苦悩の末に
実際の戦闘が行われないかわりに、次々と繰り出される裏工作
武士はインターネットサイトを閲覧する。羽田空港で銃撃戦テロ発生のニュースが出ている。犯人は羽田空港のバスを乗っ取って滑走路の中心まで行ってバスに放火して逃げる。それだけ。逮捕されるときもあるし、逮捕されないこともある。
逮捕された場合は、自称愉快犯。しかし、愉快犯のはずはなかった。滑走路の真ん中でバスを燃やされると半日は航空機の運行ができなくなる。羽田空港を押さえている都庁軍としては痛手である。
明らかに祭童軍の仕業であることは分かっていたが、証拠がない。都庁軍側もスクーバダイビング部隊を編成して祭童軍側の貨物船を狙ったが、爆雷を搭載した爆雷艇が出動し、船を撃沈することはできなかった。そこで都庁軍は戦艦を出して祭童軍の貨物船に迫った。祭童軍も魚雷艇を出したが戦力的には圧倒的に都庁軍が有利だ。祭童軍は魚雷艇を撤収したあとにサイド都庁軍と折衝し、お互い、海上および空港での軍事行動をとらない協定を結ぶとともに違約の場合の高額な賠償金の支払いも決定した。
すると、今度は新宿歌舞伎町でマフィア同士の抗争がはじまった。明かに祭童軍による画策だと分かった。
それに対して都庁軍の藤林長門は祭童軍の支配地域に金で買収した欧米のジャーナリストを派遣して、祭童軍が人権侵害を行っていると報道させた。相手が日本人であればスパイとして拘束もできるが、欧米人を拘束すると欧米諸国の制裁軍事行動をまねきかねない。アラブの春の先例がある以上、祭童軍もそれらを拘束することはできなかった。
これに対して祭童軍がやってきたことが褒め殺しであった。都庁軍を褒め称える愛国活動家を扇動し、その活動に都庁軍所属の住民を巻き込み、多額の寄付やデモ活動を頻繁にさせ、そうやって散在し、消耗することが愛国心であるとミスリードすることによって組織、国家に忠誠をもっとも誓っている者たちから疲弊させ、消耗させ、動きがとれないようにして潰していく作戦である。これは、やっている方が国家に対して本気で忠誠を誓っているので、それを抑止すれば、こちらが売国奴のそしりをうけかねない。巧妙なやり方だった。
その被害をもっとも受けているのが池袋であった。しかも、それらのデモに祭童軍の密偵がプラカードをもってまぎれこんでいた。『都庁軍を称えよ』というプラカードをもってデモに参加し、それをもう一人の祭童軍の密偵がビデオで撮影する。撮影のさいは『都庁軍万歳!偉大なる都庁軍に栄光あれ!』などと叫びながら撮影しているので、撮影を止めることはだきない。そして、プラカードをもった密偵がその前を通りかかるとき、一瞬だけプラカードの上の包み紙を剥ぎ取る。
そこには、「良い外国人も悪い外国人も全部殺せ!」と書かれている。そして、一度だけ「外国人を皆殺しにしろー!」と叫ばせる。そのあと、またそのプラカードを剥ぎ取って『都庁軍に栄光あれ』というプラカードにすりかえた。それを動画サイトに内容を翻訳して世界中に拡散した。東京都内の外国特派員のうち、欧米の特派員は買収によって口をつぐむので、ことなきを得たが、それ以外の国の特派員はワイロを拒否して国外退去になり、自国でこの事を報道したため、一部の外国で都庁軍に対する非難が巻き起こった。
かつては、都庁軍はレジスタンス内部の官僚を買収し、首相を躍らせて謝罪を行わせたが、すでにそれら官僚も祭童に正体をあばかれ、都庁側に亡命していた。
都庁広報は、これは池袋という特殊地域の一部の排外主義者の起こした事件であり、都庁全体は関係ないと、池袋を切り捨てる方策にでた。責任はすべて池袋の担当官である武士に覆いかぶせられた。
「どうしたものか」
管理官室の机につっぷし、武士は頭をかかえた。
コトリ
音がする。目の前に日本茶が入った茶碗が机に置かれたのだ。カトリーヌがさしだしたお茶であった。
「大丈夫ですよ、祭童様の教えを思い出してください」
「何をどう思い出したらいいんだい」
「木火土金水です」
「それをどうしたらいいというんだ」
「まず、今の池袋の武黒衆を見ると、刹那主義、ニヒリズムが蔓延しているように見えます。それは妄信の土です。土を抑制するためには優しさの仁、つまり木です」
「そうか……」
武士は腕組みをして考えをめぐらした。そして、本部ビルでの同人誌即売会の開催許可の基準を緩和した。
すると、今度は池袋管理ビルで開催された即売会の参加サークルリストがハッキングされ、参加者リストがネット上に流出、「ハゲオヤジの靴下の匂いフェチ」「デブ専VSジジ専」「オジサマの黒光り、今夜はバックからOKうほっ、いいイチモツ」などの恥ずかしい同人誌名が住所本名、電話番号付きで蔓延するという事態に発展した。
「ぬぐぐぐぐぐぐ……おのれ甲賀長門めええええ……」
武士は握り締めた拳をワナワナと振るわせた、これは明らかに祭童軍の女忍者、甲賀長門の仕業に違いなかった。
元々、長門は武士を嫌っていた。あのチベットスナギツネのような凍りついた視線が武士の脳裏に浮かんだ。
コンコンと管理室のドアをノックする音が聞こえる。
「いいですよ、入ってください」
申し訳なさそうな顔をした髪の毛を後ろで束ねて三つ編みにした女の子が入ってきた。ジーンズに白の毛糸のセーターを着ている。清潔で几帳面そうな女の子だった。
「もうしわけございませんでした!」
女の子はイキナリ床に土下座した。
「どうしたんですか、いきなり」
「私が、私がもっとちゃんとデータを管理していればこんな事には……」
その娘は今回の「うほっ、オジサンのわきの下いい匂い祭」の同人誌運営委員会の代表の鳥居元江だった。
武士はゆっくりと元江に歩み寄っていった。
「いや、君は悪くない。敵のハッキングが行われることは予想できたことだ。それにも関わらず、警戒を怠った責任はボクにある。君は被害者だ。どうかボクの至らなさを許してほしい」
武士がそう言うと、元江は頭をあげず、ただ、手をワナワナと振るわせ涙を流すばかりだった。
武士がその姿を苦悩の表情でみつめていると、カトリーヌが武士にあゆみより、その背中をさすった。武士はカトリーヌの方を見た。カトリーヌはゆっくりと頷いて笑顔を浮かべた。
武士は、なんだか救われた気がした。
不器用な人間が集まる池袋が敵の標的にされる




