脳筋の軍団
武黒衆の中でも武闘派の中にあって智慧者の本多正子の存在に武士は気付く
武士は池袋の中心から少し離れた場所にあるビルの中で事務処理をこなした。ここは面白いビルで、ビルの前に階段があり、そこを上ったところが広場になっている。このため、ここは同人誌即売会の会場として利用されることが多く、極寒の冬でも平気で何時間もこの場所に規律正しく整列している。屈強な武黒衆はこうやって鍛え上げられるのだなと武士は思った。
そんな日々が続いたある日、都庁の謀略宣伝省の担当官を名乗る中学生の女の子が池袋の事務局を訪れた。小柄でどこからどう見ても子供に見えたらしく、衛兵に止められてもめていたようだ。
武士にその事が伝えられ、モニターで確認する。藤林長門だった。
慌てて部下に指示を出し、管理官室に通す。藤林は衛兵に罵倒されたことなどの無礼には一切振れず、事務的に状況を説明した。
武士の管理する武黒衆の中に匿名掲示板で都庁軍批判をしている者があるという。匿名といってもインターネットはリモートホストを解析すれば簡単に個人が特定できる。表面上は匿名であっても実際は匿名ではない。
すぐにその書き込みをした少女は特定され、詰問されることになった。
武士と藤林はマジックミラーのある部屋に通され、隣の部屋で詰問されている少女の姿を見ることにした。
少女の名前は本多正子。武黒衆の武闘派である本多軍団の一族のだが、体が弱く、一族の間では相手にされていないため、鬱屈した生活を送っているようであった。その鬱憤をネットで吐き出しているのだろうというのが武黒衆で正子の詰問を担当した担当官の意見だった。内容を聞いてみると、正子には都庁軍を批判する意図は無かったようだ。むしろ、都庁軍を褒め称える保守派団体の活動を邪魔したことは都庁軍の利益のためにやったと主張している。
都庁軍の中でもレジスタンスの元・元首新蔵を崇拝するグループが最近発言力を増していた。この人々はとにかく汗をかく活動を主張し、毎週週末に新蔵閣下を称えるデモを行い、そのつど寄付金を求め、それに賛同した本多一族がこの活動に大量に参加していた。その他にも新蔵閣下を称える映画をつくる、新蔵閣下を称える番組を作ると言っては莫大な資金を要求する。このため、本多衆の財政は逼迫し、その勢力は弱体化していった。正子はこの事に怒り、このような活動をやめるよう訴えていたのだった。正子は、少数による先鋭化した活動には何の意味もないと主張していた。
多額の金品を要求し、負担を強いて休みの日も奪い続け、見返りは一切ない。しかも改善要求を出すと、自らを犠牲にして滅びても国に尽くすことが武家の美学だと言われる。反論は許されない。そして、どんどん、出費がかさみ、国に忠誠心をもっている人間から衰退し、没落して、規模がどんどん小さくなっていく。そんな事よりも、愛国心を持った人々に娯楽を与え、楽しませ、楽をさせ、何か問題が起こったときには、メール1本、電話1本するだけでよい体制をつくるべきだと正子は主張していた。
「数は力です」
正子は何どもその言葉を発していた。
事実、反対勢力はその方法をとって着実に数を増やしている。祭童率いるレジスタンスの支持者たちだ。祭童たちは自ら演劇を行い、天人に扮装して見世物をおこない、観客を集め、集まった人たちに茶をふるまった。
その演劇を見た老人たちは涙を流して感動し、祭童を熱狂的に支持するようになったという。
資金回収は祭童が書いた本や、制作委員会が作った漫画を買わせて回収する。支持者にはほとんど負担が発生せず、娯楽の一環としておこなわせるので莫大な人数が集まる。
本多衆もそのような活動に切り替えるべきだとネット上で訴えていた。このため、同じ本多衆から口先だけのクズ、汗をかかない腰抜けと罵倒されて、都庁軍当局に拘束される事態となった。
武士は、正子の意見も最もだと思い、本多衆の本多勝を呼び出した。
本多勝は武士の前に土下座して一族の不祥事をわびた。武士は慌てて勝をの手をとり、起き上がらせて本多衆の忠節を褒めた。そして、正子の意見を聞いてやるよう勝に言い聞かせた。勝はすべてごもっともと武士の言葉を全肯定して去っていった。
武士は安心して正子を一族の元へ返した。しかし、勝は帰ってきた正子を一族で袋叩きにした。このため、正子は武士に対して壮絶な恨み言と罵声をネット上に書き込んで、池袋を出奔してしまった。
武士は慌てて勝を呼び出し、何故そのような事をしたか問いただしたが、勝は殿様のご命令があったから殺さなかったと主張した。
武士は頭を抱えるのだった。
本多正子に目をかけようとした武士であったが、武闘派の本多一族の中にあって孤立し、ついには出奔してしまう。




