしたいと息子がいったので、モウモウと暖をとって、暖かくした状態で砂場で遊びをさせていたのだった。
「あら、朝比奈ってこんなちびっ子だったのね、ぶちのめしてつれて帰りますよ」
現場に到着した本多勝が言い終わるか終らない間に朝比奈は勝と間合いを詰めて殴りかかる。
ガツッ!
鈍い音が響いた。勝が持っている槍で朝比奈の拳を受け止めたのだ。
「くそっ、前は戦車の装甲もぶち抜けたのに、腕がなまったか?」
朝比奈は自分の拳を見る。
「あら、この蜻蛉切の柄は炭化タンタルで出来ているのよ、あなたのへなちょこな拳くらいでびくともしな……あれ?」
勝は自慢の槍、蜻蛉切の柄を確かめる。すると、顔が見る間に紅潮する。
「ヒビが……私の大切な蜻蛉切の柄にヒビが……許せない、殺してやる」
勝は素早く朝比奈に走りよって槍をくりだす」
「へっ、当たるかよ」
朝比奈はそれを軽く避ける。
「今度はこっちから行くぞ!」
朝比奈が拳を繰り出すが、勝は軽くよける。
「あら、そんな緩い拳、トンボが止まりますわよ」
両者猛然と攻撃を繰り出すが、どちらも当たらない。
それを呆然と横で藤林が見ている。藤林はトコトコ歩いていって、近くでそれを見物していた都知事の息子に短刀を突きつける。
「朝比奈、降伏しろ、都知事の息子を殺すぞ」
「あっ!」
朝比奈の動きが止まった。
「やめろ!その子は都知事の息子だぞ!」
「知るか、お前が降伏しないなら、こいつを殺す。お前を捕らえることが私の任務だ」
「くそがあっ!」
朝比奈はその場に座り込んで逮捕され、連行されて、つれて行かれた。
朝比奈と都知事は長年の付き合いであり、今回、都知事の息子を拉致してからも、大切に扱っていたために、都知事の超法規的措置で朝比奈は無罪釈放とされた。温情というより、朝比奈の武力を都知事が必要としているということであろう。最近は都庁軍の中でも駄目新蔵の権力が高まっており、都知事は朝比奈の武力を失なう事を恐れたのだ。
「あー、久々に汗をかいたわ、ねえ、おちびさん、体が熱くなったから、プールにでもいかない?」
「この真冬にプールとか頭おかしいのか、ああ、武黒衆は最初から頭おかしかったわね」
無表情のまま抑揚のない声で藤林はそう言うと帰っていった。
「あの子、付き合いわるーい」
勝は池袋の管理局にもどって武士に状況を説明した。
「それはご苦労様でした。帰っていいですよ」
「ねえ、武士さん、私、あの、そのすごく汗をかいてしまって、体を冷やすためにプールに行きたいなあって、おもって、あの、武士さんも一緒に行きませんか」
勝はもじもじしながらそう言った。
なんだかんだいっても年頃の女の子だなあと武士は思った。
「そうなんだ、この池袋に温水プールがあるなんて知らなかったなあ。いいですよ、私が入園料おごりますからみんなでプールに行きましょう」
武士は笑顔でいった。
「わーい」
勝は飛び跳ねて喜んだ。
部黒衆が武士を連れてきたのは、池袋最大のプールがある、豊島ランドであった。
武士は唖然とした。冬のプールはニジマスが泳ぐ釣堀と化していた。
「おい、誰も泳いでないじゃねーか!」
「そんなの気にしませーん、わーい!」
水着になって勝が冷水の中に飛び込む。
「武士さんもご一緒に」
「いや、無理だから」
「わーい」
勝はおどけて武士に水をかける。
「水をかけるんじゃねえ!」
「そんなにはずかしがらなくても……」
「はずかしがってねえよ!!!」
武士はマジ顔で怒鳴った。
「お気に召さなかったのですね」
勝が真顔になる。
「当たり前だ!」
「かしこまりました」
勝はプールを上がると短刀をもってくる。
「かくなる上は拙者、腹かっさばいてお詫びを!」
それを見たほかの武黒衆も短刀を持ってくる。
「勝殿が死ぬなら、拙者おおい腹をいたす!」
「いや、勝殿は我が軍に必要なお方、拙者が腹を!」
「いや拙者が!」
「あーごめんなさい!気に入りました、すごく気に入りました!」
武士は必死に止める。
「あら、そうなんですね、もう照れ屋さんなんだから」
勝は機嫌をとりもどして、プールに飛び込んだ。
「では私も」
大久保勢がとびこむ。
「大久保殿に遅れをとるな!我らも!」
夏目勢が飛び込む。
「ここで引いては末代までの恥よ、いざゆかん!」
鳥居勢が飛び込む。
そんな中、鳥居勢の鳥居強子だけが入るのを躊躇していた。
「何をしておるか!」
他の鳥居勢が強子を突き飛ばす。
「うわあああー!拙者カナヅチでござるー!」
強子はあばれる。
「はやく、この子を助けて!」
武士が大声でさけぶ。
「ぜえぜえぜえ、このご恩はいつかお返しいたす。助けていただいた命、いつか、殿にお返しいたす!」
強子は大声でどなった。
「いや、そんな事より水泳習おうね」
「はい!」
強子はビート板を与えられ、それにつかまって腰に浮き輪をつけて、唇を紫色にしながら真冬のプールで泳ぎ続けた。
「この人たち、頭おかしいでありますのんたー」
秋葉原から武士に一緒についてきたヒルダが悲痛な声をあげた。
「まったく理解に苦しみますわ」
カトリーヌも身震いしながら厚いコートを着込んでプールのヘリで立っていた。
「ふん、この軟弱な秋葉者め、こうだ!」
夏目がカトリーヌの足をひっぱって、プールにひきずりこむ。
「ぎゃー!なにすんのよ、このボケナス!」
逆上したカトリーヌがプールの中のニジマスをつかんで、べしべし夏目をなぐった。
「ぎゃはははは」
部黒衆がみんな指をさして笑っている。
まあ、仲が良くてなによりだと武士は思った。
むむっ、後ろから気配が。
部黒衆たちが集団で武士をはがいじめにする。その豊満な胸で武士の顔はうめつくされる。
「うぷはっ、息ができない、おっぱいをどけてくれっ!」
部黒衆たちは武士をかつぎあげる。
「せえのお!」
武黒衆たちは笑顔で武士を冷水プールの中にほうりこんだ。
「ぎゃー!」
武士は悲鳴をあげた。それをみて武黒衆たちはゲラゲラ笑っていた。
武士は唇を紫色にしながらプールからあがってくる。
「ご感想は?」
勝がにこやかにたずねる。
「と……とっても楽しかったです」
武士は体をガタガタ震わせながら答えた。
「よかったー!」
勝も、武黒衆たちも本気で楽しんでいるようだった。
今日は大寒。1年で一番気温が低い日だった。
今日は今年一番の冷え込みだという大寒波が到来した日だった。
そういう日こそ、武黒衆は燃え上がるのだった。




