朝比奈の涙
都庁軍の食糧安保に危機が
駄目新蔵元首相は都庁軍に亡命して以降、新自由主義な言動が都知事に気に入られ着実に権力を増大させていた。
そんな中、新蔵元首相の側近である小鶴井新次郎農業部会長が、農業の運営に携わる農業促進組合事業のうち、採算部門である農林統合銀行は農業関連への貸付が全体の貸付の1%しかないと糾弾し、これら採算部門を日米友好のためにアメリカに譲渡しようと提案し、海外のメディアから絶賛された。
その記事をインターネットで知った武士は青ざめた。武士は豊島区の行政管理を任されていたが、昨今の事業所統廃合により、豊島区の農業促進組合事務所と練馬区、新座市、狭山市の事務所が統廃合されて池袋に設置されていた。その状況を見ると、狭山市の農村地域においては荒廃が進み、ガソリンスタンド、小売店が単独では経営黒字を計上できなくなっている。その赤字の損失を補填して地方で小売店事業、ガソリンスタンド事業を展開しているのが農業促進組合であり、その財源こそ、農林統合銀行であった。その採算部門を剥奪すると、ガソリンスタンド、小売事業などが経営できなくなり、それらの農業地域は放棄され、食料生産に致命的な打撃を与えることになる。しかも、農村地域で職を失った流民が大量に池袋地域に流入し、池袋地域の治安の悪化は避けられない。その直撃を受けるのは池袋なのだ。
武士は早速、「亡国の農協改革」など参考資料を小鶴井部会長に送付し、アポイントをとって、小鶴井部会長に面会した。
「なんだ君は、私はいそがしいんだよ」
周囲を女性秘書に取り囲まれて男前の優男の小鶴井部会長は眉をひそめた。
「前にお送りさせていただいた本ですが、あの内容にも書かれていた通り……」
「捨てた」
「は?」
「あんなもの呼んでも意味ないから。あのね君い、僕はアッメリカーのエリート大学で勉強してきたんだよ。そこでは、日本人は何も考えなくてもいいから、ただアメリカのいうことをきいていればいいって教えられたんだ。だって、アメリカと日本は友達だから、日本はアメリカのいう事だけ聞いていれば幸せになるって」
「それはそれでいいですが、現実問題として、農林統合銀行をアメリカに譲渡してしまえば、地域の農業促進組合が経営しているガソリンスタンドや小売店は倒産し、地域は人が住めない状態になります!」
「しってるよ」
小鶴井は平然と言った。
「は?」
「君は馬鹿かね、今、都内は空前の人不足なんだ、その人手不足を解消するためには、都心に人が集まってもらったほうが好都合だ。よりデフレが促進して労働力が安く使える」
「それは初耳でした、どの部門の労働力が不足しているんですか」
「そんな事も知らないのかね、TI産業に決まってるだろう」
「田舎でジャガイモや白菜作っていた農家の人がTI産業なんかで働けるわけないでしょ!何を考えているんだ!」
「そんな勉強もしてない低学歴は自己責任だ!自己責任で死ね!それがアメリカの自由の流儀だ!新自由主義こそ世界の真理なのだ!」
「貧しいもの、弱い者は死ねというのですか!」
「当たり前じゃないか。自然淘汰によってより国は強くなるのだ。自由競争によって弱い者が全部死んでこそ、素晴らしい国が作れるのだ!」
「そんなのはファシズムじゃないですか!」
「その考え方こそ、負け犬だ、負け犬はさっさと死ね!」
「お話にならない」
武士は憤然として小鶴井の下を去った。
次の日からネト上で武士への誹謗中傷がはじまった。
「松平武士は「既得権益の犬だ!」「松平武士は利権の甘い汁を吸っている!」「田舎の貧乏人の農民は社会の邪魔だからみんな死ねばいいのに!」
マスコミはこぞって武士をバッシングし、池袋で開催されている同人誌即売会を不道徳だと非難するようになった。
そんな状況下でも、武士は色々な政治家に連絡を取り、面会を求めたが小鶴井と会って以降、誰も相手にしてくれなくなった。すべて無言で電話を切られる。書簡を送っても無視される。ただ、一人だけあってくれるといった人がいた。それは政治家ではない。軍人だった。
「いいお」
相手は電話口で軽くそう言った。あまりにも返答が軽かったので、武士は最初信じられず、半信半疑でその人物の邸宅を訪れた。
朝比奈みるくちゃんだった。
「いうっす、あの時のガキじゃん、もう一戦やっか?」
朝比奈は武士と会って早々ファイティングポーズをとる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、今日は行政の事できたんです」
「軍人のうちに行政の事言っても意味ねーじゃん」
朝比奈はそう言うと、一端、部屋の置くに入って、そこから自分の体の大きさとほぼ同じ大きさのバランスボールをもってきて、その上に乗った。
「ぼいん!ぼいん!ぼいん!きゃはは、たっのしー!」
朝比奈ははしゃいだ。
「この資料を見てほしいんですが」
武士は小鶴井の発言とカトリーヌに作ってもらった農林統合銀行をアメリカに譲渡したときの被害額の算出データを見せた」
「えーこれ、普通にまずいじゃん。ていうか、わざわざ農林統合銀行をアメリカに譲渡して、こっちに何のメリットがあるわけ?」
「日米友好が得られると小鶴井氏は言っています」
「そんなあけあるか。国家間の友好なんて自国に有利なときだけ発動するんだよ。利用価値がなくなれば捨てる。むしろ、農林統合銀行とか採算部門を譲渡したら、それだけ日本の利用価値が減って、アメリカから見捨てられる確率があがるじゃん。あ、これ、小鶴井が迂回融資かなんかでワイロもらってんじゃねーの?アメリカの保険関連企業とかさ。それ以外かんがえられねえよ、こんな日本の国を破綻させる決定。ういっす、わかった、私からやる夫ちゃんにいっといてやるよ、お前も一緒に来るか?」
「はい!行きます!」
武士は目を輝かせて頷いた。
次の日、朝比奈は早速、カゴに乗って新宿都庁に出向き、武士もそれに同行した。
都知事室にも朝比奈専用のバランスボールがあり、部屋に入ると朝比奈はそれに乗ってボイン!ボイン!跳ねた。
都知事のやる夫は葉巻に火をつけて煙をくゆらせながら不機嫌な顔でそれを見ている。
「ねー、やる夫っち、あの小鶴井とかいう議員さ、あれやばいって、農林統合銀行をアメリカに譲渡しても日本がまずしくなるだけじゃん。農林統合銀行が出した収益で農業促進組合は地方のガソリンスタンドや小売店の赤字を補填してくれてるんでしょ?それが無くなったら、赤字は都庁軍が負担しなきゃならないんだよ、そんなのやる夫っちが損じゃん。金の損じゃん」
「あーみるくちゃん、それは大丈夫だよ、俺も小鶴井から聞いた。田舎の農民は見殺しにして餓死させればいいって小鶴井が言ってた。農民とか労働者とかの貧乏人とか社会的弱者が死ねば死ぬほど、デフレが加速してお金持ちがもっとお金持ちになれるんだってさ。つまり、俺たちもお金持ちになるんだぜ!俺は絶対農民を助ける補助金なんてださねえよ。あいつら破滅して死ねばいいんだ。それで、もっと、もっとデフレが加速して俺たちの持ってる金の価値があがるんだぜ、小鶴井の狙いはそこだ。ニタニタしながら俺に説明してた。みるくちゃんもタンマリ武器弾薬会社からリベートもらって大金持ちじゃん。みんなでもっと大金持ちになろうよ」
「えーそんなの農民がかわいそうだよ、うちの兵隊にも農家の子いるし」
「貧乏人なんて使い捨てなんだよ!あいつらは怠け者だから貧乏になったんだ!俺たちエリートは努力したから金持ちになったんだ!金持ちになる権利があるんだ!だから貧乏人なんて全部死ねばいいんだよ!」
感情的になってやる夫は火のついたバランスボールに葉巻の火を押し付ける。
ジュッ
音がして、バランスボールに穴があく。バランスボールは見る間にしぼんでいった。
「あ……バランスボールちゃんが死んじゃう……」
朝比奈の目にみるみる涙がうかんだ。
「ちっ、悪かったよ、コレで新しいの買えよ、世の中金なんだよ!金があれば何でもできるんだよ!」
やる夫は都知事室の机から百万円の束を取り出して朝比奈に投げつける。
「これ……もう買えないんだよ……バランスボール作ってた工場が倒産して職人の人が一家心中しちゃったから、もう作れないんだよ……」
「じゃあ、別にメーカーの買ってくればいいじゃねえか」
「別のメーカーじゃ、みるくちゃんが思いっきり上で跳ねたら一瞬でつぶれちゃうんだよ!みるくちゃんが上で跳ねても絶対壊れないのはここのメーカーだけだったんだよー、やる夫ちゃんのバカー!」
朝比奈は泣きながら都庁室を走り出た。
やる夫は憤怒の表情で武士をにらみつける。
「お前が余計な事をしてくれたおかげでみるくちゃんが泣いちゃったじゃねえかよ!」
「しかし、都民の命が!」
「そんな貧乏人の命なんて知るか!」
武士はやる夫に殴り飛ばされ、都知事室を蹴り出された。
泣いた朝比奈




