累積戦略と順次戦略
藤林長門の謀略が策動する。
武士は都庁の謀略管理室を訪れた。謀略担当の藤林長門は多くの実績を重ね、予算も増額されていた。池袋における祭童軍の謀略工作はすでに武士の手におえないレベルまで来ていた。普通に反対活動をするなら取り締まればいいことだが、都庁軍を賛美する形で間違った方向にミスリードしてくる。しかも、やっている本人たちはミスリードされていることに気づかず、都庁軍への忠誠心からやっている。
「どうしたらいいでしょうか」
「わかりました、そいつらを潰せばいいのですね」
「はい」
「了解しました」
藤林は手短に答えた。武士は身震いした。ただの中学生の女の子にしか見えないのに、凄腕の諜報機関を指揮している。しかも言葉が短い。いちいち色々な事を語ろうとしない。味方となれば頼りになる存在だった。
しかし、それ以後、池袋で問題が頻発した。都庁軍応援運動をやっていた組織の幹部が次々と辞任して組織が縮小したのはいいが、武士の元に配下の者たちからの陳情が大量に入ってきた。
それらの運動をやっていた者たちの幼い弟や親戚の子供、など小さい子供だけを狙った脅迫が頻発しているという。
それらの子供たちが小学校に通っていると、中年のだらしない格好をした男がちかよってきて、脅して去っていくという。それを、子供たちが泣きながら母親に訴えるのだという。早速、武士は警察に捜査を依頼したが、言を左右にして真面目に捜査しようとしない。
まさかと思い、武士は都庁の謀略管理室に藤林を訪ねた。
「まさかと思いますが、運動に参加している人たちの幼い子供や親戚のお子さんを脅しているのは貴方の手下ですか?」
「いかにも」
藤林は表情一つかえずに言った。
「何故、そんな事をするんですか」
「どんなに脅しても屈しない者でも、人の親は自分の子供の身は大切なものです。本人ではないく、子供の中でも一番幼い年齢の子供を威しつづければ、親はかならず屈服します。サラ金の回収で日常的に使われている手段です」
「そんな非人道的な事がゆるされると思っているんですか!」
武士は声をあらげた。
藤林は自分の小指を口のなかにいれ、唾液で滑りをよくして鼻の穴につっこむ。そして、鼻くそをほじりだす。
「まあ、鼻くそでも食べて落ち着いてほしい。これは私からのおごりだ」
「いりません」
「無欲な奴だな」
「無欲じゃありません!」
「ふん」
藤林が武士に向けて鼻くそをとばす。武士は素早く手からオタソードを出してそれを焼ききる。
「ん?」
「何です」
「その太刀筋、どこかで見たような……まあいいでしょう。言っておきます。敵の破壊工作によって国が崩壊すれば、内乱が発生し、多くの人が死にます。無論、子供も大量に死にます。それを抑止するなら、たかだか百人程度の子供がトラウマをかかえたからといって何だと言うのですか。あなたは広域で物事を見ることができていない。逆らう者は力で圧殺すればいいのですよ」
「そんなことをやっているのがマスコミにリークされれば、世論が黙ってはいませんよ」
「マスコミは立場の弱い者、反撃してこない者しかたたきません。かつて、マスコミは消費税増税に反対していましたが、会社に国税局の査察に入ると、とたんに消費税増税に大賛成するようになりました。駄目新蔵を都庁軍に受け入れるのに反対してテレビで『アイアムノット 駄目』のプラカードを掲げたコメンテーターに政府が圧力をかけると、報道会社の社長は揉み手をして都庁に挨拶に訪れ、都庁軍に媚を売るために、コメンテーターをクビにし、擁護したキャスターもクビにしました。それがこの国のマスコミです。」
武士は唇をかんで拳を握り肩を震わせた。
その姿を藤林は無表情で凝視した。
「……」
藤林は武士に歩み寄り、肩を二度、ポンポンと軽く叩いた。
「今日はもう帰りなさい」
武士は肩を落として謀略管理室を出ようとした。
「君のような人は嫌いではない」
背後から声がした。武士は振り返る。
「何か仰りましたか」
「……」
藤林は黙って武士を見ている。
武士はそのまま部屋を出た。
しばらくすると、今度は都庁軍の圧制に反対する市民団体が出てきた。都庁軍は小さな子供を威し、池袋の住民を圧迫していると主張している。
武士の恐れていたことが起こった。その集団は徒党を組み、池袋管理局のビルを取り囲んだ。この数は数千人におよんだ。武士はとにかく低姿勢に相手をなだめることに終始した。
その光景は海外のメディアが取材しており、世界中に方月祭童支持派の過激集団が一般民衆を攻撃していると報道された。武士はその人物の背景を調べるため、カトリーヌ、ヒルダに命じて情報を集めた。インターネット動画でアジテーションを行っている人物だが、動画で話している内容は理性的で、非常に理にかなった事を言っている。立派な人物だと思った。武士は、そのような理性的で常識的、人道主義をわきまえた動画を作っている人ならきっと話し合いをすれば、理解しあえると思った。武士は、その運動の代表に面会を求めた。メディアの前で正々堂々と話し合えば、お互い理解しあえると思った。
武士はその代表を呼び出し、海外メディアも呼んで、話し合いの席をもうけた。しかし、その代表は急に叫びだした。「外国人を殺せ!我々日本人は世界でもっとも優良な選ばれた民だ!我々が世界を征服してこそ、世界が平和になるのだ!外国人を海に叩き込め!外国人を皆殺しにしろー!」
唖然とした。それまで、その人物は動画で一言もそんな事は言ったことがなかった。非常に理性的で、頭も極めてよかった。だからこそ民衆の支持をあつめたのだ。ぜったいにそんな事を感情的に言う人ではない。動画のコメント欄でどれだけ罵倒されようと、冷静い対処していた。絶対に感情的にならない人だ。それが、急に怒り出して怒鳴りちらして、武士に飛び掛って殴ろうとした。
これはおかしい。どう考えてもおかしい。翌日、その様子は世界中に配信され、都庁軍内部での祭童側の褒め殺し戦略は完全に瓦解したのだった。
武士はまた都庁の謀略室を訪れ、藤林に面会を求めた。
「あの人物をけしかけたのはあなたですね。わざと、池袋管理局をデモ隊を扇動して取り囲ませ、中心人物を逮捕投獄する。きわめつけは、その代表者にメディアの前で暴言をはかせて、抵抗勢力の勢いを失墜させる。最初から、すべて、あなたが派遣したリーダーが黙って我慢して不満を溜め込んでいた人たちを煽りたて、炙り出し、不満勢力みんな逮捕投獄したんだ!もう誰も逆らえないように!」
藤林は武士の話しを聞いて首をかしげた。
「話しが長い。三行で」
「あなたは汚い!それだけだ!」
武士は怒鳴った。
パチパチパチ
藤林は無表情のまま手を三回叩いた。
「では今回のおさらいをしましょう。まず、敵方の行動を潰すために末端の人員を片っ端からランダムに潰してゆく。これが累積戦略です。そして、潜在的不平分子をあぶりだすため、こちらからリーダーを派遣してそれに追従させる。そして、最終的にそいつをひっくり返す。駄目新蔵が買収されて最後に裏切ったとき、レジスタンスの組織がグチャグチャに分裂したように、トップのリーダーの軸がぶれると組織はバラバラになる。よって、末端の人員の勢力が弱体したところで、計画的に相手をハメにかかる。これが順次戦略です。この二つを上手く併用させることにより、敵対勢力を壊滅に追い込むことができる。ジョセフ・カルドウェル・ワイリーが編み出した戦略思想です。今後、覚えておくように」
「そんなもの使いません」
「使わねば滅びます。ここまで日本が無茶苦茶になったのも、あなたのように、感情論で日本人が地政学や戦略論を学んでこなかったからだ。結果、莫大な血がながれた。汚いのは私ですか、それとも、莫大な数の子供たちを殺戮に追い込んだあなたたたちですか」
藤林は無表情に、よくようのない声で言った。
武士には返す言葉がみつからなかった。
「世の中ってそんなに汚いもんですか!」
「汚いのではない、勝つために全力をつくしているだけだ」
「帰ります!」
「またいらっしゃい」
武士は謀略管理室を走り出ていった。
藤林のやり方に反発する武士。しかし藤林は、日本人はそれだから、かえって多くの人の命を失い国が弱体化したのだと指摘する。




